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皇帝の退位

また、ユキの大食いシーンが多めになってしまいましたが、着々と展開は進んで行きます。

 31日の夕方に俺とユキは大堺の町に到着した。

「夕食は天麩羅で決まりだな」

 ホテルにチェックインするなり、ユキが嬉しそうに口にした。

「テレビに出ていた店か、よく覚えていたな。ただし、食べ放題ではないから、完食したらお替わりは無しだぞ」

 お替わり無しと聞いて、ユキは少し考えてから不服そうに口を開いた。

「わかった。完食したら終わりでいい」

 店について俺ではなく、ユキが大食いにチャレンジすると言うと驚かれた。

「まあ、そうだろうな」

 俺は普通の天丼を食べ終えて、ユキのチャレンジを見守った。

「このサクサクとした衣の食感がいいな」

 ユキは山盛りの天麩羅を勢いよく、むしゃむしゃと食べていく。確かに衣の厚さでネタの大きさをごまかす店もあるが、薄くカラッと上がっていて中の具材が何なのか食べる前に分かるほどだ。

「ああ。安物はべったりしているが、ここの店の天麩羅はかなり美味いな」

 ユキは海老天を尻尾まで噛み砕き飲み込んで言った。

「そうなのか。だったらお替わりは」

「だめだ」

 俺は『特大天丼、お一人様チャレンジ1回』と貼りだされた店内広告を指差した。

「ああ」

一瞬テンションが下がったユキだったが、気を取り直して再び特大天丼に挑み出した。ユキは30分もかからず完食した。

「化け物だ」

 俺は、若い店員の声が漏れ聞いて本当に化け物なんだよと教えてあげたい衝動にかられた。ユキは店から貰った1万円札を興奮しながら俺の顔先に突き付けた。

「見ろ、丈二。私でも金を稼ぐことができたぞ」

「今日のホテル代にも足りないな」

「なんと、ホテルに泊まるにはそんなに金がかかるのか。私は野宿でもいいぞ」

「今は金の心配はするな。それより明日はフェリーでいよいよ荒比谷だ」

 ホテルに戻った俺はいつものようにユキを抱いた。

「俺はユキが居なくなったら生きていけないかもしれない」

 ユキの中で果てた俺が本気でそう言うと、ユキがしてやったような顔をして言った。

「丈二がどれぐらいが気持ちいいか、だんだん分かってきたよ」

 液体生命体であるユキは躰のどの部分も硬さや大きさを調整できる。俺は手に吸い付くような餅肌のユキの双丘の感触を楽しんだ後に、思わず口にしてしまった。

「そうか、愛しているよ」

「わたしも」

 規格外の化け物だとは知ってはいるが、俺は愛おしくて抱きしめずにはいられなかった。


 丈二とユキが『ハリー』で高速道路をぶっ飛ばしていたとき、皇宮では退位の儀が行われていた。

「これより、退位の儀を執り行います」

 和服という独特の衣装姿の天海皇帝に桃子皇后が、皇宮社に向かってゆっくりと歩く映像がテレビに流れた。

 皇宮社の前で一礼した皇帝は退位の報告をして、三方の上に置かれたチップを手にした。

チップの映像がアップになり、皇帝を退き上皇となった証であるトリプルOの『000』刻印が掲げられた。

 このあと皇居の病院で(うなじ)にそれを埋め込めば退位は完了する。そして明日、空海が項から『001』のチップを取り出せば譲位は完了する。そして、残りのダブルOは皇宮内の科学施設で書き換えが行われ、呑海が『001』に格上げされ、残りの皇位継承者も一つ順位を上げる。

 新しい『009』には天海の弟の二女で15歳の高野美和子が入ることになった。

 神聖高野帝国の継承順位は空海が皇帝になったあとは次のようになる。

 『001』天海の次男、呑海。

 『002』天海の弟、性空。

 『003』性空の長男、証空。

 『004』性空の次男、源信。

 『005』天海の弟、良寛。

 『006』天海の長女、陽子。

 『007』天海の二女、月子。

 『008』性空の長女、美枝子。

 新皇帝となる空海の従兄弟達は皆二十代前半から十代で全員未婚である。天海の弟である性空は51歳で妻帯しているが、放浪癖のある良寛は47歳になっても未だ独身だ。男尊主義ではあるが、状況によっては女帝もありうる継承順位であった。

 

 東密のトップである大仏は退位の儀が大きな混乱も無く終わったことに胸を撫でおろしていた。

「真栄田や縞津に動きはないか」

 声を掛けられた桜井は首を傾げた。

「それが、縞津家は歓迎ムード満載でクーデターを起こすなど考えられない様子です」

「真栄田家も同様です」

 小野が桜井に追従するように言った。

 大仏が見る限り不穏な動きも無く、退位の晩餐会は和やかに進行している。

「しかし、だとしたら『TW666XYZ』を手にした者は何を狙っているのだ」

「皆目見当もつきません」

 桜井の返答に暫く思案した大仏は、気持ちを切り替えた。

「まあいい。今はこの式典を無事に終わらせることに全力を注げ」

 万が一のテロに備えて東都にエージェントを集めて事が起きたら、東密への信用は大きく失墜してしまう。組織のトップとしてそれだけは許されないことだ。

「長官、一つ思ったことがあるのですが」

「何だ」

 桜井は、藤浜で見た凹んだドアが機械ではなく、人の手の様だったことを思い出して大仏に質問した。

「東寺重工の本社ビルの地下は『TW666XYZ』専用のラボだったと聞きましたが、『TW666XYZ』はそこで作られたのでしょうか」

「いや、水球の兵器ではなく。隕石が落下した砂宇地砂漠から発見された生物らしい」

「だとすれば、砂宇地砂漠に近いどこかにもラボがあったのではないでしょうか」

 桜井の予測に大仏は雷に打たれたような衝撃を受けた。空海殿下の命を奪って国を混乱させることではなく、『TW666XYZ』はラボの破壊を目的としていたとすれば、その後に東都で行動を起こさなかったことの辻褄が合う。

「荒比谷だ。東寺重工襲撃の次の日に西に向かった長距離列車や航空機の防犯カメラの映像を洗い流せ」

 今は即位の儀が最優先課題ではあったが、『TW666XYZ』の尻尾を掴んだと感じた大仏は指令を出した。『TW666XYZ』と戦って勝てるとは思えないが、化け物を起動している人間が特定できれば何とか処理することが出来る。

「了解しました」

 桜井と小野は声を合わせて応え、大仏の前から走り去った。

 大仏は東蜜の西島支部長の饗庭と緊急に連絡を取った。

「長官、ご無沙汰しております」

「饗庭か、可能性があるという事で聞いてほしいのだが、『TW666XYZ』が荒比谷のラボを破壊するために向かっているかもしれない」

 饗庭は西島の行政府である西都にいる饗庭は、信じられないという風に声を上げた。

「皇帝の即位に合わせてテロを起こすという予測ではなかったのでは」

 新皇帝の身辺の守りを固めるためにエージェントを東都に送ってしまい西島に残っているのは20人ほどである。拠点に多少の人数を残して荒比谷に送れるのは10人ほどだ。

「それも可能性100%ではないということだ」

 東寺重工の地下の防犯カメラは本社と別系統となっていたため、地下ラボが完全に破壊されてしまい襲撃者の映像が残っていない。しかも、地下駐車場の本社防犯カメラの記録映像にも侵入者の映像は映っていない。そんな相手に10人程のエージェントで守り切ることは不可能だ。

「軍に出動を要請してもよろしいでしょうか」

「だめだ。可能性は高いが、必ず起きるとも限らないのに軍を動かすことはできない」

 無常な大仏の言葉に饗庭は荒比谷に向かわせる部下に死ねと命じるのと同じだと思った。饗庭は『TW666XYZ』が東都に搬送されてから碌に稼働していないラボなど、どうせ守り切れずに破壊されるなら部下の命を優先しようと密かに決めた。



いよいよ次週は戦闘です。

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