この意味
日の出30分前に出猟して、獲る獲らないにこだわらずに大自然の中を歩き、何頭か走り去るシカを見送り、それはそれで良い1日だと感じつつ、今日はこれで帰ろうかと思った矢先に、前方150メートルにメスジカ3頭群れを発見。
シカはこちらに気づいておらず、雪の中の下草を食みながら歩いている。
膝撃ちの姿勢で銃を構え、スコープでじっくりとシカを観察する。どのシカを撃つか。どのシカが一番大きいか。朝の透き通った時間の中、銃を媒介にして野生動物と僕は一本につながる。
この意味。
震える。
心が、体が、理由もなく打ち震える。
このシカに決めた。
立ち止まるのを待って引き金を引く。
標的のシカは吹っ飛び、他のシカは逃げ惑う。
一発で仕留める。
この意味。
今回、決定的なレベルアップを実感した。
それはシカを発見した時の落ち着き。
そしてシカに気づかれないというスキル。
忍ぶ、というハンターに不可欠な資質だ。
シカはこちらに全く気づいていなかった。
この意味。
大自然との一体感。
シカの匂い、シカの音、シカの気配。
何度となく繰り返した山歩きが実を結んだと断言できる。
シカは倒れていた。
首の付け根から入った弾丸が反対側のあばらに抜けていた。
まだ未熟だ。
首を貫通させて仕留めるまでには至らない。
正直、胸に照準を合わせてしまっている。
射撃精度の自信のなさがそうさせる。
だが、もうその時期は終わって良いのかもしれない。
次回からは首を撃ち抜くように努めよう。
肉を美味しくいただくための努力だ。
解体も然り。
回を重ねるごとに慣れてきた。
反面、全く慣れないとも言える。
毎度が初回、解体はいつだって初体験なのだ。
今回、時間をかけた。
落ち着いてやれと自分に言い聞かせた。
だから、今までで一番理想に近い解体となった。
とは言え、まだ理想には程遠い。
2時間かけて解体した後、凍結した缶コーヒーを溶かしながら飲んでいると、犬がとぼとぼ歩いてきた。
黒犬だ。
見たことのある野犬は皆白犬。
おや、珍しいなと思ったら、赤い首輪をしていた。
ここで思考停止。
飼い犬がなぜこんなところに?
こんな場所、絶対誰も入らないであろう深い森の谷底まで下りて来たのだ。
犬の散歩になど来るわけが……やや、なんと遠目に飼い主も見えるではないか。
だめだ、わけがわからない。
仕方がないから、声の届きそうな位置まで飼い主らしき人物が来たのを見て「こんにちは」と声をかけた。
向こうからも気さくな返事が届く。
なんとなくだが、いい人そうだ。
やがて飼い主は僕の元へ到達する。
犬は、シカの亡骸に夢中。
なんだこれは……?
全くわけがわからない状況になったぞ。
(つづく)