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不可侵防壁

作者: 鵺這珊瑚

 あの日、彼女が見つけたのは、友だちというのが実はすごく怖いことを考えていて、遊びに誘うのに見せかけて彼女を叩こうと、あるいは砂場の砂をかけて口に含ませてやろうとしているのではないかということだった。実際、"友だち”はそんなことはなかった。しかし彼女はそう思うほかなかった。なぜなら、一度考えたことは、こびりついて離れなかったからだ。

 それが幼稚園の時だった。先生から大人びていて冷静だと言われ、立派なお子さんだと賛美され舞い上がった母親は、面談から家に帰るとしきりに彼女を褒めるのだが、彼女はそれさえも気持ち悪くて仕方なかった。

 やがて、何もかもが気持ち悪く感じ始めた。それは幼稚園を卒業しても止むことなく、小学校に入っても同じだった。彼女は異物に見られた。友だちと仲良くすることを勧める先生の言うことを聞いた、「友だち」は彼女を遊びに誘うのだが、彼女はやはりそれを突っぱねた。これがまずかった。一旦異物に見ることができると、とことんやってしまうのが子どもというもので、彼らは彼女を徹底的にいじめ始めた。画鋲を靴底に入れられたり、教科書に落書きされたりする内、彼女は人間への疑惑を確かなものにする。


 その頃だった、彼女が妙な力を手に入れたのは。突然だった。何事も、変化というのは音もなく忍び寄るもので、それは彼女の変化も同じだった。彼女は、自分に向かう全てをはねつけるようになってしまったのだ。

 最初は彼女も驚いたが、すぐに自分に害はないようだと分かった。どうやらこの力はある一定以上の負荷を跳ね返すらしく、つまりそのとき、というのは自分に向けられた力を無効化し跳ね返すとき、物理法則を無視するようなのである。なぜこうなったのかは分からなかったが、彼女は自分が強くなったようには感じていた。

 彼女の変化に周囲も気づいた。彼女はどこか自信に満ち溢れていたからだ。

 いじめっ子が彼女にいつものように殴りかかろうとすると、その殴打が跳ね返っていく、そのときの彼らの驚きようが、彼女にはおかしかった。


 力は消えなかった。いつでも彼女にぴったりと張り付いて、こびりついたガムみたいに、剥がれなく、といっても彼女は剥がそうとは思っていなかったのだけれど、ともかくその力はいつも彼女と一緒だった。

 ときどき、不便だと思うことはあった。球技はボールが勝手に跳ね返されるので、参加できず、シャワーの水も勢いが強すぎると散乱して普通はそうそう濡れない天井が水浸しになって、滴がボタボタ落ちてきた、でもその滴も勢い付いていたからまた彼女の頭には落ちなかった。


 しかし彼女は満足していた。クラスメイトはどこか彼女を畏れていた、つまり怖がるのではなく、畏怖の念を抱いていたし、親は親で天才だと舞い上がっていた。馬鹿だと彼女は思った。

 馬鹿な両親とは違って、本当に力は有能だった。この前、棚の上に乗っているはずの縫いぐるみを久々に見かけたくなって、台に乗り、手を伸ばして手探りしていたのだが、どうも見つからず、もうちょっと奥かなと背伸びをした途端に椅子の脚が折れて、なぜ折れたのかは椅子が中古だったからに決まってるのだけれど、彼女は真っ逆さまに床に落ちて、、、

 頭は打たなかった。体は無事。力が守ってくれたのだ。でも、その代わり、床がかなり凹んでしまった。よく見ると、綺麗に彼女の形に凹んでいて、彼女の魚拓みたいだったので、なんだか気に入らず、つまり彼女は虫の標本になった心地がしたということなのだが、彼女は頑張って周りも凹ませ始めた。作業は簡単だった。足を振り下ろせば、痛みは一切なしで、お手軽に、マッシュポテトみたいに床がひしゃげていった、しかし楽しくなったせいで、後で父親にこっぴどく叱られた。一応父親のことは母親よりはマシに思っていたので、説教のあと、ちょっと反省して、夜、床下に潜り込んで、裏から叩いて直してやった。直してやったのだけれど、ところどころ嫌な音がしたなと思ったら、次の日の朝、寝ぼけた母親が例の床を突き破って、床にはまった。その姿が床から飛び出してきたかったけどお腹がつっかえてしまった動物のようにみえて、彼女は一人笑っていた。もちろん、あとからまた父親に叱られた、床で遊ぶのは生涯止めにすることになる。


 ともかく、力は消えずに、彼女は中学生になった。新しいクラスメイトは別の学校の生徒ばかりだったが、みんな彼女のことを知っているらしくて、ひそひそささやき合っている。あ、笑った。

 笑うのは、彼女が肌が白すぎるとか、目が尖ってて狐みたいだとか、そういうわけじゃなく、ただ単に、変な奴がいるぞとかいうおかしな話をしてるんだよと、つまり、君は話題の種にされているんだよというお知らせをしてくれているのだろう。ありがたいなあ、と彼女は思いつつ、教室を眺め回して、小学校と変わりばえしないと思いつつ、椅子でバランスをとる遊び、椅子の二本足だけでゆらゆらする暇つぶしを始めた。


 しばらくすると、やっぱりいじめにあった。

 そこでおかしいのは、前にいじめてきた子たちが、新しいいじめっ子の制止を始めたことで、その焦りようが、あの見下した目を向けてきた小学校時代とあまりに違うものだから、自分のことが恐ろしくなって、ちょっと恍惚とした笑みを浮かべてしまったが、すぐに消して、ちょっと心配な感じを装いながら、彼らを傍観する。

 いじめは止まらなかったが、彼女には特別な仲間というか、友達というかがいたので、つまり彼女は力を持っていたので、いたずらは全く彼女の意に介するようなものにはなり得ず、新しいいじめっ子たちは苦心するのだが、二年ほど経つといつの間にか彼らは彼女に飽きて、彼女は解放された。

 しかし、ここで彼女に、明らかに自分にとって不利な、そして圧倒的に損な感情が芽生えた。

 それは、寂しいという思いだったが、それが一般的な寂しいという感情に当てはまるかといえば疑問だった。彼女は自分の抱えた喪失感の正体が掴めず、ただ、自分の知っている単語である、寂しいという形容詞を当てはめたのである。

 その「寂しい」は、実は自分の存在を薄れさすまいとした彼女の心が、彼女に勝手に芽生えさせたものだったが、彼女はそれを信じ、彼女は彼女にとって不利で圧倒的に損である、いじめの再開を、いじめっ子たちに要請したのである。

 それに対する彼らの返答は「気持ち悪い」であった。いじめはもうしないというのである。彼女に備わった力といい、変わった性格、つまり妙に大人びていて、そして妙に子どもっぽいという二重人格を疑わせるような不思議な性格だが、彼らはそれを振りかざしていじめの理由としていた。だがあまりにも彼女の心が強いので、彼らは彼女を諦めたのだ。

 彼女は憤慨した。無責任に人を貶め蔑み罵倒しておいて、はいやめただなんて、あり得ないことだと怒りをあらわにした。最後まで、責任を持っていじめ続けろ、卒業したって、いじめを続けるんだ、当然でしょう、と。


 卒業式を迎えた。欠席は2名。両方とも不登校の生徒だ。

 教師陣は、証書を代理の生徒が受け取る様子に拍手しながら、内心首を傾げていた。

 不登校になったのは、いじめられていた女子ではなく、それをいじめていたグループの男子2人であったのだ。

 さすがにリーダー格は涼しい顔をして後ろの方の席から拍手を送っているが、その他は何かに怯えているように、笑顔がない。まるで罪の意識に囚われているかのような、そんな表情だ。

 反省してくれているのかしら、と思いつつ、教師陣は、こちらに回れ右する代理の姿に拍手を送り続ける。

 壇上から降りてくる女子、つまり先ほどまで述べてきた「彼女」は、拍手を受けながら、しかし拍手を受けていないような表情で、自分の席へと戻っていった。

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