墓
好きな林道がある。
12月に入って開放林道が増えた。
その中でも好きなのは倒木によって進入できない林道。
ということは誰も入れない。
だから僕は歩いて行く。
この地域では歩き猟をする人はほとんどいないと思われる。
のんびり気楽に猟ができる。
猟は歩くに限る。
かのリンカーン大統領も言ったそうだ。
「国民の健康は狩猟によって得られる」とかなんとか。
特にお気に入りの林道。
もちろん倒木によって閉ざされている。
笹がすごい。
腰までの高さの笹が生い茂っている。
完全に廃道である。
その突き当たりにシカの付き場がある。
笹薮の中で眠っている。
行くたびに目覚めたシカたちが一斉に走り去る。
そのタイミングを計ることはできない。
何しろ笹薮の中で寝ているのだ。
今回、日没間際に行ってみた。
廃道の突き当たりから笹薮に足を入れた。
数メートル進むと、4頭のメスがバレリーナのようにジャンプした。
白いおしりがポンポンと弾む。
なんて楽しい光景。
一頭のメスが立ち止まって僕を睨んだ。
すごい勢いで鳴いた。
こんなに激しい威嚇は初めてだった。
「ピー」ではなく「ギャー」だ。
銃を構えるが薮で遮られる。
追ってみたが姿を確認することはできない。
見えない位置から「ギャー」という鳴き声が聞こえるだけ。
もういい。
このまま廃道の更に先を散策することにした。
地形図で見ると道らしきものは続いている。
山勘で進むと足元にゴツゴツとした感触。
板だ。
どうやら遊歩道があったようだ。
その板が風化して地面に落ちている。
更に先へと進む。
道があった。
獣道ではない。
車は通れないが人の道。
もうシカはどうでも良い。
先に何があるのか気になる。
何だろう、小道の左右にくぼみがある。
実際に地面がくぼんでいて、そこだけ笹がない。
そんなくぼみが何個もある。
くぼみの中心に角材が立っているのもあった。
植林か何かなのだろうか?
と思った矢先、墓があった。
道祖神と思わしき自然石だけの墓。
そうか、ここは墓場なのだ。
それにしても、あまりにも原始的な墓。
角材の墓標に自然石。中には地面がえぐられ、骨壺の上部がむき出しのものもあった。
ここは何だ? タイムスリップしたかのような光景だ。
遠くではまだメスが「ギャー」と鳴いている。
シカは人間の墓をどう捉えているのだろう。
あんなに激しく威嚇されたのだから、何か超自然的なものを感じざるを得ない。
不思議な気持ち。
依然としてシカは獲れないが、思い出は増える。
帰って母に聞いてみた。
すると、その地域の寺はもう存在しないらしい。
ということは完全に廃墟なのだ。
墓場の墓に僕は迷い込んだのだ。
そこはシカの根城と化し、すでに人の領域ではないのだろう。
ならばあの激しい威嚇も納得できるというもの。




