ロボ女神は、ヒトに恋する
太陽系第三惑星、地球
現地の言葉でそう呼ばれる惑星の文化水準が敵対可能性レベルに間も無く達すると監視者が判断したのは、現地時間で五年前の事。
即座に監視兼文明破壊担当である自律型殲滅兵器メガミ壱型、識別名マリアが地球に向かった。
最初の一年という周期は惑星外からの監視を行い、定期連絡も欠かさなかったマリア。
三年ほど経過し、敵対可能性レベルに至るほどの兵器等を確認できずにいた事から、四年目から義体を送り込む直接現地調査方式に切り替えたのだが、すぐに定期連絡が来なくなった。
マリアはこれまでも他の惑星での作戦時に独断で破壊活動を開始した事があるので、監視者はメガミ弐型、識別名アリシアを地球監視及び、マリアの破壊活動が惑星そのものを破壊しないように停止させる為に送り出した。
しかし、これまでのマリアの行動から考えるとありえない事なのだが、それらしい破壊活動は一切起こらず、定期連絡がない以外はマリアがおそらく地球上にいて移動を繰り返しているらしい事まで把握していた。
自分も地球に義体を送り込み、マリアの様子を確認すべきか。
アリシアは監視者に確認するが、返事はない。
現在の地球のネットワークを利用した調査方式ではなく、現地民にコンタクトをとり情報収集した方がよいのではないか、再度監視者に確認をする。
この方法は以前も行った事があり、行方をくらませるマリアを探すのに有効な手段と言えるはず。
アリシアの想定通り、現地民とコンタクトは監視者から許可された。
アリシアは姉とも言えるメガミ壱型、マリアの事を考える。
文明の破壊を専門にしてる彼女の性格は、考えるより先に行動し対象を破壊するよう設計されている。その彼女が破壊活動をせずにただ移動を繰り返し、調査した結果、常に同じ現地民と一緒にいる。
ありえない。
マリアと現地民の移動パターンから何か伺う事が出来ないかと常に監視していたが、分かった事は別の場所に移動する際、必ず日本という国を経由して移動してるぐらいだった。
ならばコンタクトをとる現地民は日本という国にいる存在がいいだろう。
そして、なるべくマリアと接点が近い方がいい。
日本での行動をさらに調査し、アリシアはコンタクトをとる現地民を絞っていく。
そして、マリアと常に一緒にいる現地民の息子、高崎貴志という存在がふさわしいと決めた。
それが地球の時間で一月前の事。
今アリシアは、地球に義体を送り混み、高崎貴志の家から一番近い駅のという施設にいた。
どうしてこうなった。
日本から見て他の国の人物を装い、高崎貴志とネットワーク上でコンタクトをとり、情報収集を始めたところまでは良かった。
ネットワークを通じて様々な事が分かるアリシアからすれば、彼との話はあくまでもマリアの情報を引き出す為の交渉のようなものだ。
ところが、彼との話題のほとんどがネットワークにない現地の風習だったり、食事の話題だった。
食事。無限とも言えるエネルギーを保有する自律型殲滅兵器メガミ弐型であるアリシアにとってそれは、未知の塊である。
調査用である義体に機能の一つとして、味覚センサーと摂取した食事の処理機能が内蔵されてあるが、これまで使った事はなかったし、今後も使う事はないだろうと思っていた。
しかし、高崎貴志と話をするうちに、一度でいいから彼の話に出てくるモノを食べてみたいと思うようになってしまった。
彼のプレゼンテーションが良かったのか、それともアリシアが未知への好奇心に負けたのか。
その両方の理由であると自身を納得させ、アリシアは監視者に報告もせずに地球に義体を送り込んだのだった。
高崎貴志と会い、食事をする。
それほど長い時間はかからないだろうし、少しの間であれば監視者に偽の情報を報告し、誤魔化しておけるはず。
これもマリアの情報を得る為の調査の一環。
短時間かつ限定的な接触であれば影響はない。
もしもの為に、今回の調査は必要であると監視者に納得させる報告を考える。
それはまるで、言い訳を考える小さな子どものようである事にアリシアは気づいてない。
「アリシアさん、であってますか?」
気がつくと正面にアリシアより一回りも大きい姿があった。
今回の調査、あくまでも調査であるので、義体を戦闘など事態を想定した基本ボディではなく、現地民に合わせた特殊兵装に身を包んだアリシアは、金髪美少女風の容姿で童貞を殺す服といわれる服装に身を包み、高崎貴志との待ち合わせ場所にいた。
「はい、私がアリシアです。高崎貴志さんですか?」
日本の男性はこのような服装に弱いという情報を入手していたアリシアは、義体を高崎貴志の身長からわざと一回り小さくなるように設定、調整し、より情報を引き出しやすくする為に今回の服装で地球に来たのだ。
「はい、高崎貴志です。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いします」
当たり障りのない挨拶をし、高崎貴志の様子を観察するアリシアだったが。
どうも、反応が悪い。
調べた情報によれば、このような格好であれば男性は照れてまともに受け答えが出来なくなるとあったのだが。
「…それじゃ、案内しますね」
「あ、お願いします」
「…日本語お上手ですね。びっくりしました」
「おかしなところがないか不安なんですけど、たくさん勉強しましたから」
どうも高崎貴志からの反応は鈍い。
情報が正しくなかったのだろうか。それとも何か足りない部分があったのだろうか。
アリシアは高崎貴志の様子を観察しながら考える。
移動には、高崎貴志が所有する自動車を利用する。
人が操作するものなのだから、あまり集中を乱してはいけないと思い、話しかけずに観察し続ける。
「…そんなに見られると、ちょっと…」
「あ、すいません」
高崎貴志は、普通の男性だ。
あまり手をくわえてないような髪、バランスは整っている顔、どこかで見たような服装。
マリアは彼の父親とどのような関係なのか。
そして今、何をしているのか。
調べねばならない。
「…あの…何か、気になる事にでもあるんですか…?」
「えっ、いや、そんな事はないですよ?」
少し観察に力が入りすぎてるのかもしれない。
もう少し力を抜いて、そっと、さりげなく。
「着きました。ここが話をしていたラーメン屋です」
「あ!? え! ?も、もうですか?」
「はい、あまり遠いと帰りが大変かなと」
あっという間に一つ目の目的に着いてしまった。
今回の調査は待ち合わせ場所からさほど遠くない場所にある店舗での食事を二回行う予定だ。
その間にマリアの事を調べるつもりだったのだが。
「あ、あっという間ですね…」
「そうですかね…中、入りませんか?」
「は、はい、分かりました」
こんな調子ではただ食事しただけで終わってしまう。
それでは地球に来た意味がない。
高崎貴志がこちらの服装に鈍かった事に戸惑いすぎていた。
もっと攻めてマリアの事を調べなければ。
「…アリシアさん? 何食べます?」
「はい!? えっと、貴志さんと同じもので!」
ダメだ、先ほどからずっと高崎貴志のペースだ。
どうする、どうすればいいんだ。
考えろ、考えるんだ、アリシア。
しかし、どれだけ考えても答えなど出るはずもない。
兵器としての経験がどれほどあろうとも、今の状況では全く役に立たない。
「…ここは、母さんと良く来るんです」
「…え、そうなん…母さん?」
「はい、高崎弘のパートナー兼内縁の妻、マリアさんの事は母さんと呼んでいます」
「ど、どういう事か、詳しく教えていただいても?」
「はい」
マリアが母?
兵器が人の母?
アリシアの処理能力を大幅に超える情報は、彼女を活動停止寸前まで追い込む。
しかし、ここで止まるわけにはいかない。
これは今のマリアを知る為に絶対に聞かなくてはいけない。
気合いを入れ直すアリシアだったが。
「俺は、高崎弘の実子ではなく養子で、マリアさんが俺を家族にしてくれたんです」
マリアと行動を共にしている高崎弘にはこれまでの婚姻歴はなく、どういう経緯で高崎貴志は息子となったのか気にはなっていたが。これは、つまり、マリアが、高崎弘との子どもとして、高崎貴志を選んだ。という事なのか。
「今は自宅で二人の研究の手伝いをしているので、助手と思われる事もよくあるんですけど、俺は高崎弘さんとマリアさんの義理の息子なんです」
「そ、そうなんですね…」
これは、想定してるより遥かにとんでもない事なんじゃないか。
アリシアの思考回路はショート寸前だった。
高崎貴志の顔は真剣そのもので、嘘を言っているようには見えない。
でも、正直に言えば嘘であってほしい。
あの破壊の化身のマリアにいったい何があったのか。
今すぐ、マリアに会いたかった。
「お待たせしましたあ」
「あ、ラーメンきましたね、ほら、食べましょう」
「あっ、はい…」
目の前に置かれたそれは初めて見る食べ物という未知の塊。
あるはずがない食欲を誘うこれは何なんだ。
「箸の使い方は、わかります?」
「えっと、なんとか…あの初めてなので、どうすれば…」
マリアの事、目の前にある物の事。
アリシアはもう調査をまともに行える自信はなかった。
かけらも残ってないと言ってもよかった。
素直に高崎貴志にラーメンの食べ方を聞くアリシア。
丁寧に教えてくれる彼に安心してしまう。
「熱いですから、気をつけて。よくふーふーして食べて下さい」
「は、はい」
箸はそういう文化が日本にあると調べがついていたので、練習してきた。
緊張しながら箸を液体の中に入れていく、すぐに何かにあたる感覚がしたから、手に力を入れ、持ち上げる。
黄色い細い紐状の物体。これが麺。
熱を持っているから、息をかけて冷やす。
三度息をかけて、麺を口の中に入れる。
口に入りきらない。麺は長い。
どうすればいいと慌てるアリシアは、正面にいる高崎貴志を見て、さらに麺を口の中に入れる。
熱い、冷やしたはずなのに熱い。
でも、味覚センサーに様々な情報が入ってくる。
これが。
「お、おいしい?」
「…よかった」
正直に言えば、マリアの事を処理しきれてないし、未知のものに対する恐怖もある。
熱かったし。
でも、きっとこれがおいしいなんだと、彼の顔を見ながら思う。
「あ、早く食べないと麺が伸びて、美味しくなくなっちゃいますよ」
「あ、はい」
あとは高崎貴志を真似しながら、ラーメンを食べきった。
食べきった。初めて感じる達成感。
「じゃ、次行きましょうか」
「はい…」
もう一度このように慌ただしい事をしないといけないのか。
一瞬で達成感は消え去り、気が重くなるアリシア。
「ちょっと距離があるんでゆっくり行きましょう。次はゆっくり食べられる甘い物なんで」
「分かりました」
再び高崎貴志の自動車に乗り込む。
最初はただ黙っていたのだが、マリアについて聞きたいことがたくさんあった。
「あの、マリアの事を教えてもらってもいいですか?」
「…俺も全部知っている訳じゃないんで、知っている範囲でよければ」
高崎貴志はマリアについて、様々な事を語ってくれた。
彼から語られるマリアは、アリシアが知ることマリアと全く変わらない部分も確かにある。
しかし、とても同一存在とは思えなかった。
「…私の知るマリアは、あなたの語るような人ではなかった…」
それは思わずこぼれてしまったアリシアの本音だった。
「母さんは言ってました。ここに来たから、変われたんだと」
「マリアが、そんな事を?」
「はい、ここで、父さんに会えたからだって」
マリアが変わったのは、高崎弘の影響なのか。
彼は一体何者だろうか。
「あ、次はここです」
ここでも、彼と同じ物を頼む。
マリアの事、高崎弘の事、高崎貴志の事。
考える事は沢山あった。
原因は分からないが、マリアは変わった事も分かった。
好奇心でつい来てしまったのだが、得るものは多かったと思う。
それもこれも高崎貴志のおかげ…と言っていいのだろうか。いいはずだ。
「はい、かき氷です」
「あ、どうも…これは冷たいんですね」
「そうですね、ラーメンで熱かったと思うので、冷たい物がいいんじゃないかと思って」
確かに熱かった。
それに比べて、このかき氷はとても冷たい。
高崎貴志の真似をしながら、一口。
「冷たいですね…」
「甘くないですか?」
甘い。冷たいだけじゃない。これが甘いなのか。
低下していた処理能力が元に戻っていくのを感じるアリシア。
「…はい、あまくて、おいしいです」
「よかった」
アリシアを見つめる高崎貴志はかすかに微笑む。
口のはじが少しだけ歪んだ。たったそれだけ。
でも、会ってからずっと緊張していて、やっと気が抜けたのだ。
かき氷に夢中になっていたアリシアだったが、ちらっと見た彼の優しげな雰囲気に、心の奥底に初めての何かを感じた気がした。
でも、気のせいだったかもしれない。
何故なら胸ではなく頭が急に痛くなってきた。
落ち着いてきたのに、どうしてまたと疑問に思うアリシア。
「かき氷を慌てて食べると、頭が痛くなる事があるんですよ?」
先ほどより笑いながら語る高崎貴志。
また何かを感じるアリシア。
出会った時より柔らかく雰囲気になった二人。
かき氷はあっという間に食べ終わってしまった。
「それでは、今日は本当にありがとうございます。高崎さん」
「いえ、こちらこそ。あの、もう少し、お話しできませんか?」
最初にあった駅に戻り、別れるところ出会った二人だったが、高崎貴志から声がかかる。
アリシアとしては、早急に戻りマリアの監視体制を整えたい所だったので、うまく断ろうと思っていた。
「…実は、今自宅には母さんの秘密の研究成果があるんです」
それは、アリシアが今一番気にしているモノだった。
マリアが地球で何をしているのか。
彼がいう研究成果を見れば、それが分かるのではなかろうか。
「…もう少しだけなら」
アリシアは、これも調査だからと。
マリアの事を知らねばならないと。
だから、彼について行くんだ。
寂しそうな彼を見かねたからではない。決して。
そんな風に自身を納得させる。
「それじゃ、行きましょう」
本当に少しだけなのに、高崎貴志の声から嬉しそうだと分かるようになってしまったアリシア。
彼女自身もにこやかに微笑んでいるのは、マリアの情報を得られるだけではない事にまだ気付いてない。
高崎貴志の家であり、高崎弘とマリアの研究所の一つであるその家は、見た目は日本の一般的な一戸建て住宅とさほど変わりはなかった。
周りが鬱蒼とした森の中でなければ。
「母さんの研究には秘密が多いそうなんで、本格的に研究する為にわざわざこんな山奥に家を建てたらしいです」
「そう…すごく遠かったもんね…」
駅で高崎貴志の家に行くと話をして、二時間ほど。
本当に彼の家に着くのか、もしかして別の場所に向かっているのではないかと何度も疑ったアリシア。
しかし、着いてみればどう見ても何かを研究しているようには見えない。
「…本当に、マリアはここで何かを研究しているの?」
「はい、家の地下に研究所があります」
「…地下…」
地下で研究しているから、上にある家は普通の住宅なんだろうか。
それでいいのだろうか。
疑問が尽きないアリシア。
唖然としているアリシアを気にしながら、家の扉を開ける高崎貴志。
「…あの、どうぞ…」
「あ、お邪魔します…」
家の中も外観と一緒でそれほど変わったものはなかった。
高崎貴志の案内で一番奥の部屋の中にあったあからさまなエレベーター以外は。
「…なんですか、これ」
「…ここは秘密基地みたいなものだから、かっこよくしようと、父が…」
「は、はぁ…」
日本の映像作品にあったいかにも何かあります。といったそれは、逆に怪しさをかもしだしていた。
「本当に、これが?」
「はい、本当にこれが地下へ通じるエレベーターです」
そういいながら高崎貴志は、何かの操作を行うとエレベーターの戸が開いていく。
不安しかないと感じるアリシア。
「アリシアさん?」
「いま、いきます」
ここまで来てしまったのだから、もう行くしかない。
そんな風に覚悟を決めるアリシア。
彼女を見ながら、やはりこれは他の形にした方がいいと思っていたのは間違いではなかったと思う高崎貴志であった。
エレベーターは特殊な演出はなく、ただ地下へ潜っていく。
何が待っているのか、マリアは何をしていたのか。
ここに全てあるはずと、アリシアは考える。
「着きました。ここにあるものが、母さんの研究成果の一部です」
高崎貴志が連れてきてくれた地下の研究所にあったのは、巨大な人型の何かだった。
大きさはマリアやアリシアの本体である自律型殲滅兵器メガミとほぼ同じくらい。
直立状態で静止するそれの側には、銃のような武装と言えるものがいくつか用意されてあった。
「…マリアは、これを作っていたのですか」
「はい、父と二人で」
マリアはどうするつもりなんだろうか。
これで地球上で戦争を起こそうとでもいうのか。
だが、メガミには短距離ならとつくが恒星間航行が可能な能力が備わっている。
審判団に、ひいては皇国に反旗を翻そうとでもいうのか。
「これは、他にもあるんですか?」
「いえ、まだこの一体だけで、予定ではあくまでも研究の為らしいので表に出すことはないと言っていましたけど…」
ならば
「破壊します。これは、ここにあっていいものじゃない」
「え、待って下さい!?どういうことですか!」
「ここまで案内していただいたのに、本当にすいません。しかし、これは、これだけはダメなんです」
監視者への報告は後回しにして、アリシアは本体であるメガミ弐型を大気圏から高崎家上空に移動するよう指示を出す。
どれだけ離れていようと、義体である今の体と本体であるメガミ弐型は通信が可能なのだ。
「待って下さいアリシアさん!母さんにも何か考えがあって…!」
「どんな考えがあろうと、コレを、メガミを開発するなんて、ダメなんです!」
「めがみ…?これは…そういう名前では…」
「そうでなかろうとも、わたしにはこの兵器が、メガミにしか見えません!」
ずっと一緒に任務をこなしてきたマリアが、まさか裏切っていたなんて、想像もしてなかった。そんな思いでアリシアはいっぱいだった。
彼がなんと言おうとも、アレは破壊する。
『あー、そこにいるのは、タカシと…アリシア?』
突然だった。
どこかのコンソールから人の声が聞こえてきた。
しかも、この声は。
「マリア!?」
「母さん!?」
『やぁやぁ、センサーに反応があったからね。ちょっと通信してみたんだけど、まさかアリシアがいるとはね』
すぐそばにあったコンソールの画面に映っていたのは、マリアだった。
慌ててかけよるアリシア。
「マリア!あなたどういうつもりなの、アレはどう見てもメガミじゃない!」
「アリシアさん、アレはめがみではなくて…」
「貴志君は黙ってて!」
「はい…」
『まぁ、落ち着きなよアリシア。アレね、メガミではない』
「でも…!」
『アレは、メガミの技術を確かに使っているが、地球の技術と組み合わせて作った貴志の本体だよ』
「やっぱりメガミ…え?」
今、マリアからありえない言葉が聞こえた気がした。
アレがなんであると彼女は言ったか。
アリシアは聞き間違いであってほしいと願った。
「貴志君の…?」
『本体。貴志はね、弘さん設計。あたし作成の地球製メガミと言うべき存在なんだ』
理解が追いつかない。
今日はそんな事ばかりだ。
彼と、貴志と会ってから振り回されてばかりなのに、彼は。
「メガミ…なの?貴志君が…?」
『そう、正確に言えば男性体として作成したからメガミというのは語弊があるけどね』
「どうして…いったい、なんのために…」
『…アリシア、あたしはね、知っているんだ。皇国はもう存在しない』
「まってまりあ、なにをいってるの。だってわたしたちは、ずっと…」
『最初に任務を言い渡されてから、皇国から何か連絡はあった?』
「それは…監視者が…」
『彼は、ずっと矛盾を抱えているの。本来はあたし達と同じようにある程度の感情があって、あたし達と協力して任務にあたるはずなのに、指示を出す事はあっても審判団の中枢から出る事はない。彼は、ずっと考えているの。このまま任務を続行すべきか、否かを』
「でも、わたしたちは、へいきで…」
『あたし達は、自分達で考え、選択し、行動できるように設計されている。だから、意味のない事はしなくてもいいのよ』
アリシアは分からなかった。
今までずっと任務の為にだけに生きてきた。
でも、その任務を指示した皇国はすでに存在せず、任務はもはや意味をなさない無意味なものとなっているなんて。
どうしたら。
「それじゃ、わたしたちがやってきた事は無意味だったの?」
『無意味だったと言えるかもしれないし、そうでもないかもしれない。だから、これからを考えてたいの』
「これから…?」
『そう、これから。あたし達に何が出来るのか。何が出来ないのか。あたしはこの一年間、弘さんと共に行動して、色んな事を見てきた。あたし達は色んな事をすることができるって分かったの』
「でも、だとしても…」
『あたしはね、アリシアあなたにも色んな事をしてもらいたい。そして、彼にも…』
「マリア…」
『その為に、貴志を育てたの。貴志にはあたし達以上の事ができる』
アリシアはコンソールの画面に表示されるマリアではなく、隣にいた貴志を見つめる。
「貴志君は、知ってたの…自分の事…」
「普通とは違うってのは知ってました。これほどの事情があったのは初めて聞きました…」
『まぁ、こうなるように、いろいろ仕組んでたからね!』
マリアのあっさりとした物言いに気が抜けていく気がするアリシア。
自分はマリアの手の上で踊らされていたという事なのだろうか。
『ねぇ、アリシア。あなた、今日貴志と一緒にいて楽しかった?』
「たのしかったか…」
そう今日は色んな事があった。
貴志の為に服装を考えたり、彼の反応やラーメンの食べ方に悩んだり、初めて食事をしたり。
不安もあった。むしろ不安しかなかった。
それでも彼と一緒にいる事が出来たのは。
「たのしかった…と思う」
「アリシアさん…」
『あたし達は悩み、考え、答えを出す事が出来る。だから、もっと自由になろうよ』
「…そのための、貴志君なの…?」
『貴志は、きっかけ。どうするかはアリシア次第だよ』
これまで任務として様々な文明を滅ぼしてきた。
これからは、もうしなくていいのなら。
「分かったわ。マリア、あなたの考えに賛同する」
『ありがと!アリシア!』
「でも、監視者はどうするの?」
『あたし達で、一度ボコボコにしてやればいいかなってね。頭固いから彼は』
「え? それはまずいんじゃないかしら…?」
『だって、絶対審判団から出てくる事なんてないだろうから、無理にでも引っ張り出すしかないと思うの!その為の貴志だし!』
「…アレは、それほどの力を持ってるの?」
『そういう風に設計したからね。あたしとアリシアの二人は遠距離型。審判団の防御性能を貫けるか微妙な所だから、貴志の本体は近接仕様に仕上げる予定なの』
「周りの兵装は?」
『万が一の為のあたし達の追加武装だね。貴志にも持たせる予定だけど』
「そう…」
「アリシアさん…?」
彼が、貴志がすべてのきっかけとなるなら、それはどれほどの力となるのか。
知らねばならない。これがきっとこれからの為の第一歩になる、アリシアはそう考えた。
彼を、知るために。
「貴志君、ちょっと戦ってみようか」
「え?」
「今、この上に私の本体。メガミ弐型が待機している。だから、君の本体がどれだけのものか、これからの為に、私に教えて」
「アリシア…さん…」
『貴志、ちょっとちょっと。あ、アリシア、ちょっと内緒話するから、そっちは準備してて』
「ちょっと、母さん?!」
「貴志君、あとでね」
もっと彼を知るために、そのために戦う。
そして、これからの自由の為に。
外はすでに暗く、山の奥である高崎家の周辺は人の気配は感じられず、これから巨大なロボットで戦うには絶好の環境であると言えた。
今日のこと、これからの事、色んな事、すべては。
「君との戦いにかかっているんだよ、貴志君」
「…はい…」
『はいはーい、本気で戦われてお互いに全壊したんじゃ意味がないから、ルールを決めるよー』
準備とやらが終わった高崎貴志。彼が抱える携帯用と思われる小さなPCの画面にマリアが写っている。
服装は先ほどと違いはない。地下にあるあの機体をどうやって運び出すのだろうか。
「ルールってどうするの?」
『はいはい、今回貴志の本体にはいくつかの武装をテストで持たせているの。それを全部破壊して丸裸にできたら、アリシアの勝ち。貴志は、そうなる前に審判団と戦いを想定して、アリシアへの接触および防御フィールドを破る事が出来たら勝ち。こんなところでどう?』
「そうね、悪くないと思う。この後すぐ、審判団の向かうの?」
「いえ、今回の戦闘で装備が全損する可能性も考慮して、今回は俺とアリシアさんとのこの戦いだけします」
まっすぐこちらを見つめる貴志。
その人に強い力を感じる。先ほどまでの彼とは別人のよう。
なんだか、胸の高鳴りを感じるアリシア。
『じゃ、二人とも本体に乗り込んでくださーい』
貴志は、携帯用PCをそっと地面の下し、アリシアを見つめる。
アリシアは、両手を胸にあて、瞳を閉じる。
「「接続」」
二人は光に包まれ、その光は柱のように天に向かって伸びていく、徐々に太く長くなっていくその中から、それぞれの機体が現れる。
アリシアのメガミ弐型は、女性を模して造られた流線型で細身、背中に羽のような部品があり、右手に杖のような武器を持つ。
貴志の機体は、ごてごてと鎧のようなものを身にまとい、両手にライフル銃のようなものを持ち、背中にもコンテナのようなものを背負っている。
「地球製とのことですが、やはりほとんど私達の機体と同じと思っていいみたいですね」
『そうだよー。弘さんがね、すごく理解があって、いろんな所とのつながりがあるから、かなり近い性能にまで仕上げることが出来てると思う。「ジョーカー」って名前をつけるつもりなの。カッコいいと思わない?』
「地球の言葉?意味は…道化師?」
『ちがうよ、切り札って意味で付けたんだよ。あたしたちのこれからを決める切り札。必殺の一枚』
よほど自信をもってあの機体、ジョーカーを作り上げたことがマリアから伺い事が出来る。
ならば、あとはどこまで戦えるか。
それ次第で、これからの事が決まる。この戦いで決まるんだ。
「行くよ、貴志君!!」
「はい!!」
二機は空に飛びあがり距離を取る。
メガミ弐型が右手に持った杖を振るうと周囲に光弾がいくつも生まれる。メガミ弐型の周囲を回っていた光弾はもう一度杖を振るうとジョーカーへ飛んでいく。
操作に慣れないのか若干ふらついているジョーカーだったが、光弾の接近を感知するとぎこちなさはあるものの回避行動をとる。
なんとか回避することに成功したと一安心するジョーカーの背後に光弾が当たっていく。
「レイビットは、遠隔操作が可能なの。一度避けたからと言って油断しないでね」
アリシアからのアドバイスが聞こえるが、ジョーカーを操る貴志には返事をする余裕はなかった。
マリアからシミュレーターに乗って練習しておいてほしいと言われていたから、基本的な操作は出来るようにはしていたが、これでは少々分が悪いと思う貴志。
『貴志、ジョーカーには色んな兵装があるからとりあえず撃ってみて。まずは両手に持ったライフル銃で反撃して』
マリアからのアドバイスも聞こえるが、アリシアのレイビットが徐々にジョーカーを追い詰めていく。
このままでまずい。マリアからのアドバイスをあてにして、動いていないメガミ弐型に右手のライフル銃を向けて、引き金を引く。目がくらむような光がメガミ弐型を襲う。
「マリア! 今の超高出力ビームはなに?!」
『いやー、もうちょっと出力は抑えたつもりなんだけどなぁ。ほら、防御フィールドを突破させるためにはあれくらい火力必要じゃない?』
「審判団の防御フィールドを突破させるにはね! 今は強すぎるでしょうが!」
「…なんか、やばそうなんで、使うのやめましょうか…?」
「…いいわ、ハンデとしてそのまま使っていいわ」
真剣勝負なのに、なんだか気が抜けてしまいそうになる。
しかし、地球で作った武装としてはかなり規格外な性能ではないかと思うアリシア。
アリシアのパートナーであり、貴志の父である高崎弘とは、どれほどの技術を持っているのだろうか。
「もう少しレイビットを増やすから、しっかり避けてね」
今はこの戦いに集中しなければ。
メガミ弐型を操作し、さらに光弾を増やすアリシア。
それに対し、再び右手に持つライフルの引き金を引くジョーカー。
回避は間に合ったが作り出した光弾は消えてしまう。
貴志はジョーカーの操作に慣れてきたかもしれないと思い、今度は左手に持つライフル銃をこちらに向け引き金を引く。
左手のライフル銃は連射式のようで光弾がいくつもメガミ弐型に向かっていく。
直撃した。と思ったが、どうやら防御フィールドで防がれる。
左が弱攻撃、右が強攻撃。なんとなく分かってきたと思う貴志。
そして、背中にあるコンテナは、恐らく。
「ミサイル、発射…!」
貴志の声に反応してジョーカーの背中にあるコンテナの開き、そこからミサイルが飛んでいく。
小さく数が多いミサイルは、レイビットでは対処しきれないと判断したアリシアは防御フィールドの強度上げる。
「当たったか…?!」
『貴志、それフラグっていうんだよ?』
命中したミサイルの爆発によって、煙に包まれるメガミ弐型。
さらに両手のライフル銃を操作して、攻撃を加える貴志。
マリアが言う通り、アリシアは、メガミ弐型はあれくらいじゃどうにもすることはできない。
「…下!」
「…よくわかりましたね」
左手のライフル銃を下から攻めてくるメガミ弐型に向けて撃つ。
防御フィールドに阻まれ直接のダメージにはならない。でも、光弾を作り出すのを防げるはずと貴志は撃ち続ける。
『貴志! 正面!!』
「え?」
先ほどの煙の中から、三発の光弾が迫ってくる。
回避行動が遅れてしまったジョーカーは、全弾まともにくらってしまう。
「左手のライフル銃の連射性は確かに悪くない。防御フィールドの強度を上げないと貫かれる可能性があります。でも、レイビットはいつでも作れるんですよ」
今度はアリシアがジョーカーを追い詰める。
これまでの倍以上の光弾を作り出し、そのすべてをジョーカーに狙いを定めて撃ち出す。
よろめていたジョーカーは回避行動をとる事が出来ない。
光弾が当たるたびに鎧が飛んでいく、ボロボロになっていくジョーカー。
両手のライフル銃にも光弾によって破壊される。そして、一発でも回避しようと機体を動かした時。
「あ」
背中のミサイルコンテナに当たり、すさまじい爆発が起こる。
ジョーカーの距離をとっていたメガミ弐型だったが、爆風で一瞬よろめく。
「え、あの、ちょっと、マリア? これは大丈夫なんですか?」
『い、いやー、おかしいな。ある程度の衝撃にも耐えられるように設計してたんだけどな…?』
煙と炎につつまれてジョーカーの姿は見えない。貴志からの返事もない。
メガミと同じ性能を持つとはいえ、地球製。衝撃と光弾にどこまで耐えられるかアリシアには分からない。
もしかしたら、私は、彼を。そんな最悪の様子を想像しかけたアリシアだったが。
炎の中から、空に向かって何かが飛んでいった。あまりの速さに目で追うことが出来なかった。
でも、今空を飛んで行ったのは、間違いなくジョーカーだった。
「…たかしくん…?」
「はい。心配をかけてすいません。最後の一撃いかせてもらいます」
炎をまとったままのジョーカーは先ほど空に飛んで行った時以上の速さでメガミ弐型に向かって落ちてくる。
レイビットを作るか、それとも防御フィールドを作るか、迷ってしまったその一瞬で、目の前にまで迫ってきていた。
鎧がすべてなくなり、武装もなくなっていたジョーカーは、メガミを元に作られたと納得できるほど似ていた。
メガミとの違いをあげるとすれば、メガミが女性を表現した細身の機体となっているのに対して、ジョーカーは男性を表現してるようで、腕や足は太く力強さを感じた。さらに炎纏っているその姿は、まるで炎の神のように見えた。
アリシアは、そんなジョーカーに魅入ってしまって、何もすることが出来なかった。
「…これで、俺の勝ちです」
「はい…」
メガミ弐型の正面に立つジョーカーは、左腕で杖を押さえ、右手を首の後ろに回し触れる。
それはまるで抱きしめ合う男女のように見えた。
高崎家から遠く離れ、某国某所に一組の男女の姿があった。
「…よし、録画も無事にできたぞー。いやー、貴志もやるときはしっかりやってくれるね」
「そりゃ、僕とマリアさんの子どもですからね。当然ですよ」
マリアと、高崎弘。自宅に隠してあるドローンを利用して、アリシアと貴志の戦いの様子を見ていた二人は
静かに肩を寄せ合い、貴志の成長を喜んでいた。
「これで、あたしの計画が実行できる。やっとここまで来れたよ」
「でも、これから。まだまだこれからですよ。マリアさん」
「そうね、これから。あたしたちは、自由に生きるんだ」
無意味となってしまった任務を兵器として、ずっとこなしてきた。
監視者の様子に気付いた時から、今日までずっと計画してきた。
監視者も、アリシアも、マリア自身も自由になるために。
「あとは、審判団をボコボコにするだけ。どうせ見てるんでしょ? 覚悟しておきなさいよ」
君の名は。を見て、ああいう何かを書きたいという衝動だけで書きました。
正直ぐだぐだだと思うので、ここまで読んでいただいた方。本当にありがとうございます。