戸覇威トンネル
ユキのチート能力を見てもらえたと思います。
高野1193年10月23日
俺は久々の休日にユキとプライベートを楽しむツーリングと称して、戸覇威山脈の山裾にやってきた。陽が登ってからまだそれほど時間が経っておらず、秋が深まってきたひんやりと山の空気が心地よい。
「ユキこの辺から頼む」
「OK」
ユキが山肌に触れると掃除機に吸い込まれるように異次元空間に土石が飲み込まれ、たちまち戸覇威山脈に穴が広がっていく。
「こんな感じ」
「もう少し天井は高く、左右の幅は40m位でお願い」
「OK」
俺はユキが仕上げた穴のスケールを確認して、パイプラインの設置と車両の対面通行はできそうなので、微調整は人力でやることにした。
「やるぞ」
「任せて」
俺達がここに来たのは秘密裏に戸覇威山脈にトンネルを貫通するためだ。俺はヘルメットを被りが『ハリー』に跨がった。ユキはタンデムシートに乗って両腕を15m程、前方に伸ばした。
掌を5mほどに拡大して開けた穴の壁面を両手で円を描くように撫でると、土石が流れるように異次元空間に飛び込んでいく。どんなに硬い岩盤もユキに触られればひとたまりもない。さながら人型掘削ロボットとでも言うべきか。
『もう少し速度上げても大丈夫か』
『いけると思うわ』
真っ暗闇の中でヘルメット被ったまま会話できるのは、本当に便利だ。俺は『ハリー』を時速10kmで走行させていたが、時速15kmまで上げた。
『もうちょっと上げても大丈夫よ』
俺は時速20kmまで上げた。
『これくらいが限界かな』
俺は異次元空間の回収速度は時速20kmが限界と、ユキのポテンシャルをメモリーした。それから、『ハリー』のヘッドライトを頼りに、延々とトンネルを掘り進んだが入り口の光が点のようになって、辺り全体が闇に包まれるとさすがの俺も何か出てきそうで気味悪くなってくる。
『どうした、丈二疲れたか』
俺の不安を敏感に感じ取って、ユキが念話で聞いてきた。念話は便利だが心の揺れも読まれてしまうのが難点だ。
『いや、幽霊がでないかと一瞬思っただけだ。もう、大丈夫だ』
『その幽霊というやつが出てきたら、私が処理するから問題ない』
幽霊をしらないユキは実体があるものだと思っているようだが、その言葉に癒された俺は幽霊が何か説明するのは止めた。
『ユキ、ありがとう』
『おう、任せろ』
『『うわ』』
念話を楽しんでいた二人は、ふいに飛び込んで来た強い光に声を上げて目を閉じた。
俺は反射的に『ハリー』にブレーキをかけて停止させた。
目が馴染んでくると、トンネルの上方から陽の光が注いでいることが分かった。
ユキが最後の岩盤を削り取った瞬間、広大な佐宇地砂漠の風景が目に飛び込んできた。も
俺はヘルメットを脱いで、ユキに口づけした。
「ここまで来られたのもお前のおかげだ」
「お昼にしましょう。楽しみにしてたんだから」
距離にして約15km程のトンネルの掘削に7時間ほど掛かり、時計の針は13時を指している。
「よし、飯にするか」
俺は前日に西崎漁港に軍で振る舞うからと言って、特大海鮮丼を五百人分注文して朝市でユキの異次元空間に回収してある。漁港ではさすが光矢石油の社長さんは豪気だと変に感心されてしまったが、漁師の皆さんの生活向上なるのであれば問題ない。
「やったー」
ユキは早速、異次元空間からすし飯を20合混ぜる桶に、そのまま酢飯と魚介類が盛り込まれている30人前の海鮮丼だ。醤油と山葵と醤油皿、俺用の丼、取り分け用シャモジも出してもらう。
まず、俺が取り分けシャモジを使って自前の海鮮丼を作り、醤油皿に醤油と山葵を用意して食べて見せた。
「山葵はあんまり入れるとツーンと来るから気を付けろよ」
「わかった」
ユキは桶のまま行った。新しいネタを食べる度に名前を一つ尋ねて来るのが、ちょっとウザかったがそれも愛嬌だ。
「美味い。美味いぞ。生の魚や貝がこれほどとは、この山葵が鼻に抜ける感じも新鮮だ」
ユキは軽く30人前を平らげる勢いだが、俺は丼に3回おすそ分けしてもらって腹一杯である。ユキの箸の勢いは止まらない。次々と桶を完食。大きな桶がなくなったので10合桶で作ってもらった15人前に突入した。
人前ではどんなに多くても30人前に制限していたが、本当はどれぐらい行けるのか知りたくて、試しに五百人前を頼んでみたのだが余裕で完食してしまった。
「あー、美味かった。今日はさすがに食った気になったぞ。マグロの赤身が気に入った」
「そうか、よかったな」
かなりの出費になったが、為した偉業のことを考えれば安いものだ。俺はユキを満足させるには千人前が必要だなと推察した。
「少し休んだら、軍の基地の地盤と油田までの道をちょっと作って帰ろう。
俺が真面目に仕事の話をしているのに、ユキが身体を寄せて甘く囁いてきた。
「ねえ、丈二。ここならだれも見ていないわ」
「ここでか」
「してくれないと、仕事しないわよ」
ユキはそう言って、異次元空間から絨毯を取り出した。俺達は燦燦と輝く太陽の下で愛し合った。
高野1193年10月25日
俺は社長から直接ミッションを受けた。光栄なことである。
「光悦、ここから東に10km、海抜50mの戸覇威山脈のこのポイントの山肌を南北に80mほど掘り崩してほしい」
「こんな場所に何かあるんでしょうか」
「戸覇威山脈の東側に演習場の用地を確保したので、どこからトンネル工事をするかエコー調査をしたところ古代地下遺跡が見つかった。遺跡を発見したら進めるだけ進んで、行き止まりの天井が頑丈そうなら爆破による採掘も許可する」
「わかりました」
「古代遺跡の中にトラックが乗り入れられるようであれば、爆薬輸送と人員輸送に必要なトラックは他の大隊に優先して使用して良い」
「了解です」
光矢軍初と言ってもいい重大なミッションである。かつて社長の命を狙った俺は複雑な心境だったが、東密に顔建てしてわざとミスするようなことは止めようと肝に命じた。
俺は軍本部からトラック5台に人員と弾薬を積み込み、ほぼ真東に移動を開始した。
ポイントに到着した俺はセンターから北に第一、第二小隊、南に第三、第四小隊を配置して斜面の掘削を開始した。
「中隊長、発見しました」
センターに近い南の第三小隊長から声が上がった。
「すぐ行く」
サーチライトで開いた穴の中を照らしたがライトは奥まで届かない。
「深いな。第三小隊以外は撤収してトラック乗車、第三小隊は穴を完全に採掘した後、トラックに乗車して続け」
第三小隊が地下遺跡の床まで掘り起こしたところで、俺は先行して突入した。トラックの照明は闇に吸い込まれ奥は見通せない。並走が可能なようなので、俺は第一小隊に横に付くよう無線で連絡した。二列目は第二小隊と第四小隊のトラックが並走し、第三小隊のトラックが後に続く部隊編成で遺跡の中を俺達は進んだ。
「中隊長、8kmを超えました」
ドライバーが走行距離メーターのカウンターを読んで報告してきた。時速10kmで慎重に探索しながら進んで来たが、脇道はなく遺跡は西から東へ真っすぐに伸びている。
「ずいぶん直線的だな」
「トンネルみたいですね」
隊員の呟きに俺もその通りだと思った。それから1時間ほど走り続け、ライトの光が闇に吸い込まれなくなったと思ったら壁が姿を現した。
「全車両停止、周囲確認せよ」
俺は無線で指示をして、トラックを降りた。
「他に抜け道はありません」
「周囲の岩盤はかなり固く、スコップでは掘削不可能です」
俺は部下から報告を受けて爆破を選択した。天井が頑丈そうだが、大事を取って全車両を1km後退させた。
「爆薬設置完了しました」
「5秒後に点火」
俺のコールの後、息を合わせて全員でカウントを始める。
「4、3、2、1、点火」
火花が散って爆音が轟き爆煙で視界が遮られたが、トンネルの中が明るくなった気がした。それは気のせいではなく、爆煙が薄れて行くとさらに明るさを増し、やがて青空の下に延々と続く砂漠の景色となった。
「うおおおお」
誰が最初に声にしたのか分からないが兵士から歓声が上がり、中隊全体に伝播した、
「やりましたね、中隊長」
「そうだな」
俺はそんな陳腐な言葉しか発せないほど感動していた。闇から闇に葬ることを至上とする組織で証拠を残すなど御法度だった。古代の遺跡後とはいえ、たった1日で戸覇威山脈を東西に貫いてしまうのは偉業と言っていい。
「中隊長、これは伝説になりますよ」
俺もそう思う。東密にすれば度し難い裏切り行為と思うだろう。でも、そんな事はどうでもいいと思った。形に残るものを後世に残すということが、こんなにも達成感があるものだとは知らなかった。
「社長に報告に戻ろう」
「ハイ」
俺は最高に士気の上がった第四中隊を率いて凱旋報告をするために光矢軍本部へと向かった。
光矢軍本部に戻ると幕僚室で社長が待ってくれていた。
「戸覇威山脈でのミッション無事完了いたしました」
「よくやってくれた」
俺が報告すると社長が手を伸ばして来たので握手を交わす。
「光悦、凄いじゃないか」
アンソニーもべた褒めで握手を求めてきた。
「これで実弾訓練も開始できる」
あまり感情を現さない慈仁居副部隊長も笑顔で握手を求めて来る。続いて荒仁部隊長、武須羽第三中隊長とも握手を交わした。
そして俺は最後に李豪炎と握手をして抱き合った時に耳元に囁いた。
「いざという時が来たら俺も戦うよ」
「そうか」
李豪炎の返事は軽い一言だったが、どこか嬉しそうだった。
「今日は全軍に5万円の特別報酬を支給する。日番の者はともかく、非番の者はゆっくり休養するように」
社長はそう宣言して幕僚室を出て行っ
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