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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第一章 キキの事情
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認識の齟齬

  





秋が深まり、そろそろ木枯しが冷たくなる季節になった。

「オピオン」にはもう十人くらいの子供がいて、右腕にタトゥも彫られている。その子たちは別にジンの部下ってわけでもなくて、自主的にやろうと思ったことをやっている感じ。


私たちはヒマがあればオピオンの詰所へ行って彼らと話すし、魔法制御の訓練や文字の習得に力を貸す。ギィは建物の裏手で体術を子供に教えたりもする。


デミの夏は、食べ物にあたって死ぬ子がいる。

そして冬には凍死する子がいる。

火を焚けばケダモノに見つかる確率が高まるし、かと言って体を温めなければただ死ぬだけ。だから生活魔法で自分の周囲の気温調整ができるかどうかや、魔法で出した水球を温められるかどうかは死活問題なの。


私たちは詰所の前の道路の一角に、気温を上げた場所を作る。大して広い範囲ではないけれど、生活魔法が苦手な子は一時的にそこで暖をとって、またエサを探しに走り出す。


そんな風に、オピオンは自然に発生した不思議な組織になっていった。








その日は珍しく、ユリウスが詰所へ顔を出した。もちろん青年型で変装しているけど、一人じゃ危ないのに。用事があるなら工房から通信してくるのがユリウスのいつものパターンだったし、ジンたちがいなくても私が迎えに行くくらいできる。



「どしたの、ユリウス。一人でなんて危ないよ」


「うん、大丈夫。ここのそばへゲートを開いて直接来たからね。キキ、忙しいかな?」


「ううん、忙しくないよ。なに?」


「ちょっと買い物に付き合ってほしいんだ。お願いできる?」


「いいよ」



私は羊毛のモコモコ裏地がついたモッズコートを着て、外へ出た。ユリウスは左手を出すと、私の右手を握って歩く。


――ぺっとりが一番可愛いなんて、言ってたくせに。


少しだけ不満に思いながらも、気を取り直してユリウスへ質問した。



「何を買いたいの?」


「まあ、それは店に着いたらね。それよりさ、キキにお願いがあるんだよ」


「なに?」


「ちょっと困ってて……えっと、中枢議員のね、パーティーみたいなのがあって。どうしても断れない事情があって出なきゃいけないんだけど、一緒に行ってくれないかなって」



私はピタッと歩くのをやめて、まじまじとユリウスを見た。

この人、何を考えてるんだろう。

中枢議員のパーティー?

そこへ、デミの人間を連れて行く?

何、考えてるんだろう。



「ユリウス、中枢議員を辞めるの?」


「え、辞めるつもりはないけど? えーと、つまりパートナーを頼むと大騒ぎになっちゃうような女性しか知り合いにいないんだ。それでキキなら、ほら、顔を知られていないし」


「ああ、そういうこと。でも私がデミの人間だなんてバレたら、そっちの方がまずいと思う。変装魔法の女性型をかけてくれるなら、引き受けてもいいけど」



私がそう言うと、ユリウスはちょっと顔を曇らせた。

なんでだろう、その方が絶対安全なはずなのに。





私は「氷雪の貴公子」を見てから、ユリウスをよく観察するようになった。


それでわかったのは、ユリウスが議員という仕事に生き甲斐を感じていて、真剣にその場所で生きているということ。そして息抜きをできるのが工房なのだということ。


だから私はユリウスの安息の場にいる者として、全力で彼をリラックスさせてあげたかった。毎日のように走査方陣を展開して精度を上げていき、ジンやギィを実験台にして体の疲れをとる練習をした。


そして少しでもユリウスに肩凝りや頭痛といった、疲れている兆候が見られたら即座に治す。もう簡単にぺっとりさせてくれなくなったユリウスに、マッサージしてあげることはできないから。だから、魔法で疲れを取る方法を模索し続ける。


――それしか、なかったの。ユリウスにかかわる方法が。


楽しく笑うし、相変わらず私を可愛いなどと言うユリウスにとって、私は「懐いてくるデミの子供」でしかない。中枢で生きる彼とデミで生きる私は、同じ肉体構造を持つ人間という種でありながら、超えることのできない壁がある。


私とかかわっていることが知られるだけで、彼の生き甲斐を潰してしまう。

それは「ケダモノの国」生まれの私だから、仕方ないことなの。


だから私は、ユリウスのことだけを考える。


彼の生き甲斐の邪魔をしないこと。

安らげる場所を守ること。

疲れた体を魔法で癒すこと。


今の私に見つけられた、ユリウスへの気持ちを昇華させる術は、この三つだけ。


だから真面目に言ったの、変装魔法をかけてくれるなら引き受けてもいいって。

でもユリウスは「ちょっとおいで」と言って、私を喫茶店へ連れて行った。




「ねえキキ。私はキキを連れて行きたいって思ってるんだけど」


「 ? うん、わかってる」


「キキのまま、連れて行きたい」


「それは、ダメ。ユリウスだってわかってるでしょ、何でそんなこと言うの?」


「だからね、キキに自信を持ってほしいんだ。自分がどれだけきれいな女の子なのか、自覚も持ってほしい」


「何、言ってるの……? 私にそれを教えるためだけに、自分がどれだけ危ない橋を渡ろうとしているか、わかってるの? 私、子隠れの穴で暮らしていた頃よりはきれいにしているし、健康になったのもわかってるよ」


「違うってば。キキが清潔かどうかの問題じゃなくて、女の子として美しい人だっていう話だよ」



私は呆気にとられてしまって。

次には、ちょっとイライラし始めた。


私が美しいだの可愛いだのって言うのは、いつものヨアキムやユリウスの欲目だってわかってる。だけどそれをこじらせすぎて、この人はよりによって中枢という自分の戦場へ、自爆しに行こうとしていることに気付いていないの?


なんて、バカなのかな……



「やっぱり、行かない」


「何で!?」


「ユリウスがバカだから。わざわざ自分の立場を危うくするような人に協力はしない」


「はあぁ……何でわかってくれないのかなあ。いい? もしキキがデミの子だってバレたとしても、いくらでもフォローのやり方はあるんだ。もちろん最初からデミの子だなんて言いふらしたりはしない。無用な批判を君に聞かせたいわけじゃないからね。そうじゃなくって、一般的に見て君が男にとって魅力的に見えてしまうんだってことを知って、防御してほしいんだ。キキにはそれが足りない」


「……じゃあ、わかった。私はそのパーティーに行って、ユリウスとヨアキムが私を可愛がり過ぎて目が曇ってるって教えてあげる」


「もぉ……それでもいいよ。じゃあ今からドレスを見に行こう。当日は少し髪も切って整えるけど、いい?」


「か、買い物って私が着るドレスなの!?」


「そうだよ? 装飾品に髪飾りも靴も、全部ね」



呆れて、言葉が出ない……

もう、知らない。


ユリウスなんて、そうやってお金を無駄遣いしていればいいよ。

そんなドレスなんて一回着たら二度と着ないのに、本当にバカ。


何で、こんな人を好きになっちゃったんだろ、私……





 

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