二ヶ月ぶり
獲った。二ヶ月ぶりに鹿を獲った。この二ヶ月、一体何をしていたのだろう。いや、かなりの日数をハンティングに費やしていたのだが、こうして獲った後の余韻に浸ると、獲れなかった二ヶ月間がことさら空虚に感じる。
だが無駄に過ごしたわけではない。この二ヶ月間があったからこそ獲れたのだ。それほどハンティングは奥が深いのだ。つくづくそう思う。
まずは予感というものを信じられるようになった。今日はあそこの森林に入ろう。きっとあの辺で鹿が身を休めている。そういう予感も足で稼いだ経験がものを言う。
そして今回強烈に実感したのが音。自らの足音。風の音。木々の葉音。鳥の気配。そして鹿が移動する音。
鹿の足跡をたどって尾根から尾根へ沢を越えて歩く。寝ている鹿でもこちらの気配に気づく。人間の能力では野生に勝てない。
だが、移動音は聞こえる。
大型の動物が野を駆ける音は僕の耳には異質だ。同様に鹿にとっても人の気配は異質なのだろう。
鹿の姿は見えなくとも音は聞こえる。気配は感じる。そんな単純なことに今まで気を払わなかった。
二つ目の尾根でオス群れに出会った。ドドドドという地響きと共に走って行った。
追ったが足跡を見失った。谷か尾根かで迷って三つ目の尾根を選んだ。
気持ちの良い尾根だった。このままどこまでも歩いて行けそうな気がした。
しかし日没まで二時間となかった。ここまで一時間は歩いて来た。そろそろタイムリミット。
見晴らしの良い場所があった。歩いた軌跡を眺めようと、一瞬猟のことを忘れた。
静かな時が流れた。
すると音がした。鹿の音。鹿が移動する気配。
自然と音の方向に目をやると鹿がいた。
こっちを見ていた。
だが僕が有利だった。
鹿は僕を目視できていない。気配だけを察している。表情でそれがわかる。
銃を構えた。膝打ちの姿勢。スコープに鹿が飛び込む。目の前にいるかのような鹿。息を止めた。引き金を引いた。
この瞬間、とても冷静だった。
鹿と自分が、一本の線でつながった感覚。
獲れたと確信した。
鹿はその場に倒れた。
後ろ脚をバタバタさせる。
起き上がれない。
起き上がれるはずがない。
銃弾は命の深い部分を貫いたのだ。
喜びはなかった。
ただ、不気味なほど冷静。
谷を下りてナイフを取り出した
前脚を左手で押さえた。
もうほとんど力はないようだった。
喉元にナイフを刺した。
ナイフは何の抵抗もなく吸い込まれた。
抜くと血が噴き出した。
全てが冷静に行われた。
解体すると、まだ筋肉が動いていた。
これはとても良い肉だと指先で感じた。




