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東都潜入

丈二とユキの珍道中の場面が多いですが、東寺重工と開戦します。

 藤浜を出た俺は町や郊外の様子を知るために、高速ではなく一般道で東都に向かうことにした。

「この道にはバイキングをやっている店は無いのか」

 街道のコンビニで休息を兼ねて水分補給をしていると、ユキが真面目な顔で尋ねてきた。

「街道を走って見た限りでは無いな。まあでも、『しゃぶしゃぶ』の食べ放題とか、『お好み焼き』の食べ放題とかはあったな」

 普通なら数百円で済む昼飯である。4千円ほど払えば牛肉食べ放題の『ステーキ・エンペラー』という店もあったが、ユキの食欲を考えるとなるべく出費は抑えたい。俺は食べ放題でも単価の安い料理の店の情報を提供した。

「どちらも食べた事のない料理だな。今日の昼は『お好み焼き』なるものにしよう」

 俺は食べ物に対する決定権がユキにあることに異論はなかった。エネルギーとして太陽光だけを与えられ、実験の材料となっていたユキは束縛から解放され人生を楽しみ始めていた。

「分かった。次に『お好み焼き』の店を見つけたら昼飯にしよう」

 俺はユキをタンデムシートに乗せて、東都に向かって『ハリー』を走らせた。野太く低いエンジン音を轟かせ、大排気量のトルクが織りなす振動が心地よい。藤浜で購入したお揃いのライダースの革ジャンに身を包んだ二人は、まだ肌寒い春の街道をハイスピードで飛ばした。


 水田が広がる景色から、建物が増えて来て東都まで20キロという道路標示が出たところに『お好み焼き』のチェーン店はあった。

 リーズナブルな5百円でドリンクバー付のメニューもあったが、大食漢のユキを抱える俺は1980円の食べ放題メニューをオーダーした。鉄板の大きさの関係で一度に四つしか注文できなかったが、ユキは次に何を頼むかメニューを物色していた。

 俺は災厄が起きたこの店に申し訳ないと思った。

「豚玉、エビ玉、イカ玉、五目玉です」

 店員が丼に入ったお好み焼きを持って来た。ユキはそれが完成した料理だと思ったのかそのまま飲み込もうとしている。

「待て、これは『お好み焼き』と呼ばれているように焼いて食べるものだ」

「私、分からないから丈二がやって」

 ユキはちょっと不服そうに飲み込もうとしていた豚玉の丼を俺に突き出した。

 俺は豚玉の具をかき混ぜ、鉄板に油を引いて丼から掻き出して丸く広げた。他の二つも同様にして鉄板に広げるとユキが言った。

「私もやってみたい」

 ユキは丼を掻き混ぜて、初めてにしては上手に鉄板に具を広げた。

「表面にこう気泡が浮かんで来たら」

「もう食べられるのか」

 拉麺にしろバイキング料理にしろ、目の前に出て来たものはすぐに食べることができるユキの発言に、俺はもっと人としての経験を積ませなければと切に思った。

「片方だけじゃなくて、両面を焼かないとだめ」

 ユキは俺がコテでひっくり返して、ソースを塗ってから青のりを振って、マヨネーズで格子の模様を付けるのを興味深げに見守っていた。

「出来たぞ」

 ユキはその言葉を聞くと、待ってましたとばかりに手でつかんで口にしようとした。

「待て、これは切り分けて皿に取ってから食べるのがマナーだ」

 俺が豚玉を四つに切り分けて皿に乗せると、ユキは手掴みで口に放り込んだ。

「これは熱々で美味いな」

「手で食べるな、箸を使え」

 俺は破天荒にお好み焼きを食べたユキにダメ出しをして、他のお好み焼きを切り分けるのを止めた。

「分かったわ」

 俺は鉄板から皿に盛ったお好み焼きを、そのまま口にして平気なユキに驚きを隠せなかったが、各玉の4分の3をユキの皿に、残りを自分の皿に盛って次の注文を入れた。

 俺はユキが50枚を平らげ、店のスタッフが驚愕して青ざめたところで打ち止めとした。


 それから1時間後、東都に入った俺はホテルに宿を取らなかった。この町で破壊工作をするので、出来るだけ足跡を残さず去りたかったからである。

 図書館で夕方まで時間を潰し、夕食はユキの希望で食べ放題の『しゃぶしゃぶ』となった。ここでも肉を6キログラムほど一人で平らげたユキに店員が畏怖していた。

 俺はスーツに着替えて東寺重工の本社近くのファミレスに移動して、ドリンクバーで時間を稼いだ。

「ユキ、警備はどうなっている」

「地下2階のエレベーターの前は民間の警備会社の警備員が2人、地下10階は宿直の研究員が一人と、東密のエージェントが4、5人ほど待機しているはず」

 俺は犯罪者から人命を守る警察官を長年勤めてきたが、東密のエージェントの命を奪うことに不思議と躊躇は無かった。

「そろそろ行くか」

 俺は23時を回って人通りも少なくなった東都の通りに、ファミレスから出て東寺重工の地下2階の駐車場の非常口に向かった。

 俺達は藤浜支店の東寺重工の社員のチップで本社に侵入すると、ユキの案内で地下に続くエレベーターホールへと向かった。ユキは光学迷彩のスキルで監視カメラに全く映ることは無かった。

 それは、エレベーターホールの民間企業の警備員も同じであり、目に見えないユキの攻撃を喰らって悶絶して倒れ落ちた。

 俺は手袋を嵌めた手で、エレベーターの下りのボタンを押した。エレベーターの扉が開いたので、俺達そうはエレベーターに乗り込んだ。

 深夜にエレベーターが下降して来るという想定外の出来事に、5人で詰めていた東密のエージェントはバックアップを宿直していた所長の新藤俊介の部屋とモニタールームに一人ずつ残して、三人がエレベーターホールに向かった。

 連射が効く80センチほどの長さの小銃を顔の高さに構え、エレベーターの正面と左右に展開した三人の前に現れたのはスーツ姿で無腰の若い男であった。

「両手を上げろ、こんな夜更けに何をしに来た」

 中央の男から声を掛けられた俺は、素直に両手を上げた。地下2階とは明らかに装備が違う。防弾チョッキと防弾ヘルメットに身を包み、弾丸のカートリッジを腰にセットして素早く装填できるようにしている。

「新藤所長に直接伝えなければならない急用がありまして」

 俺は少し怯えたふりをして答えた。中央の男の指示で左右の男が俺のボディチェックをして武器を持っていないことを確認して合図を送った。

「いいだろ、付いてこい」

 俺は後戻りできない階段を一段登った。


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