採掘開始
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高野1192年4月22日
俺は舞網のリゾートホテルのプールサイドでユキとカクテルを飲みながら日光浴をしていた。
舞網リゾートにある西島ネズミーランドのアトラクションをユキが気に入って何度も乗ることになったのもあるが、荒比谷の石油コンビナートが復旧するまで関連設備の入手が困難になったため、光矢石油株式会社は動きが取れなかったからである。
荒比谷の石油コンビナートもようやく一部復旧して、襲撃当初はガソリンスタンドが給油待ちで3時間という窮状から帝国は脱出した。
世界の油田であった帝国は荒比谷の事故によって、世界経済を混乱させたその安全管理の杜撰さが非難の的となり国家威信を失墜していた。
大国として世界を主導するつもりだった空海からすれば、腸が煮えくり返る思いであっただろう。
それに比して、高野帝国の権威失墜に喝采する荒比谷の元王族である武砂馬土一族らからの出資を受けて、俺の会社の資本金は50億円ほどに膨らんでいる。
ユキの鑑定によると世界最大の石油産出量を誇る荒比谷周辺の油田の産出量は年間120兆円があるらしい。ユキが見つけた佐宇地砂漠の油田はその倍の産出量がり、まだ採掘していないので埋蔵量は2倍もあるらしい。その上、西都からの観光クルーズ船に乗った時に、ユキは荒比谷の油田と同等の海底油田まで探り当てている。
なんと、俺は世界最大の油田の3倍もの眠れる油田を手に入れてしまったのだ。
海上は高野帝国の領海ではあるため海域を購入することはできないが、海底は漁場として買い取ることができたので、俺は海上採掘施設を建設することを目安にピンポイントで1km四方を購入した。
「ユキ、そろそろ油田掘削の作業を始めようと思う」
「分かった。この地の太陽光でかなりエネルギーを蓄えたので体力は120%だ」
俺は100%を超える貯えができるのを知ってちょっと驚いた。
海底油田は西都から50kmほど海岸線を北上した西崎という漁業が主産業の人口三万人ほどの小さな町から海岸線を30km北上した岸壁から5kmほど西の海底にある。佐宇地砂漠の油田もほぼ同じ緯度で、海岸から100kmほど東にあり、地理的にここに光矢石油のコンビナート基地を作るのが最適解だ。
西島西部は西都から南の舞浜まではいくつかの町が点在するが、北方は西崎を最後に島の北端の港町北関まで人も住んでいない不毛の地だ。町を作るとすれば一から始めなければならないが、とてつもない金がかかる。そのために、何としても海底油田を掘り当てなければならない。
俺は、かつて皇国石油は海底油田を求めて荒比谷近海をサルベージしたが発見することが出来ず、解体費用がもったいないと放置されていた海上プラントを廉価で買い取り、北廻りで曳航させていた。
「ガラクタみたいなプラントを買い取って処理していただけるとは、ありがたい限りです」「いえいえ、わたしとしても、製造費用の1割にも満たない金額で譲っていただけるとは感謝に堪えません」
俺は帝国のチップからの情報により、中韓大国の本土からの船舶による原油輸入業者として活動しているように思われている。ある意味、最高のカモフラージュであった。土地買収してコンビナートを作るよりも、海上プラントを改修して小規模な石油基地にするのだろうくらいにしか考えて無い違いない。
俺は制作費用数200億の鉄屑を50億で手に入れた。これを石油採掘プラントでなく、石油基地に改造するのであれば備蓄施設なども敷設しなければならず、10億以上の出費が必要だろう。俺もその分の値引きだと思っている。
皇国石油の支店は西島では荒比谷にしかないため、こちらか出向くしかなかったが、武砂間土・亜利に会見して会社で働く人員を斡旋してもらえた。大和企業で働くことを良しとしない風潮の中で、事務所開設のため事務方職員、建設担当、営業担当、輸送担当など30人近い優秀な社員がすでに西都に入っている。
油田の研究職については中韓大国の王教授のコネクションから5人が入国する。近年稀な新田開発とあって士気も高く能力も優秀なようである。
「今夜はたくさん可愛いがってね」
「もちろんさ」
元々が液体生命体であるユキはあそこの加減をいくらでも調整できる。性感帯を掴まれた俺は、もう他の女を抱きたいと思えなくなっていた。
舞網から西都に移動した俺は、新興中小企業にはもったいないと思わる50㎡も床面積のあるオフィスビルの3階と4階を貸し切って開業準備をさせていた。
3階は来客用として事務、営業スタッフを、4階は会議室、役員室、研究室など設置した。
研究室は西崎の海上プラントが動き出せばそちらに移るので、借り住まいであるが機材は充実させた。
「明後日には西崎沖に石油プラントが到着する。研究班と建設班は買い付けた資材をトラックに積んで明日中に移動を終わらせるように」
「「わかりました」」
孔史明研究部長と紗波璃工作部長が声を合わせて返答した。
「土地の買い上げは終わっているか」
「漁民の了解を得て、漁港とは別の港を急遽建設中です。現在の西崎港の南と北1km以外は漁区、それ以外はコンビナート基地と住み分け、漁業環境が悪化した場合は保証すると契約を交わしてあります」
武須多営業部長が準備万端だと誇らしげに言い放った。
「タンカーの準備は」
「5日後には中韓海運の2万t級のタンカー到着する予定です」
孫黒姉輸送部長が当然でしょうという感じで答えた。
「動かせる純資金はどれぐらい残っている」
「無理をすれば30億はいけるかと」
阿武舵比事務長がもっと行けますぞと暗に匂わせるように言った。
俺は中々いいスタッフが集まってくれたと心底思った。だが、これで採掘に失敗すれば破産するだけでなく、荒比谷の王族の信頼を一気に失うことになるが、あとユキが海上プラントを誘導するだけなので心配はいらない。
海底油田の出口は舞網にバカンスに行く前に工事済みである。
買い付けたバルブ付きの原油パイプをユキが異次元空間にしまって海底に潜り、海底の土砂をピンポイントで異次元空間に取り込み、異次元空間から原油パイプをはめ込んだ。
そのあとは異次元空間に土石を取り込むように掘り進め、壁を鉄でコーティングしてパイプにしていく。そして最後の岩盤を取り込んで原油が吹き上げる勢いで海上に向かい、手を大きく伸ばしてバルブを閉めて僅かな隙間から飛び出し、それを追って漏れ出た原油を異次元空間に取り込んで環境破壊を防ぎ、バブルを閉め終わればば完成だった。
舞浜でのバカンスは大仕事をしたユキと、警察官から一転して殺伐とした日々を駆け抜けた丈二のハネムーンであった。
光矢石油のスタッフや社長一同、事務方の社員を何人か西都に残して、西崎の海岸に集結していた。この海底油田から石油が採掘できなければ会社の営業などできぬのだから当然である。
一週間かけて工作スタッフが海上プラントを補修して、海上プラントを多少の嵐でもびくともしないほど強固に海底に固定した。石油の噴出口については5mまでは修正可能にセッティングも終わっている。海中で少しづつ原油パイプを繋ぎ、20mほど伸びたところでユキが掘り当てた採掘口にドッキングさせた。海上との誤差は1mも無かった。
「メインバルブ以外は全部閉じているか」
紗針璃工作部長の声が海上プラントに響き渡ると、スタッフが全員頷いた。
「紗波璃部長、メインバルブもすぐに閉じられるように狭くしておけ」
怪訝そうに俺の指示従い、紗波璃は口径30cmまでに絞った。
「よし、バブルを開けるぞ」
俺はユキに念話で、バルブを全開にするように指示を送った。俺は皆にわかるように意味はないが海底に向けてライトを点滅させた。社員たちはその光を見て海中のスタッフがバルブを開けるのだと理解した。
しばらくすると海上プラントが微振動を始め、ドッという音とともに採掘塔の煙突から黒い細い噴水が30m以上も吹き上げた。
「早くバルブを閉めろ」
俺お指示で紗波璃が慌ててバルブを閉じて、降って来た原油に黒くそまった。海岸に集まっていた社員達からは盛大な歓声が上がった。どこか黒く汚れた海上プラントのスタッフも一呼吸遅れて歓声を上げた。
「信じられん。埋蔵量が少ないとポンプでくみ上げないとならないのに、これほど圧があるとは」
孔史明研究部長は呆然としながら、数値を確かめて目をむいて叫んだ。
「この海底油田一つで、荒比谷の油田群と同じ埋蔵量だと」
その叫びに海上プラントの社員達は信じられないと動揺したあと、歓喜に沸いた。それまでは金払いのいいベンチャー企業だと思っていたが、膨大な資源を一手に持つ大企業に成長することを確信したからだ。そしてその躍進を担うのは自分達なのだと言うことを。
歓喜に騒然とする海上プラントに海中から戻って来たユキは、ダイバーの姿から林蓮華の姿に変身して丈二に寄り添った。
「やったね」
「これからだ」
俺はユキを抱き寄せて口づけした。
油田採掘成功の報を受けた武波馬土・亜利は、屋敷に集まった一族の歓喜の声に満面の笑顔で応えた。
「このような日が来るとは思いませんでしたな」
一族の長老、武波馬土・舵比土が震える手で酒杯を掲げ喜びに震えていた。
荒比谷の元王族や軍事関係者など荒比谷人の要人はユキのスキルによって、首に埋め込まれて神経を支配していたチップは取り出され、帝国に動きを疑われないように持ち運びしていた。
「帝国の支配から脱出する日も、そう遠くないかもしれませんな」
西島に駐屯する帝国空軍第二師団の団長である雄万と帝国海軍第一師団の参昆が感慨深く言述した。
帝国の経済の心臓とも言っていい油田を抱える西島は、首都である東都に次ぐ防衛兵力を有している。その上、恐るべきポテンシャルを持つユキが戦力として加わるのなら、帝国と戦争になったとしても負ける気がしなかった。
「神聖帝国に虐げられていた荒比谷に再び栄光の日が訪れるだろう」
武波馬土・亜利は積年の一族の思いに答えるように声を張り上げた。
「ユキ様のスキルが帝国に知れ渡れば暴動がおきるかもしれませんな」
荒比谷の王族であった阿武舵留・早莉は自分達が帝国から自由を勝ち取れることを誇りに思うように呟いた。
「それは間違いないだろう。ユキ様がその地に石油が出るというのなら疑うことはない」
武波馬土・亜利はユキのスキルと光矢丈二の行動力に全幅の信頼を置いていた。
「油田から安定した利益が上がるにはもう少しかかる、挙動盲進するでないぞ」
長老の舵比土の言葉にその場の全員が決意を秘めた目で頷いた。
クはタンカーから積み込むためではなく、タンカーへ積み込むために建築していた。
高野1192年5月1日
新しい月を迎えても高野空海は、荒比谷の石油コンビナートを火の海にしたTW666XYZに対する恐れを隠せなかった。帝国の経済を支える石油事業の停滞は、空海の門出に大きな傷を残した。
「荒比谷からの足取りはまだわからないのか」
「はい。金髪碧眼の女の目撃者も少なく、海路と空路に関しては搭乗情報がありません」
「ならば、まだ荒比谷に潜伏しているのではないか」
確かに荒比谷からは陸路で他の西島の町への移動はできない。そうなると船で本島に戻って来た可能性はある。本島に入ればどこへでも陸路で移動可能だ。
「はっ。東密のエージェントを増員して操作しているのですが全く手がかりございません」
東密の研究所では容姿を変化させたことは無く、TW666XYZは金髪碧眼という先入観から離れられなかった。そのため、光矢丈二とユキは西島の西海岸で悠々とバカンスを楽しむことができた。
「TW666XYZは次に何をしようと考えている」
「皆目わかりませんが、TW666XYZのとんでもない性能が、まだ他国に漏れていないことは良しとするべきかと」
空海はTW666XYZを制御して、世界を支配しようと目論んでいたが、逆に今はその脅威にさらされていた。制御が成功するまでの過程で、生命体に知性と人格があるのは分かっていた。
「研究所では分析できなかったスキルがあるかもしれんな」
「それは否定できないかもしれません」
二つの研究所を破壊されて、東寺重工の本社に僅かに残されたデータもTW666XYZが進化する可能性を秘めていると結論していた。
「そもそも、TW666XYZのプロテクトを解除した男は何者なのだ」
「ただ、直系皇族と同じ遺伝子を持った者としか」
「皇族の誰かが俺をハメようとしているということか」
「そうなると一番怪しいのは呑海様ですが、東寺重工の本社事件の後に東都から動いた形跡はございません」
「では、いったいどういうことなんだ」
「男の部屋からはこの国のチップの記録が残っていないので、他国のエージェントなのではと予想されます」
「その者によってTW666XYZは国外に運ばれた可能性もあるということか」
「はい。TW666XYZを荷物として船に積み込めば、検疫を掻い潜ることも不可能ではありません」
「そうか、その可能性もあるな」
今の空海にとってはTW666XYZが国内から居なくなった方が気が休まる。
「何の動きも無いのなら、いらぬ心配をしても仕方ないか」
「そうですな」
東密のエージェントは空海の言葉に相槌を打った。
空海も東密も、国家の経済を揺るがしかねない石油王が誕生したことをまだ知らなかった。
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