勘違い
これから主人公が絡む、帝国の要人についてちょっと説明させてもらいました。
31日、退位の儀で東都が騒然としている中、俺は旧都のホテルで朝食バイキングをドカ食いするユキにストップをかけた。
「あと、30分で出発する。それくらいにしておけ」
「うん、分かった」
ユキは皿に残っていたミニオムレツやソーセージを素早く平らげ、部屋に戻る丈二の後を追った。
10階の部屋に戻った二人は手早く荷物をまとめてエレベーターに向かった。
「ユキ、『ハリー』のエンジンを温めておいてくれ」
俺はエレベーターに乗り込むと、ユキに『ハリー』の鍵を渡した。
「OK」
ユキは快諾して、エレベーターが1階に到着するとフロントではなく、駐車場の方に歩いて行った。
俺はチェックアウトを済ませ、駐車場の方に入ると野太く低音の力強い『ハリー』のエンジン音が響いて来た。ユキは既にヘルメットを被って、シートの後ろに座っている。
俺はヘルメットを被ってシートに跨ると指で行くぞとユキに合図を送った。
ユキも慣れたもので、背中にギュッと抱き付いて来る。
俺はクラッチを握り、ギアをローに落とすとアクセルをゆっくりと上げた。次の目的地は本島の西の港町である大堺である。
俺は高速道路を快調に飛ばして、幸岡という大きな町のサービスエリアで昼食を摂ることにした。この町はかつて熊蘇という国があったときの首都だったらしいので、町が大きいのにも納得だ。
「この、『とんこつ』というスープの拉麺は独特の匂いと味がするな」
「そうだな。拉麺は店や地域によって味が違うものだ」
ユキは拉麺が土地や店によって、いろいろな味があるのを知って目を丸くして言った。
「それならば、全ての店に行って全品を味わなければならぬな」
ユキならば拉麺屋のメニューを全品腹に入れる事は可能だろうが、町に移動しては拉麺屋を全店梯子して、全品食べていたら金がいくらあっても足りなくなる。
「待て、拉麺屋の食べ放題は無いぞ」
「なんと、そうなのか」
ユキもこの数日の旅で食べ物やホテルに泊まる際に、金が必要なのだということは理解し始めていた。そして、食べ放題でない限り、食べた量だけ支払う金が必要であるということを分かってきてはいた。
「お前は金を稼いだことが一度も無いが、そんなに大量に物を食べる女を養える男はそうはいないぞ」
俺はユキに警鐘を鳴らした。
その言葉に驚いたユキは驚きと悲しみの混じった瞳を俺に向けた。
「あまり食べ過ぎると丈二は私を捨てるのか」
俺はユキの頬に触れて、力強く言い放った。
「いや、絶対に捨てたりしない。ユキがどれだけ食べても平気なくらい稼いでやるさ」
「本当か」
俺の決意を聞いたユキは嬉しそうに微笑むと、がらりと話題を変えて話し出した。
「太陽光で生命を維持できるのだが、それより口から栄養を摂取できるメリットがあることを知らせておこう」
ユキのポテンシャルを把握できていない俺は耳を傾けた。
「異空間ボックスに収納した物は等倍でしか取り出せないが、口から体に取り込んだ場合はそれを糧として100倍の物質に変換することができるのだ」
「それは拉麺を一杯食べると、拉麺を百杯出せると言うことか」
あまり意味ない能力だなと残念そうに言う俺に、強い口調のユキの返答が返ってきた。
「否、口から取り入れた容量と同じ異なる物質を生み出すことができる。具体的には真空ボックスの中に保管した武器も生成できる」
話が物騒になってきたうえに、人前でやる訳にはいかないので俺は幸岡市街から外れた大人の休憩所に『ハリー』で向かった。
「せっかく二人きりになったんだから、やって見せる前に抱いて」
部屋に入るなりユキがベッドに横になって言った。
「はいはい」
俺は60歳だったら無理だったろうなと思いながら誘いに乗った。
「それじゃあ、やって見せるね」
事が済むとユキは満足そうに、豊かな双丘の谷間から東寺重工の本社ラボで手に入れた小銃と弾倉を生み出して見せた。
「おおっ」
魔法を目にしているようで、俺はそう短く呟くのが精いっぱいだった。俺は小銃を手に取り質量や作動が本物なのを確かめた。それは、紛い物ではなく完全にコピーされた小銃と弾倉のカートリッジだった。
「すごいな。どれくらいの大きさの物までコピーできるんだ」
俺の質問に対するユキの答は予想をはるかに超えるものだった。
「それは無限大よ。これくらいの大きさなら躰から直接出すことができる。大きな物でもいったん異空間ボックスで生成して取り出すことになる。それと手に触れられれば物質であれば瞬時に異空間ボックスに取り込むことができる。ただ、東寺重工の研究実験ではつかったことがない」
物の大きさにこだわることなく異空間に取り込んでしまうということは、東寺重工の本社ビルでさえ一瞬のうちに、この世から消滅させることも可能ということだ。ユキは対人攻撃兵器としてコントロールされ、自我を失っていたので異空間ボックスについては解明されていなかったようだ。
「そうか」
俺は手に入れたユキのあまりのスペックに、そう答えるのがやっとだった。
「こういうことも出来る」
ユキはそう言うと、数秒で掌をロングソードに変形させて見せた。銃撃で倒すことが出来ない相手が切れ味鋭そうな刃物持って近接戦を挑んできたらと俺はゾッとした。
俺はこんな最終兵器が自我を持って報復をしてきたら、研究者達の恐怖は計り知れないだとうと思った。
東寺重工の本社が襲撃を受けてから二晩明けた東都では、ユキを軍事利用していた研究者達が戦々恐々としていた。東密のエージェントが警護につき、ユキの動きを警戒していた「どうやらラボの破壊が目的で、研究者達への報復はないようだな」
「TW666XYZの記憶からラボの場所は知っていたが、簒奪者はスタッフの住居までは特定できていないと考えていいでしょう」
東密の棟梁である大仏四郎は桜井の報告を聞いて、襲撃者の男は東都から去ったと判断した。
「分かった。研究員の警護を解除し、探索の人数を増員しろ」
「かしこまりました」
大仏は桜井が部屋から出て行くと、簒奪者の目的が何なのか思案した。東寺重工のラボをいとも簡単に屠ってしまう破壊力を持つ生物兵器と簒奪者に狙われて無事でいられる者などいないだろう。
「もしかして、新皇帝の命か」
大仏は一つの解答に至った。体制も固まらない内に新皇帝がテロで死ぬということになったら国家崩壊の危機である。独裁者が倒れれば国家機能に支障が起きることは間違いない。敵は東都に潜伏して機を狙っている。
島国である帝国は一枚岩ではない。元々西島は大和人ではなく荒比亜人という褐色の肌の民族が治めていた国で、武砂馬土氏の王国であった。石油の利権の一部を保障される事を認められ帝国に編入された経緯を持つ。信仰するのも神言宗ではない。行政都市である西都ではなく昔からの町である荒比谷の飛留洲には武砂馬土一族の豪邸が立ち並んでいる。
本島は旧都の西方に南北を大きく分断する関所山脈が東西を遮断をしていて、かつては東側に大和人の国が西側に熊蘇人の国があった。中央大陸からの文化は西から入ってくるため、山脈が途絶えて平地となる南ルートの入り口である籠島に拠点を持つ縞津氏と、北ルートの入り口の金川と拠点とする前栄田氏は強大な兵力を持ち、それぞれ南島と北島を支配していた。
南島は豊富な森林資源を財源に、北島は豊富な鉱山資源を財源に、本島が乱世の時代には大和と熊蘇と並ぶ四大勢力の一角であった。大和が関所山脈中央で最も標高が低くなる栗辛峠の砦を攻め落とし、熊蘇に侵攻した際に背後の憂いを拭うため、皇室から皇女を嫁下をされ大和の本島統一を後押しし、準皇族として現在にいたる。今でも鉱山と森林資源は両家に利権が委ねられ、帝国内で皇室に次ぐ高い影響力を持っている。
「もしかして簒奪者は外国の手の者ではなく、縞津や前栄田の手の者かもしれないな」
西島から出てこない武砂馬土一族はともかく、縞津や前栄田に東都で騒動をおこされてはかなわない。東都に潜伏しながら尻尾を現さないのも、縞津や前栄田の庇護の下で動いているのなら合点がゆく。
「東都以外の警備が薄くなっても構わない。東密のエージェントを東都に集めろ」
大仏は近くにいた小野に指示を出した。
次回は退位の様子と丈二とユキの大堺の夜です。




