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交渉

当初とキャラ変わってしまっているかもしれませんがご容赦を。

 高野1192年8月18日

西都の本社の会議室には創業メンバー全員が久しぶりに集まった。研究部長の孔史明と工作部長の紗波璃が西崎に居ることが多いからだが、社用ヘリコプターで急遽戻ってきた。

「緊急招集とは始業以来初めてですな」

 モスコー共和国という大口の顧客を開拓した営業部長の武須多がまず声を上げた。

「皆に集まってもらったのは、皇国石油から会談を申し込まれたことに、どう対応するか検討したい」

「天下の皇国石油も我らを無視できなくなったということですね」

 俺は財務を管理している阿不打比の余裕の言葉に、相手の懐具合も読めているのかも知れないと思った。

「そうですね。何しろ今は1日で3億2千万円も稼ぐ会社ですからね」

 輸送部門の長である孫黒姉はこれからもっと輸出量が拡大するだろうと読んで、皇国石油の輸出量が減って営業悪化した運輸会社を抱き込んだのが気に障ったのかなと思ったりした。

「西光コンビナートと光矢市の建築は順調か」

「はい予定通りに進んでいます。出来た施設は順次オープンしていきますが、3年後には概ね完成できるかと。ただ、上物はともかく人材確保は社長にお願いします」

 俺は紗波璃の言葉に組織はやっぱり人だよなと、改めて実感した。会社を設立したときにこれだけの人材を寄こしてくれた亜利と王教授には感謝に絶えない。

「西崎海底油田は全世界の需要を一手に引き受けても、数百年は持つ埋蔵量がございます。皇国石油の機嫌伺いをする事はありません」

 研究部長の孔史明が満を持して油田の情報を公表した。

「おおっ」

 死ぬまで安泰だと知らされた一同から歓声のような声が上がる。

「恐らく、皇国石油側は自分達の輸出量確保のために、輸出制限をかけるつもりだと思っている」

 光矢石油がそれを飲んで輸出を制限すれば、残りの部分は独占するこができ市場をこれ以上食われることは無くなる。

「価格設定にも口を出してくるかもしれません」

「どういことだ」

 阿不打比の意見に俺は質問を浴びせた。

「自分達の権益を守れる金額より高く、当社の石油を高く売るように申し出て来るでありましょう」

「なるほど、一時的には売り上げは上がるが、顧客離れを誘っているわけか。で、どうする」

 新興企業である光矢石油に顧客が付いてきたのをいいことに、薄利多売から多利多売に数か月で方針変換しては企業としての信頼を失う。一旦失った信頼を取り戻すにはとても労力と日数が必要になる。

「相手は帝国屈指の巨大企業だ。どうするべきか」

「どうもこうもありません。全部つっぱねましょう」

 武須多が取り付く島もないほどそっけなく言った。

 俺が敢えて意図して大和人以外を幹部に据えなかったのだが、誰一人も帝国の威光に従う意思のあるものはいないようだった。

「わかった。東都に行くのは俺と専務、阿不打比、荒仁、慈仁居の5人とする。交渉決裂を覚悟して皆準備を怠らぬように」

 俺は交渉の主担当に阿不打比を据え、荒事の際の脱出に備えてユキ、荒仁、慈仁居を連れて行くことにした。

「無事お戻りになるよう。一同お待ちしております」

 人選の意図を汲み取った孫黒姉が深々と頭を下げると、残りの三人も頭を垂れた。

 俺は久しぶりに政争の町、東都に旅立った。


 俺はその日のうちに西都から荒比谷に飛行機で移動して、飛留洲の亜利と歓談してファーストクラスを貸し切りにして、東都に着くまで阿不打比と状況確認を行った。

「妊婦はお腹が空くのよね」

 ユキは大した緊張感も無く、異次元空間から食べ物を取り出しては口に入れている。水球での暮らしにも慣れて、多少は常識が身に着いたので知らない人前で大食いすることはなくなった。阿不打比は亜利の屋敷で大食いを目撃しているからそれには驚いていなかったが、異次元空間から食べ物を取り出す度に目を丸くしていた。

「なるほど、凄い御都合主義だな」

「そうですな」

 俺とユキが破壊した荒比谷のコンビナートの復旧は思いの他時間がかかったようで、諸国の需要に追いつけなかった時に、彗星の様に現れた石油会社が需要の隙間を都合よく埋めてくれた。

 そして、あれから4か月たってようやく100%の輸出体制が整ったので、「お待たせしました。皆さん用意できましたので買ってください」と持ち掛けたところ、「いや、うちは光矢石油さんから買うからいいよ」と断られ、ようやく客を奪われたと気づいたらしい。

 今まで長い間、同じ手札を持つ同業他社が現れたのに、ここまで危機感が無いというのも大概である。

 水球での1日の石油の需要は1500万缶であり、光矢石油のシェアはもうすぐ50%に届くところまできている。

「当社の生産量が落ちている時に需要に応えていた功績を認め、シェア25%の輸出は許可してやろうとか言いそうだな」

「うちは皇国石油の子会社でもないのに、そんな馬鹿な事を言う訳ないでしょう」

 俺の呟きに阿不打比が呆れたようにゼスチャーした。

「ですが、帝国が今の税率で同じレベルの社会保障を続けるには、最低75%のシェアは必要でしょうな」

 俺は当てずっぽうで言った数値が意外に的を突いていたことと、阿不打比の財務能力が国家官僚に比肩する高いレベルであることを知った。

 荒仁と慈仁居は二人の会話に耳を立てながらも、エコノミークラスからファーストクラスへの登り口の警戒に余念がない。


 高野1192年8月20日。

 俺達は機内で食事を済ませて13:30に無事に東都国際空港に降り立った。到着ゲートを出ると俺達を待っていた皇国石油の社員に社用車に押し込まれ、東都で最も格式が高い皇国ホテルのスイートルームへと案内された。

 荒仁と慈仁居は入室しようとした俺を制して、入念なセキュリティチェックを行った。

「最高の宿をこちらで提供したのに随分な対応ですな」

 不快を隠せない皇国石油の社員に荒仁が盗聴器を突き付けた。

「これは何だ」

「いやその。失礼させていただきます」

 顔を青くした皇国石油の社員は碌に弁明もせず、慌ててドアの前から走りさった。

「あいつは知らなかったのかもしれないな」

 俺の呟きに阿不打比が嘆息して言った。

「あちらは真面に交渉するつもりはないようですな」

 ベッドルームは東西4つあったので、俺とユキで西側の1部屋、その横の部屋に護衛の荒仁、東側に阿不打比と慈仁居で一部屋ずつ割り振った。

 食事はホテルのルームサービスを注文せず、ユキの異次元空間から食べ物を取り出して部屋で調理して南側にあるリビングで食べた。食器を片付け大きな一枚ガラスの窓から東都の夜景を眺めて、俺はワインのグラスを掲げた。

「どうも荒事になりそうだ。慈仁居、旧都の空港で小型機を1機チャーターしておいてくれ。

ユキはヘリコプターを1機購入して、異次元空間にしまっておいてくれ」

「わかりました」

 二人が声を合わせて答える。

「さて、どうなることやら」

 俺はグラスに残ったワインを一気に飲み干した。


 皇国石油の本社ビルは世界一位の石油会社の看板通り、地下三階地上60階建ての東都一のビルディングであった。

会社を訪れたのは俺、阿不打比、荒仁の3人。ユキと慈仁居は別行動でヘリコプターを調達しに行っている。

「お待ちしておりました」

 約束の時間の10時少し前にエントランスに入ると、重役だろうなと思われる年配の社員が挨拶してきた。空港の時も思ったが随分と顔を知られてしまっているようだ。

 エレベーターホールに着くと、上層階直通と中層階、下層階と利用できる階が決まっているようで、8基のエレベーターの内、上層階直通は1基だけだった。

 重役社員は迷わず上層階直通の前に進み、チップを認証させ中に招き入れると60階を押した。

 俺は一般社員のチップでは扉が開かないのだろうなと思った。

「今日は社長の他に、下々では会うことも叶わないVIPの方もお招きしてございます」

 俺は嫌な予感がして、ユキを連れて来なくてよかったと胸を撫でおろした。

「こちらにございます」

 重役会議室に入ると長机の奥に皇国石油の大きな社章が掲げられ取締役達が既に席についていた。そして俺達に用意されていたのはその対岸、まるで上座と下座のような位置関係である。俺はなるほどそう来たかと闘志を燃やした。

「私が皇国石油の社長取締役、油川政宗だ。国にとっても重要な案件のため、今日は異国人などが直接尊顔を仰ぐなど恐れ多い、空海皇帝陛下も特別に御同席くださっておられる」

 俺はやっぱりそう来たかと思ったが、冷静に対処することにした。

「陛下の尊顔に接し、真に光栄にございます。光矢石油で社長を勤めさせて頂いている林胡南にございます。本日の会談が双方に取って実りあるものとなりますよう祈願いたします」

「まあ、席についてくれたまえ」

 油川に勧められて俺達は席についた。

「単刀直入に言おう。皇国石油は不幸な事故にあった際に、生産量不足の時を補ってくれたことには感謝する。だが今は、生産力を100%まで回復している。もう君たちの手助けはいらない」

「何がおっしゃりたいのでしょうか」

 俺の返しに油川はムッとして語気を強めた。

「わからないのかね。君たちはもう頑張って石油を売らなくてもいいと言ってるんだ。何、全く売るなとは言わない、先の事故の時の功により世界シェアの20%までは許可しよう」

「石油の販売はいつから一企業からの認可制になったのでしょうか」

 俺が威圧にも屈せずに応じると、世界のトップ企業の社長としての威信をコケにされた油川の顔は怒りで真っ赤になった。

「本気で言っているのか」

 空海が横から話に入ってきた。

「本気ですが」

「ふざけるなよ若造。立場が同等でないお前らに譲歩してやっているというのに、なんという物の言いようだ」

 俺は気さくな呑海とは大違いだなと思いつつ、こんなのが国のトップで大丈夫なのかと心配になった。さすが、ユキをおもちゃにしようとしただけある。

「そう申されましても、輸出制限などせずに互いに競い会う方が、世界経済にとって健全なのではないでしょうか」

 俺の正論にたいして空海はなおも食い下がった。

「本当なら国家反逆罪として処罰してもよいのだが、余は寛大な心を持つ国家元首であるから25%までのシェアを許可しよう」

 確かに国家反逆罪と問われれば荒比谷の施設を破壊した俺は死刑確定だろう。しかし、空海は何の根拠なくただ脅しているに過ぎない。

「話になりませんな」

 俺が荒比谷事件の張本人と知らない阿不打比が耳元で囁いてきたので、「馬鹿だな」と小さく返すと荒仁まで頷いた。

「申しありませんが陛下。私はいつ、国家に反逆するほどの罪をおかしたのでしょうか。そして何故に国から販売シェアを決められなくてはならないのでしょうか」

 俺は白々しいとは思ったが、会社が利益を追求することを政府の都合で不可とされってしまっては、すべての企業に営業の自由が無くなってしまう。ここは引けなかった。

「陛下のお言葉に逆らうというのか。この非国民が」

 油川が真っ赤な顔で怒声を浴びせて来たが、俺には力業は通用しない。

「私は帝国国民ではありませんが、油川社長」

 原油の埋蔵量と高野帝国の威光で強引に押し切ってきた油川は、本当の意味での駆け引きを経験した事がないのだろうと哀れになった。

「余に逆らうというのであれば、こちらにも考えがある。その方の顔など二度と見たくない。失せろ」

 その言葉を聞いて俺は素早く立ち上がって一礼し、相手の目を見て言い放った。

「失礼いたします」

 交渉が決裂した以上、もうこの場に留まる意味は無い。俺は激しい怒りに満ちた視線を浴びながら会議室を後にした。


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