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西都へ

空海が苦境に陥ります。

 4月1日、高野帝国の皇帝に即位して世界のパワーバランスの頂点に立ったと言ってもいい空海は、深夜にもたらされた情報に言葉を失っていた。

「荒比谷の石油コンビナートが爆破炎上しているだと」

「はい、まだ詳細は分かりませんが、夜空が赤く染まるほどです」

 ユキが原油タンクを異次元ボックスに収納してしまったせいで、油田から供給される原油がコンビナート内に垂れ流しになり、ほぼ一面が火の海となっていた。

 空海は寝室からTVのある部屋に移動して言葉を失った。

 TVの映像は高野帝国が誇る世界の石油の8割を生産していたコンビナートが、所々で爆発を繰り返し燃え盛る様であった。

「何が起きた」

「東密からの知らせが入っておりまする」

「よこせ」

 空海は印刷された報告書をひったくる様に掴み取った。

 それは防犯カメラの映像に映った忘れもしないTW666XYZの姿と、その目的についての推察が記載されたものであった。

「TW666XYZの仕業なのか。東都のラボの破壊も、何らかの原因で制御不能になってから、自らの意志で出自を消滅させるために行動したというのか」

 報告書に目を通した空海は絶句した。ラボを破壊したあとに自分を知る者にその刃を向けるとしたら、それは空海に他ならないからである。

 しばらくして大まかな状況が入ってくると、空海は油田からの送油を止めさせたが、それまでに流れ込んだ大量の石油のせいで火の勢いは止まらない。

 荒比谷の消防隊もこれほどまでの大火災を想定して配置されておらず、鎮火させる能力は保有していない。荒比谷は砂漠のオアシスが発展した町なので、西島の他の都市とは空路と海路でしか繋がっておらず早急な応援もできない状況である。

 オイルマネーで国家経営をおこなっている高野帝国にとって、石油コンビナートの消失は国家の死活問題に等しい。そして、世界への原油供給が滞ることで、世界経済への影響も計り知れないものがある。

「至急、閣僚を集めろ」

 空海は口を歪め、眉間に皺をよせて叫んだ。


 俺は石油コンビナートとは逆の方面からバイクをホテルに乗り付けた。

「あっちの空が随分赤いけど、何かあったのか」

 俺はホテルのボーイに『ハリー』と鍵を預け、敢えて聞いた。

「石油コンビナートで爆発事故があって、燃えているらしいです」

「前にもこんな事があったのか」

「いいえ、私の知っている限りでは初めてです」

「丈二。私達がどうこうできることじゃないわ。早く部屋に戻りましょ」

 石油コンビナートを破壊した張本人のユキは、感心がないとしれっと言った。

「明日のフライトに何か問題が起きる事があるだろうか」

「明日の分は大丈夫だと思いますが、ガソリンや灯油が精製できなくなると、しばらくして移動が難しくなるかもしれません」

「そうか」

 本島であれば電車で移動することが可能だが、西島では移動が難しくなることは間違いない。逃亡の身である俺達にとってかなりのアドバンテージだ。

 俺達は部屋に戻りシャワーを浴ると、深夜ニュースで煌々と赤い炎を立ち上げる石油コンビナートの映像を眺めて、冷蔵庫の中の缶ビールで乾杯した。

「次はどうする」

「この後のことは、もうどうでもいいわ」

 二つのラボを破壊したことで、ユキはとりあえず満足していた。

「そうか、俺はこの国でクーデターを起こそうかと思っているんだが、一緒についてきてくれるか」

 俺が破天荒な思いを恐る恐る告げるとユキがにっこりと笑って言った。

「私は丈二の女なんだから、当然一緒についていくわ」

「ありがとう」

 俺はいろんな意味でユキを失ったら生きていけないなと思った。

「それより、今夜もいっぱい愛してね」

「ああ」

 俺はTVを消してユキの手を引いてベッドに向かった。


 翌朝、朝食バイキングを堪能したユキを『ハリー』に乗せて、俺は早めに空港に向かった。ちょっと金はかかったが、『ハリー』の空輸の手続きも上手くいった。

「出発まで随分待たせるのね」

「まあ、飛行機ってのはそんなもんだ」

 出発ロビーから空港を眺めていると、搭乗予定のプロペラ4発の飛行機の腹に、荷物が次々を詰められている。コンテナに固定された『ハリー』が積み込まれたのを確認すると、俺はユキと機内で食べる弁当を選びに行った。

「どれもたいして量がないわね」

 ユキが弁当を一瞥して言った。

「目立っても困るので三つぐらいにしておけ」

 俺もユキに合わせて大食漢を演じるため二つは買おうと思っている。

 ユキは初めて目にしたカツサンドとアサリの炊き込みご飯、柿の葉寿司の弁当を選んだ。

 俺は幕の内とイカ飯を買った。

 飛行機が離陸して高度5000mほどまで上がり、飛行が安定してくるとユキがそわそわしだした。

「そろそろ、弁当なるものを食してもよいのではないか」

「すこし早いと思うが」

 9時のフライトで10時半になったところである。

「うん。石油コンビナートで収納した『原油』というものと同じものの気配を感じるぞ」

 ユキの言葉に俺は咄嗟に囁いた。

「その場所と経度と緯度を登録してくれ」

「了解した。登録したぞ」

 埋蔵量がどれはどあるかは分からないが、油田を所有できたならかなりの軍資金となる。俺はユキにご褒美をあげることにした。

「今の仕事に免じて弁当食べていいぞ」

「本当か」

 ユキはまず、カツサンドを頬張った。

「パンに、このソース味のカツなる肉を挟んだものはいくらでも入りそうだぞ」

 俺はそうだろうなと思ったがコメントは控えた。

「この炊き込み飯も素材の味が染みて美味であるな」

 確かに貝類のエキス染みた米は旨い。ホタテやカキも旨い。

「さて次はこの葉っぱにつつまれた寿司だな」

 俺はユキが柿の葉のまま食べようとしているので、慌てて止めた。

「待て。この葉っぱはたべないで、剥いて中の寿司を食べるんだ」

「何で、食べもしない物を弁当に入れるのだ」

「それは、香り付けと殺菌のためだ」

「我に殺菌など不要だ」

 確かにユキならそうかもしれないが、普通の人間にとって重要なことだ。

「それに、葉っぱを取った方がおいしいぞ」

 柿の葉を剥いたユキは、寿司の上に載っている魚の身が異なっていることに気づき、その味の違いを堪能していた。

 俺は幕の内を食べ終えて、イカ飯に取り掛かろうと弁当の蓋を開けた。

「二つ同じものがあるのなら、一つ食したい」

 身に飯が詰まったイカを目にしたユキが物珍しそうに声をかけて来た。

 ユキが弁当三つで満腹になる訳ないと知っている俺は、苦笑して一つ渡した。

「このイカというものの味の染みた肉の歯ごたえと、中の飯の食感がなんとも言えぬな」

 俺達が弁当を楽しんでいると佐宇地砂漠を作った要因となった戸覇威山脈が窓から見えて来た。

 標高5895mの戸覇威山を最高峰として南北の連なる平均標高4000超の山脈が、西から流れて来る雨雲を遮っているだけでなく、飛行機の針路も阻んでいるように見えた。高度はいっこうに上がらない。山脈が近づくにつれて、本当にこの飛行機が山脈を越えられるのが不安になる。

 そんな俺の不安を感じ取ったのかユキが言った。

「この飛行機の高度は4900m。向かっている山は標高4850m。トラブルがなければ飛び越えられると思う」

 山脈に近づいた飛行機のプロペラエンジンの音が大きくなる。出来る限り高度を上げようとしているようだが、思うように高度は上がらない。山脈の山肌が窓から間近に見える。

 俺はユキが言うように50mも高さが勝っているとは思えなかったため、何とか山脈を越えたのでふーっと安堵の息を吐いてしまった。

「そんなに心配しないで。丈二は何があっても私が死なせない」

「ああ、頼りにしてるよ」

 俺はユキの手を握りしめた。

 


これから張り巡らした付箋がだんだんと繋がっていきます。

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