動いているシカを仕留めた
日の出の一時間前に出猟した。
午後から雪の予報。
だから午前中いっぱい使って狩猟する。
今日はやらなきゃいけない気がしたのだ。
獲れる予感というわけではない。
なんとなく、夜明け前の薄暗い中、森林をさまよう自分の姿が見えた。
猟場は、歩き慣れた場所ではなく、昨日下見したばかりの場所に決めた。
いるかいないかわからない。これもなんとなくだ。
林道に入り、間も無く車を降りる。
昨日の自分の足跡がはっきりと残っている。
その上にシカの足跡。
完全に僕の足跡の上から踏みつけている。
今朝通ったばかりの足跡だ。
不思議。シカも、誰かの足跡を追うようで、きっちりと人間の靴跡を辿っている。
この猟場は、入り口の標高が一番高い。
奥へ進むにつれて谷を下る。
とりあえず、シカの足跡を辿って谷底まで下りた。
ここで足跡は入り乱れる。
さらに奥の湿地帯へ進む道、沢沿いの谷底の極まで進む道。
判別は難しいが、一番新しいと思える足跡を追って、沢沿いを進んだ。
ここまでの道のり、シカの気配を感じたのは一度だけ。
ザザザという音だけ聞こえて、目視はできなかった。
早朝の森林は静かだ。
時折、鳥がため息を漏らすように鳴くだけで、他は風の音しかしない。
と、こちらからは斜め上の斜面で突然シカが躍り出た。
こちらの気配に気づいて慌てて逃げ出す。
距離は50メートルか。ストンと上半身を落とし膝打ちの姿勢を取る。スコープは6倍。左から右に斜面を移動するシカに銃を向ける。
スコープがシカを捉えた。
先日の教訓。照準が合ってからでは遅い。
即座に撃った。
だがシカは変わらず走った。
どっちだ?
当たった感覚もあったのだ。
こちらもダッシュする。
見失わないように、当たったか当たってないか、見極めるために。
すると、シカは斜面を崩れ落ちた。
こちらからは見えない影に落ちたようだが、これは完全に当たったのだ。
シカはまだ足をばたつかせていた。
見ると、腹に当たったようだ。
酸っぱくて苦いメタン臭が漂っている。
銃痕を見ると胸にも見えるが、胃の極を貫通したのだろう。
だからある程度走ったのだ。
首に当たれば即倒れる。胸に当ててもほとんど走れない。これが、腹に当たったということ。
早く解体しなくてはいけない。
きっと内臓はダメだろう。肉もあばらはダメだろう。それ以外、取れる肉は取ろう。
気づけば雪が降って来た。
吹雪けば帰るのも困難。とにかく迅速に解体しよう。
冷静だ。喜びも興奮もない。
動いているシカを仕留めることができた。
だいぶ射撃にも自信が持てるようになった。