再度エンペラー?
元暴走族が異世界で生き残るため奔走する物語です、初めのうちは舞台設定の説明が多くなると思いますがおつきあい願えれば幸いです。
2月に還暦を迎えてから、定年後は何をしようかと考えていたが、俺は大好きなバイクに乗って旅をすることに決めた。命を危険に晒す仕事だったので、独身を貫き家族に相談する必要もない。
3月に入って退職金の入金を確認してしばらくすると、桜の開花情報がニュースを賑わすようになってきて、自由な旅に出る日が近づき少しわくわくしている。
そしていよいよ最終勤務日となった今日も新たな旅たちに浮かれているのか体調はいい。体内時計でそろそろ6時だろうと朝起ると6:02だった。感覚も万全だ。
いつものように顔を洗いに洗面所に向かい、鏡に映る自分の顔を見て今日は寝ぼけているなと俺は思った。部屋を見渡したところ変わったところは一つもない。
顔を洗えばすっきりするに違いない。俺は力強く顔を洗い、タオルで水気を拭き取った。
「嘘だろ」
鏡に映るのは先ほどと変わらない、40年くらい昔のやんちゃだった頃の顔だった。俺こと光矢丈二は高校時代に入っていたチームで特攻隊長をやっていた。
夏の夜の街道に爆音を轟かせて上下線関係なく道いっぱいに広がって、湘南の海に向かっていたときに地元のチームであるホワイト○ックルと激突した伝説の抗争で勇名を轟かせ、鎮圧にやってきた機動隊に何故かスカウトされて高校卒業後に神奈川県で警察官となった。
「マジか、どういうことだ」
俺は急いでテレビのスイッチを入れた。
テレビから流れてくる音声は間違いなく日本語だし、映像の中の看板の文字も街並みも令和の日本とさほど変わらないが、まもなく皇帝が退位するという報道に違和感を持った。
日本は皇帝や王家じゃなくて、天皇家のはずでは。しかも、CMのスポンサーに東寺重工というあまり耳にしたことのない企業が何度も出てくる。
俺はトースターに6枚切りの食パンを2枚放り込み、ベーコンと卵を焼き、牛乳をコップに注いで朝食にすると、テレビから情報を収集することにした。
天気予報図が出て、この国の様子が分かって来た。本島、北島、西島、南島の四つの島で構成されており、四島を合わせれば地球でいえばオーストラリア大陸ほどあるようだ。東都、北都、西都、南都という都市が、各島の主要都市のようだ。
「どうやら地球じゃないみたいだな」
しかし、話している言葉は日本語、表示されているのも漢字とかなの混じった日本語。でも、YAMADA、TEISAN、MORIYAなど見たことも聞いたことのない自動車会社やジャガーという生活用品の会社のCMが流れている。アルファベットがあるということは違う言語の国もあるだろう。CMを見る限り通貨の単位も円のようだ。
番組に切り替わって本日の為替レートのニュースになって、世界共通通貨が『ドン』であることを知った。確かに名前からして世界最強という感じがする。
財布の中のキャッシュカードを確認すると、銀行名が東都金行になっている。日本では渋沢栄一が庶民には金より銀が流通していることから『BANK』を『銀行』と訳して定着したが、金本位制度の中で兌換紙幣が確立したのを考えれば『金行』の方が妥当であろう。
財布の中に残っている紙幣に気づき引き出してみると、見覚えのない顔がプリントされた1万円札と5千円札に千円札だった。硬貨と合わせて3万円ほどあった。
神奈川県警が存在するのは絶望的であるが出勤のために新しい下着とシャツに着替えたところで、マンションの共同廊下で人が争う声が聞こえたかと思うと。
「ダガン!」
明らかに銃声だ。警察官であった俺が音を聞き間違えるわけがない。
発砲事件だ。ドアをわずかに開けて慎重に状況を確認する中、2発目の銃弾が発射された先を見て俺は驚愕した。
「来るな!」
銃を持った30代くらいの男が恐怖で引き攣った声を張り上げて、20代前半かと思われる金髪碧眼の美女の頭を狙って発砲したのである。
銃弾が額に命中した女は一瞬仰け反ったが、脳漿を撒き散らかすこともなく弾丸を吸収して、何事もなかったように男性に迫った。
あれは人間では無い。正統防衛と言えよう。銃を持った男は加害者ではなく被害者だ。
「早く中へ」
俺はドアの近くに来た男を室内に匿うと、鍵を閉めてチェーンを掛けた。
「いったい何があったんだ」
俺が声を掛けると、男は動揺しながらも胸元からメガネを取り出して、カチッとスイッチを押した。
「あんた、ホテルじゃなくて普通にこの部屋に住んでいるんだから大和人だよな」
俺は、男が何を驚いているのかわからず、次の言葉を待った。
「それなのに何でチップが無いんだ?」
「チップってなんだ」
「それは」
「ドン」
男が次の話を続けようとしたとき、玄関のドアが鈍い音を放ち拳大に凹んだ。
「ドン」
次の衝撃音でドアに足の跡がついて大きく歪んだ。
俺は命の危険を感じた。俺の前で震えている男も同様だろう。
「ドン」
ドアノブが変形して鍵が壊れドアが開き、ビッという音を放ちチェーンで止まった。
「これを持って逃げてくれ」
男は震える手で俺にSDカードを渡してきた。
「・・・・・・」
状況が全く理解できず躊躇している俺に男は叫んだ。女がドアに向かって蹴りを放ったのが隙間から見えた。
「早く」
「バチン」
人蹴りでチェーンがブチ切れた。
「うあああああ」
男は女に向かって何発も銃弾を撃ち込んだが、衝撃で近寄ってくるのを遅らせるだけであった。
女の姿をした人ではない何かは弾切れになった男の頭を掴むと、まるで豆腐を握り潰すかのように粉砕した。俺はその凄まじい膂力に生まれて初めて死の臭いを感じた。
「異物排除」
女の形をした物がそう言うと躰の中にあった銃弾が体内から零れ落ち、男の血が弾け飛んだ。
こいつは俺の手には負えないバケモンだと確信した。喧嘩に明け暮れ、警察に入ってから正式に武道を身につけたが、もはや人間がどうこうできるれべるではない。
だが、背を向けることは俺のポリシーに反する。
「来いや、こらぁ」
俺は力の限り抗って死ぬ道を選んだ。