帝国の苦悩
帝国側に特化してまた1人称で、作ってみました。タイトルである『ダブル・エンペラー』に迫るエピソードも入ってます。
高野1193年10月27日
東都に戸覇威山脈に全長15kmのトンネル開通というニュースが飛び込んで来た。本来なら公共事業は国が担当するものだが、トンネルの出入り口の山の斜面を所有する光矢石油が単独で掘り進め完成させたので、完全に私有のトンネルである。
しかも、光矢軍の中隊が古代遺跡の後を発見して、トンネルを抜けた後も、砂漠に残されていた古代遺跡の道路跡も確認され、一連の土地を光矢石油が買い上げて調査中と、このところ明るい話題のなかった国民が未知の文明に夢見られる憩いとなった。
大仏は帝国皇居の執務室の扉の前に憂鬱な気持ちで立ち止まった。皇居の侍従が扉を一呼吸置いて扉を開く。
「東密長官、大仏四郎にございます」
「戸覇威トンネルを開通した中隊を率いていたのは一宮光悦だと言うではないか」
空海が青筋を浮かべていきなり大仏に迫った。
「はい、報告も受けております」
「なら、何で光矢石油が困る様に工作しないのだ」
「一兵卒なら、陰に隠れて活動もできましょうが、中隊長ともなると人目もあり動きが難しいようで。それに中韓大国のエージェントの李豪炎、アメリゴ合衆国のエージェントのアンソニー・ウッドも中隊長らしく出し抜いて動くのは困難であると報告がありました」
「他国のエージェントを中隊長に据えるなど、林胡南は馬鹿なのか」
大仏は馬鹿なのはお前だと言いたいところを堪えて答えた。
「経歴よりも実力主義なのだと思います」
「そうかな。俺は東都で林胡南を仕留められなかったのは、一宮光悦が逃がしたのではないかと思っている」
大仏はまたとんでも無いことを思いつく方だと感心した。
「あの時のアタック部隊を率いていたのは一宮だ。あの失敗で林に私兵を組織するなと言えなくなった。そして今、一宮は光矢軍で重要な地位についている」
「考えすぎでございます。あの時我ら東密は本気で命を取りに行きました」
大仏は強く否定した。
「ならいい。荒比谷と林の関係は分かったのか」
「はい、会社立ち上げの際に林が武砂馬土一族と交渉して資金提供に成功したのがきっかけのようで、資金が未回収にならないように荒比谷大を出た才ある荒比谷人や王族の中で名のある者を派遣していたようです。中韓人のスタッフについては夫婦の出身大学である東京大学の王教授を通して得た人材が多いようです」
企業が急速に巨大化したため荒比谷人と中韓人のスタッフだけでは人数が足らなくなり、大和人も大量に採用されたので東密のエージェントを潜り込ませることができた。
「なるほどな。光矢軍のトップも荒比谷人だというし荒比谷の王族の傀儡という訳か」
大仏は今の報告を聞いてどうしてそんな判断ができるのか信じられなかった。豊かな人脈、ピンポイントで油田を掘り当てる運、テロから脱した行動力、不可能と思われたトンネルの掘削、多数の民族を統べ僅か1年で会社を帝国のトップ企業に押し上げた男が傀儡の訳がない。むしろ近年稀に見る英傑だと言える。
空海への報告済ませて、東密本部に戻ると東寺重工社長で科学大臣の東寺秀樹が待っていた。
「苦労をかけるな」
「いえ、仕事ですから」
東密の活動資金のほぼ全額を提供してくれるメインスポンサーだ。東密の名の由来も東寺重工による。
「空海は東密を動かして何か企んでいたか」
「いえ、今のところは」
「大人しくしているのが苦手な方だからな」
「今思うと、TW666XYZの制御に失敗して良かったと思います」
「そうだな、だが魅力的な研究素材だった。制御から解き放たれて今はどうしているのだろうか」
「東密の捜索結果では、荒比谷の事故の後、そのまま西島に潜伏している可能性が大です」
「光矢石油との接触関与はどうだ」
「光矢石油には金髪碧眼の関係者は見当たりません」
「アメリゴ合衆国の動向はどうだ」
かつては石油を独占して世界に冠する大国だった帝国は、軍事大国であるアメリゴ合衆国の動向に左右されるほど国力を低下させていた。
主要産業の石油産業はアメリゴ合衆国向けの1日500万缶が命綱である。戦闘機や民間航空機をアメリゴ合衆国から輸入している繋がりで、皇国石油から買ってくれているが、前回の更新で光矢石油との品質比較から価格低下を要求され、1缶300円で取引していたものを260円に引き下げざるを得なかった。
今年度末の契約交渉でも光矢石油を駆け引き材料に更なる引き下げを迫られるかもしれないが0になるよりはましである。
前社長の油川は空海によってチップ操作で死刑にされそうになったが、曼荼羅の閣僚が何とか押しとどめて命を取り留め、更迭となった。かつては皇国石油社長といえば羨望の的であったが、今や忌諱の対象となっていてなり手がいない。取締役の中で貧乏くじを引いた賽河原弘が嫌々社長を務めている。
「値下げに応じるなら、再契約も可能でしょうが、どこまで要求を飲めるかでしょう」
「増税による国民の世論はどうだ」
国内の自動車メーカーは海外輸出を拡大して頑張ってくれているが、石油事業が叩き出していた収益には程遠く、帝国は数十年ぶりに増税し税率を3%から5%とした。
「今のところは表立った動きはありませんが、最終的には段階的に30%まで上げると知られたら動揺は抑えられないでしょう」
元の税率から10倍になるのである。納得できない者も出てこよう。今でさえ下がっている皇室への求心力が益々薄れて行くことは必至である。
「もし、TW666XYZが手元にあれば、光矢石油の幹部を粛正して経営権を国が握ることも出来ただろうな」
東寺秀樹はこのような危機を一発逆転できる存在を失ったことを悔やんでも悔やみきれなかった。
天海上皇はいいタイミングで退位できてよかったとつくづく思った。
悪魔が降臨したという神託を受け、治世の末期を汚したくないと思う一心で空海に譲位した直後に荒比谷の事故が起きた。
天海はそれを知らされた瞬間に悪魔の仕業だと確信した。東寺重工が人型の生物兵器を開発していることは耳に挟んでいたが、それが暴走したに違いないと天海は考えた。
しかし、天海は悪魔よりもっと危険な香りを放つ企業に関心を抱いていた。
「光矢石油の経営者は真に大和人ではないのだな」
東密に知られぬように独自の調査を行った天海は一番気になったことを確かめ、書類を受け取りデータに目を通した。
データに怪しい所はない。だが、なぜ中韓人が『光矢』とい字を会社名に選んだのか天海は胸騒ぎがした。
帝国の初代高神皇帝には政治繁栄豊穣の加護を持つ『海』、軍事幸運鉱山の加護を持つ『丈』という双子の皇太子がいた。天神皇帝は国家安定のため民を増やし土地の恵みの加護を持つ『海』に跡を譲った。国が富み栄え国土が広がるにつれ政治的には解決できない衝突が起きた。
そこで二代皇帝神海は譲位して『丈』が皇帝の座についた。三代皇帝丈純はその才能を遺憾なく発揮して連戦連勝して、本島の東半分を統一して東都に遷都して帝国の基礎を築くと、譲位して神海の子の周海が跡を継いで攻め取った領地を安定させた。
本島西部の熊蘇との戦いでは、七代皇帝丈仁が栗辛峠の砦を落とし、長年の悲願であった『関所越え』を果たして幸岡を陥落させた。八代皇帝順海は融和政策で縞津と前栄田を味方につけ、本島統一に大きな弾みをつけるなど、時の情勢に応じて、互いに政権を譲り合い帝国を盛り立ててきた。
大和語は表音文字である。古文書などは文字の意味よりも文字の音を重視しているため皇帝の姓の音『こうや』には『高野』又は『光矢』が当てられていた。やがて『海』の系譜には『高野』が、『丈』の系譜には『光矢』の字があてられるのが慣例となり両皇家として栄えた。
ところが200年ほど前に『光矢』の一族郎党は忽然とこの世から姿を消した。血痕も盗賊あらされた後も無く、屋敷の中の者が全員居なくなったのである。当時は神隠しにあったのだとまことしやかに言われたが、今でも何があったのかは分かっていない。
天海は林胡南の経歴に何度も目を通した。その業績に至っては正に『光矢』の加護である軍事幸運鉱山に守られているようだ。また、『光矢』の系譜は戦で下した敵兵でさえ心服させて使役する才もあったというが、そのすべてが林胡南に当てはまる。
大和人ではないかもしれないが、『光矢』の血が流れていると天海は確信した。空海は林胡南に異常な敵対心を持っているようだが、間違っても争ってはならない。『高野』の血は軍事では『光矢』には勝てない。
幸いにこの国は一夫多妻を認めている。天海は皇女を側室として嫁下させてでも、取り込まなくてはならないと真剣に考えていた。
内閣総理大臣鈴木晋太郎は決断に迫られていた。財務大臣の金田銀蔵からは今年度の決算報告が赤字に転じる事はほぼ間違いないと報告を受けている。
来年度予算でも政権の目玉政策であった本島の鉄道網を各島の島都(西島は荒比谷)まで伸ばすジョイント計画を断念せざるを得ない。
国のためにと皇室の経費削減を空海陛下に申し出たが却下された。ただ、個人的にと呑海第一皇太子は自分の国費割り当てを20%削減することを自ら申し出てくださった。国民目線でものを考えられる、呑海皇太子が何で嫡男で生まれてきてくれなかったのだと恨んでしまった。
税率を5%に上げても焼け石に水である。ここは恥を忍んで初の国債を発行して乗り切るしかないが、空海陛下が納得してくださるか皆目見当もつかない。
とりあえず曼荼羅を開こう。
「というわけで、本年度の予算は9500億円の赤字決済となりまして、早急に予算を捻出するのが喫緊の課題であります」
金田銀蔵の説明に空海陛下は非現実的なことを簡単に口にした。
「では、その分税率を上げればいいではないか」
つい最近、税率を上げたばかりですぐ増税すれば国民や企業の反発が大きくなるだけである。
「陛下、増税はそう簡単になさってはなりません。国民の生活や、企業の活動に多大ならざる影響がございます」
企業から突き上げられているのだろう経済産業大臣の中富経良が発言した。
「では、どうすればよいというのだ」
「我が国では初のこととなるのですが国債を1兆円発行して当座を凌いではいかがと」
銀蔵が苦し気に提案すると、拍子抜けするほどあっさり許可が出た。
「ではそうしろ」
閣僚達は国債が何か、きっと何も分かっていないのだろうなと思いながら決議を取った。満場一致であった。
私はこれからずっと返す当てのない赤字国債を発行しながら、予算運営をすることになるのだろうなと、暗鬱な思いで曼荼羅を閉会した。
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