強襲
元警官だった主人公ですが、ついに人を殺してしまいます。ユキとともに後戻りできない旅が始まります。
俺は先導する男と後ろに着いた二人の男に挟まれて、人体実験のために人が拘束されている部屋など、照明が落ちたガラス張りの研究施設を眺めながら明るい通路を進んだ。この世界の研究技術のレベルを感じ取ることができて中々興味深かった。
通路を右に曲がると研究スペースからドアと壁からなる居住スペースに変わり、無線で支持を受けていた新藤所長の護衛が部屋の前で待機していた。
俺は部屋に通されリビングのソファーに座るように指示された。東密のエージェントは俺の背後に二人、正面に一人の隊形は崩さず、部屋の護衛が新藤を呼びに行った。
「誰だ、お前」
リビングに入るなり、新藤俊介が俺に言った。その様子に異常事態だと感知したエージェントは新藤の左右に護衛に入った。
「TW666XYZについての情報を持って来た」
「なに」
俺の言葉に新藤だけでなく、エージェント達にも緊張が走った。
「今は、TW666XYZというコードネームではなく『ユキ』という名になっている」
その言葉の意味を新藤が理解するまでの僅かな間、右脇を固めていた男の首がゴキッと音を立てて背中を向いた。
何が起きているのか全く分からず、男達は床に崩れ落ちていくエージェントを目で追った。
その隙に俺は躰をひねって背後に立っている右側の男の腕に強烈な回し蹴りを喰らわせた。右腕をへし折られて小銃を落とし勢いよく吹っ飛んだ男は、横に立っていた男と一緒に壁に飛ばされた。俺は蹴った勢いを利用してソファーを飛び越えた。
俺は小銃を握って床に転がった男に一気に迫り、銃口を天上に向けさせ躊躇なく喉仏を蹴り潰した。次に右腕を抑えて痛みに顔を歪めている男に近づき、喉仏を蹴り潰した。ここは鍛えようがない人間の急所である。
俺が新藤の方に顔を向けると、隊長と思しき男もユキによって始末されていた。
モニター室の監視カメラでリビングの様子を視ていた東密のエージェントは一瞬言葉を失ったが、すぐに応援を頼んだ。
「こちら、ラボの警備についている第八小隊、我が隊壊滅せり、至急応援をお願いしたい」
深夜ではあるが、1中隊(20人ほど)は本部に緊急事態に備えて待機しているはずである。隙を突かれたわけではなく、正面からぶつかれば、この場を制圧できるはずだ。男は小銃を引き寄せ、モニター室の画像を凝視した。
俺はあまりの急展開に言葉もない新藤を尻目にユキに声をかけた。
「もう光学迷彩を解いていいぞ」
俺の横に現れたユキを見て新藤が信じられないという顔で呟いた。
「お前がTW666XYZの新しい主ということか」
「TW666XYZじゃない。ユキの主だ」
俺は機械のような呼び方ではなく、人格のある生命体であることを強調した。
「随分と可愛がってくれたわね」
新藤はそう言って冷たい視線を向けるユキにではなく、俺に尋ねてきた。
「お前はこれから何をするつもりだ」
「ユキに関連した施設を全て破壊する。今はそれだけだ」
時間は無い。俺はそっけなく答えて、ユキに小銃を渡した。
ユキはなんの躊躇いもなく引き金を引いた。
新藤俊介は蜂の巣になって血の海の中に沈んだ。
俺は余った小銃をユキの異次元ボックスにしまってもらい、部屋を飛び出した。
侵入者が脱出を始めたのを確認したモニター室の男は、応援が来るまで足止めをしようと小銃を持ってエレベーターホールに急いだ。
「ユキ、この部屋にあるあのキッドを全部持っていきたい、それとあれ出してくれ」
俺は手術室の一つに大量に置かれた輸血キッドを指差した。
「わかったわ」
ユキはドアを難なく蹴破って、キッドを異次元ボックスに取り込み始めた。
俺はその間に、ボックスから出してもらったホームセンターで買ったグッズで作った時限爆弾と大量のスプレー缶が詰まった4つのバックを、爆発を誘発そうな箇所に設置した。
まだ残っているエージェントが応援を読んでモニター室で待機するか、足止めに出て来るかは2分の1の確立だが慎重に通路を進んだ。
エレベーターホールに到着すると扉が開いていて、操作パネル側のスペースに隠れてに銃口を突き出しているのが確認できた。
「ユキ、頼む」
俺が声をかけると小銃をボックスにしまい、光学迷彩で躰を隠してエレベーターに忍び寄った。
「ぐあっ」
「終わったわ」
男の悲鳴が聞こえてすぐ、ユキから声がかかった。
俺はエレベーターに乗り込むと、男を外に放り投げて、上昇ボタンを押した。ラボを制圧して地下2階まで戻って来るのに所用した時間は時計で確認すると5分ほどであった。
「上々だな」
エージェントの本部となれば企業のビルが集まるオフィスから離れた場所にある。俺は市街地に入る前に渡った運河沿いにあると睨んでいた。夜遅く交通量が減ったとはいえ、急いで準備して信号無視して急行しても10分はかかるだろう。
だが、油断は大敵である。
俺達はまだオフィス街を行き来する人の目を引かないようしながらも、『ハリー』を駐車してあるファミレスに急いだ。
俺が『ハリー』のエンジンを掛けて運河の方を一瞥すると、予想よりも早く集団に連なった車が迫って来るのが見えた。
俺は無灯火でバイクを大通りに乗り出すと、運河から逆の方に走らせて最初の交差点を曲がって『ハリー』を停めた。
俺とユキは交差点の角から、周囲を威圧するように地上に聳える東寺重工本社を冷ややかな目で眺めた。
ズンと地面が盛り上がるような縦揺れを感じ、暫くして爆発音とともに東寺重工の地下駐車場が火を噴いた。炎の明りが黒いボディのランドクルーザーのような車と呆然とした東密のエージェントの姿を映し出した。
ラボで爆発した炎が酸素を求めてエレベーターの通路を駆け上って駐車場に噴き出し、車に引火して二次爆発が起きたのだろう。まだ、チロチロと地下から炎が舌を出すのが見える。
「以外に早かったな」
「私を長く拘束してきた組織ですから、優秀なんでしょ」
俺は感心したが、ユキはもう興味ないといった体であった。
俺は東密を殲滅したいわけではないので、自分たちが脱出可能であろうと思われる10分後に起爆するようにした。爆発時間をもう少し遅く設定していたら、突入した応援部隊も屠ることができただろう。俺はもう少し戦力を削っておけばよかったかなと思いつつ『ハリー』に戻った。
突然の火災にまだオフィス街に残っていた人々が騒然とする中、俺達のことに気に留める者はいなかった。
俺はユキが胸に抱きついてくると、ライトを点灯してアクセルを徐々に上げた。バックミラーに映るオフィス街は見る見るうちに遠去かっていった。
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