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会社設立

次の展開へのつなぎのお話です。

戸覇威の尾根をすれすれに飛び越えた飛行機の窓から見える景色は、山頂は乾いた岩肌を晒しているが山裾には木々が生い茂った森が広がっていた。遠くに海が広がり海岸線に町らしきものがある。西島の西海岸の南には舞網というリゾートがあるらしいが、そこまでは見えそうにない。

 飛行機が高度を落とし海に近づいていくと、歴史を感じる荒比谷とは違い、近代的なビルが建ち並ぶ西都の街並みが確認できた。

「あそこがカレーの町ね」

「いや、カレー以外の食べ物もあると思うぞ」

 大食いチャレンジに気合の入っているユキは食べ物の事しか頭にないようだが、俺は空売りした株の確認がしたかった。

 飛行機はいったん海上にでて海岸を埋め立てて造ったと思われる飛行場に着陸した。

 手荷物がない俺達は真っすぐに『ハリー』の回収に向かった。

「昼の弁当はちょっと物足りなかったから、夜はカレーよね」

「そうだな。TVでやっていた店に行こう」

「やったあ」

 俺はユキを納得させ、『ハリー』を受け取ると、西都の山三証券の支店へと向かった。


 山三証券の支店に到着すると、そこは戦場のような慌ただしさだった。

「14時に予約してあった林だが、昨日の事故のせいか」

 俺がフロアレディに声をかけると、嘆息したように言葉を発した。

「ええ。荒比谷の事故が東寺重工の研究所の爆発が原因って判明して、東都でも爆発事故を起こしていたこともあって、皇国石油だけでなく、東寺重工の株も売り注文が殺到して大変なんです。こちらで暫くお待ちください」

 俺はフロアレディに案内された窓口の椅子にユキと腰かけた。

 ユキは何のことかまったく分からないようであったが、俺は拳を握りしめてガッツポーズを決めた。

「林様、お待たせしました」

「空売りした金額はどれくらいになっている」

 俺は開口一番、窓口に来た阿部という男に進捗状況を尋ねた。

「預かりの三千万を担保にフルに売りつけて6億で売り抜けています」

「そうか、限度額まで売れたか」

「それにしても、ストップ安になる銘柄をピンポイントで売るとはすごいですね」

「妻と結婚したときに夢で見たのさ」

「へえ、いつ御結婚なさったのですか」

「一週間ほど前だ、しばらく西都にいるので、買い戻すときはこちらから指示する」

 俺は阿部にそう告げて、意気揚々と山三証券を後にした。

「何かいいことがあったのか」

「ああ、大金が転がり込む。俺が死ぬまでユキを食わせてやれるほどにな」

 不思議そうにしているユキに分かるように俺は説明をした。

 6億で売った株は荒比谷の事故の影響でストップ安になるほど下落している。これが連日続けば株価は半額以上に下がる。下がったところで買い戻せばその差額が利益となる。少なくても3億以上の収入が見込まれるということである。

「なるほど。東寺重工の研究所だけでなく、コンビナートも破壊した訳が分かった」

 ユキはバイキングでなくても、たらふく飯をたべられことを知って満面の笑みをした。俺はその笑みをみてとんでもなく可愛いと思ってしまった。

「丈二、それはともかくカレーの店に行こう」

 東寺重工の研究所を始末した俺は、ユキの笑顔が見られるならそれを何よりも優先しようと思っていた。

「そうだな、カレー食べにいくか」

「うん」

 俺は夕飯にはちょっと早いが大食いチャレンジのカレー店に『ハリー』を走らせた。


 TVで紹介されていたカレー店は米5合にジャガイモ、ニンジンが煮込まれた定番のルーに豚カツが乗っているボリュミーな一品で三千円。チャレンジ成功なら五千円の賞金の設定である。

「丈二、カレーは美味いな。これはどれくらい食べてよいのだ」

 あっさりと大盛カレーをあっさり完食したユキに俺は、人間であればいくら何でも4つが限界であろうと制限をつけた。

「あと、三回ほどでやめておけ」

「そうか、こんなに美味しいのにあと三回か」

 それを聞いていたカレー店の店主は嘲笑した。成功なら二万円だが失敗したらカレーに一万二千円を払わなければならないのだ。

「この味は初めてだ。辛さも複雑な感じがする。いくらでも行けるぞ」

 店主はそう言って10分もかからずに完食したユキを目を見開いて凝視している。他の客も驚愕の表情を隠せない中、ユキは5合カレー四皿を怒涛の如く完食した。

「丈二、もう一皿だめか」

「それくらいにしておけ」

 俺達は賞金二万円を受け取り店を後にしてホテルに向かった。ホテルは当然朝食夕食がバイキング形式のところである。


 西島の西海岸は荒比谷との交通手段が海路しかなかった時代は、海産物が唯一の商品である小さな漁村しかなかった。荒比谷が高野帝国に臣従してから空路での開発が進み、いくつかの町ができた。

 中でも西都は中央大陸の中韓大国、モスコー共和国、エンドランド、フレンズなどの大国との貿易の玄関口として、今や帝国第二の都市に成長していた。

 俺は藤浜もアメリゴ合衆国との貿易港として栄えていたが、規模が違うなと思った。グローバルな町だけあって大陸の様々な国の料理店があり、新興都市特有の活気に溢れている。

「この町は変わった食べ物がたくさんあるな」

「そうだな。それに外国人にとっては居心地がいい」

 もともとの西島の人々は肌が褐色だが、西都は様々な肌の色の人間が闊歩している。

 俺達は西都で10日目を迎えていた。

 俺の所有している株は連日のストップ安で現価は2億円ほどに下がった。俺は買い注文を入れて空売りしていた差額の4億円を手に入れた。

「ユキ、石油が埋蔵されているという場所の経度と緯度は覚えているか」

「当然、だけど飛行機で移動していたからピンポイントでは難しいよ」

「まあ、金はあるから砂漠を20㎢で買っても大丈夫だろう」

「そんなに誤差はでないと思う。10㎢もあれば余裕で収まるよ。それとね、念話できるようになったよ」

「本当か」

「試してみる?」

「そうだな」

 俺がOKを出すと早々に頭の中にユキの言葉が流れてきた。

『丈二、愛してる。こんなに早く共鳴率が上がったのも朝も夜もいっぱい私のこと愛してくれたからだよ』

 俺は苦笑いを浮かべて念話で返事をした。

『俺も愛しているよ。人前で口にするのは恥ずかしい事でも念話なら話せるかもな』

『そうだよ。それにヘルメット被って『ハリー』に乗っている時だって話せるんだよ』

『確かにそれは便利だな』

 バイクで移動する間も会話ができならば、もっと快適な旅ができそうである。

「まあ、ともかく役所に行って土地の買い付けをしよう」

 俺達は官庁街の国土省のビルに向かって並んで歩いた。


 国土省の職員は正気かという表情で俺の顔を覗き込んだ。

「買いたいとおっしゃるなら売ることはやぶさかではないですが」

 チップの表示が中韓大国であることを示している俺が、佐宇地砂漠の土地を10㎢も購入したいと言えば当然の反応である。

「砂漠を売るのは初めてですが、山林よりも価格は低いと思います。ちょっと上司と相談してきます」

 上司と相談して戻って職員は山林が1㎢50万円のところ、不毛の大地なのでその半分でどうかと交渉してきた。

 俺はもっと安くてもいいと思ったが、言い値で買うことにした。

 職員が持ってきた佐宇地砂漠の地図を見て、ユキがかなり戸覇威山脈よりの場所を指さした。

「だいたいこの辺」

「では、ここを中心点として10㎢ほどもらおう」

 職員は二人のやり取りを怪訝そうに眺めながら、キャッシュで250万を受け取った。それから何枚かの書類を出して来たので、記入したり署名したりした。

「登記に二日ほどかかりますがよろしいですか」

「わかった」

 俺は引換証を受け取り、次の目的地である西都証券取引所に向かった。


 証券取引所の職員にも怪訝な顔をされた。

「社名が光矢石油で資本金二千万ですか。新にガソリンスタンドでも経営なさるのですか」

 職員としてはガソリンスタンドは飽和状態で新たに参入して利益を出せるとは思えないが、中韓大国で採掘される原油を安く手に入れる伝手でもあるのだろう。

「分かりました。スタートは西証二部からとなりますがよろしいですか」

「構わない」

 俺は職員が手続きで奥に下がったところでユキに念話を送った。

『ユキ、異次元ボックスに入れてあったケースをトイレで人目につかず出して持ってきてくれ』

『了解』

 職員が奥から戻ってくるのと、ユキが戻ってくるのはほぼ同時だった。

「現金だ、確かめてくれ」

 俺はユキから受け取ったケースを職員に渡した。

 現金の確認も済み株式会社光矢石油が誕生した、社長が俺、専務がユキの社員2名の名前だけの会社である。


西島での活動がしばらく続きます。

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