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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
終章 OVER THE RAINBOW
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光をその手に sideキキ

 



ユリウスと入籍してから数か月、さすがに私も彼の仕事のリズムや内容がわかってきたと思う。

私自身の仕事は特に今までと変わりなく、基本はデミの工房で幻獣駒の作成とシュピールツォイクへの納品。ヨアキム、ジン、ギィと一緒にたくさんおしゃべりしたり笑ったりしながらそれらをこなし、デミが目覚める宵闇になれば逃げ惑う子供をほんの少し手助けする。


最近になって、以前ギィたちが助けたリックとルナが正式にオピオンへ参入した。セルゲイに頼んで右腕にはタトゥも彫られている。

その代金は、もちろん私たちで出した。

ヨアキムに負担をかけたくないし、それは前もって「自分たちの給金から払う」と伝えてあった。その話し合いでは、さすがのギィも慎重に言葉を選んでいたと思う。もうあの時のように「なんで勝手に建物なんて買ったんだ」などというひどいことをヨアキムに言いたくなかったんだろう。


もちろんヨアキムも私たちの気持ちはわかってくれていて、話し合いも穏やかに済んだと思う。誰も誤解して怒ったり悲しんだりせず、全員が納得して前に進むための決め事ができたのは嬉しい。


「ふふっ、三人とも大人になりましたねぇ~。私は霊魂なので、あまり成長って言葉に縁がないような気もしてましたが……でもあなた方に会ってからは、自分も変化したなって思うことがあります。こういう小さな幸せって、いいですよねぇ」

「あン? 俺らよりヘルゲとニコルから受けた変化の方が大きいんじゃねぇのか、お前。だって呪いのバケモノから派手な大天使になったんだろ?」

「そういう話じゃありませんってば、ギィはほんとに情緒がないです」

「ケンカ売ってんのかコラ、あぁ?」


……これでも穏やかな話し合いだと、思う。

ジンもギィも、その辺のデミのチンピラでは歯が立たないというほど腕っぷしが強い男になった。それでもヨアキムの魔法制御力で対応されたら、腕っぷしだけじゃ彼には敵わないだろう。


それがわかっていても、対等な人間同士として軽口も言い合える。

「殺傷力の高い攻撃方法を持っているかどうか」が立場の上下と生死を決めるデミに私たちは住んでいるけど、ここではそんなことで上下関係なんて発生しないから。

そんな「家庭」を、ヨアキムは作り上げたと思う。


お義父さんは霊魂だけど。

私たちはケダモノの国の底辺を這いずっていた、デミの小虫だったけど。

デミの外から見ればずいぶんとヘンテコな私たちだけど、それでもこの国のいろんな人が受け入れてくれていると、もうわかってる。



*****



私と「本当の夫婦」になってからのユリウスは、すごく変わった。

以前から議員としてのユリウスはソツなく何でもこなす人だったけど、最近は威厳が出てきた気がする。まあプライベートの彼を知る人(猫の庭の住人や、私たち)には威厳なんて感じられないけども、たまに彼のクランの人と話すとよくわかることがあった。


エルンストはユリウスの困ったところに振り回された筆頭だと思うけど、その彼でさえ「ユリウス様は化けましたね」と言うほどだ。

以前まではどこか他人事のように「こちらへ不利益を及ぼす政敵なら、たまに排除」というスタンスだったけど、アルノルトと出会ってからは「大事な人の障害となるなら排除」になり、私と結婚してからは「政敵だろうがなんだろうが味方につけてみせる」という確固たるギフトに変化したという。


――いまのユリウスは、氷ではなく水晶でできた白百合みたい。どこまでも透明で、紫紺一族などという狭い枠組みでは測れない度量の大きさを感じる。

このアルカンシエルに存在する全部の色を包み込み、そのくせ彼らから放たれるマナのすべてを受け入れる魔石のよう。


そうユリウスに言ったら、彼はまた首から上を真っ赤にして「すっごい殺し文句をもらった気がするよ……」と突っ伏してしまった。


「ええと……キキはそう感じるんだね。実は私も君たちのことをそう思ってたよ」

「私と……ジンと、ギィ?」

「そう。ほら、初めて建国祭に行ったときのこと、覚えてる? キキがずっと使ってくれてる髪ゴムを選んだときの話なんだけど」

「ああ、これ?」


初めてユリウスがプレゼントしてくれたものは、いまでも使ってる。それを手に取って見せると、彼は真っ赤な顔のままコクコクとうなずいた。


「キキたちは自分がどの一族かなんてわからないって、言ってたでしょう。あの時ね、私は目が覚めた気がしたんだ。中枢議会というのはこの国の七色を統率する集団だと学舎で教わるけども、じゃあ白縹しろはなだはどうなんだと元々不満に思ってたんだよ。

――でも私が気づけたのは、そこまでだった。君たちのように何色でもない子供がいるってことに気づけたのは、人生最大の『学び』だったよ」


照れながら言う彼を見て、私も納得した。

ああ、だからユリウスの気配が氷から水晶に変化したんだなって。


この賢い人には、拒絶の代名詞のような氷雪では足りなかったんだ。

もっともっと懐が深く、拒絶よりも実現が難しいもの。

プリズムで分割された色彩もきれいだけど、すべてをまとめ上げた光そのものも欲しくなったんだね。


「私、ユリウスと結婚してよかった」

「ぅあぁ、またキキがかわいいこと言ったぁ……!」

「だってユリウス、あの虎みたいな長よりすごい人になるから。私、それを目の前で見られる特等席にいるってことだし」

「んん……? なんかレジエ山脈より高い目標設定されちゃった気がするなぁ。ま、愛しいキキにそう言われたら、がんばるしかないね?」


ふたりで、クスクスと笑った。

ユリウスは私が冗談を言ったように聞こえたかもしれないけど、わりと本気なのに。でも今は、それでもいい。

ユリウスの周囲にも、私の周囲にも、頼りになる友達がたくさんいる。きっと彼らに支えられているなら、ユリウスのギフトは自然に彼をこの国の頂点に導くだろうから。


私はいつか、そうなった彼に言うんだろう。

――あなたと結婚して、本当によかったと。



  


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