どうにでもしますよ sideユリウス
キキと婚約することができてからは、しばらく処理する案件が多くて私もエルンストさんもてんてこまいだった。
要するに私が引き起こした「恋歌関連の騒動」の後始末もあったし、それによってあぶり出された政敵の始末もあったしね。まあ「始末」なんて物騒な言い方をしていても、やってることなどいつもの「ギフト持ち同士のケンカ」だ。
アロイスたちグラオの武力が必要なことなどなかったけども、彼らによって与えられた移動魔法や通信機、そして私に害意を持つ者を見つけるレーダーがあるからこそ、私という中枢議員はほぼ無敵状態だった。
うーん……別に中枢議員としてテッペンを取って長になりたいだなんて思ったことはないんだけどもね。単に私が目指すのは「すべての部族が優しい心で繋がる国」であって、それは長でなくとも成し遂げられることだと考えている。
それでも汚い手を使ってくる政敵は取り除くべきというギフト持ちの性には抗えるものでもないから、争うわけだけど。
結果、私はキキとの結婚を控えた五月半ばまで、大変に忙しい日々を送ったということだ。
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あれからペティおば様の尽力もあって、キキにまとわりつく男はほぼいなくなった。中央の街には私とキキの結婚が近いという「ほぼ確定の噂」が流れ、お祭りの前みたいな浮足立った雰囲気さえある。
紫紺一族の結婚式というのは、だいたい二通りに分かれる。
一つは高位階級同士の結婚式で、それは盛大なものだ。貴族家の格が高ければ高いほど派手で大仰になるし、紫紺の長様ご夫婦立ち合いで「永遠の愛とアルカンシエル国への忠誠を誓う人前式」だね。
もう一つはそこまで高位ではない貴族家や、一般人の結婚式。もうほとんどギフト持ちが出ないため中枢議会とは縁遠い貴族家は多いので、そういう家は一般と同じ様式になるのがほとんどだ。
高位階級のような盛大なことはできなくとも、尊敬している師や知り合いの高位貴族に立ち合いをお願いしての人前式。中央広場などで家族や友人に見守られつつ夫婦の誓いを立てて、その場でマザーへ入籍登録するんだ(専用の端末が貸し出されるので、立ち合い人が登録してくれる)。
そして新居に向かって参加者と共に練り歩けば周知され、周囲の人々は祝福の言葉をかけて拍手する。そのあと身内だけでパーティーすることもあるかな。
――そんなわけで最近まで、私は両方のパターンを彼女に説明しつつ、実際にどうしたいかという話合いをしていた。
というよりも私の立場からすると、放っておくと自動的に「高位貴族の盛大なやつ」になってしまうんだけど、キキは真っ青になって「そんなことしなくちゃいけないの」と一般の式でさえ拒否りそうな状態だったんだ。
「……もしかして、これも『恋歌』の後始末の一環なの? 私、ドレスなんてあの白いのでこりごり。結婚式だと薄紫のを着るってことは、また新しいのを買うの? 本当に一般人も、そんな高価なものを着るの? 信じられない……外の人たちってすごい風習があるんだね」
「だよねー、キキはそんな感じに嫌がると思ってた~」
私はアハハと力のない声で笑ってしまったけど、あの「在位三十周年パーティー」でのキキを思い出せば納得せざるを得ない。私もあの時はキキにかわいそうなことをしてしまったのだとよくわかっているんだけど……でもドレスを着たキキって本当にド級の美女なんだよなぁ……!
わがままを言わせてもらえるなら、あの白いドレスのキキと結婚式をしたい。紫紺だから薄紫のドレスが当然だと母様あたりは思ってるだろうけど、私としては無色透明な彼女を他の色で染めるなんて無粋だとしか思えないし。
自分が紫紺のギフト持ちであることに誇りも何もないからね、彼女を紫に染めたいだなんて微塵も思えないよ。
でもまあ……あの白いドレス、キキにとっては嫌な思い出しかないだろうし。無理強いはしないよ、私はキキが手に入るならそれだけでいい。
「ユリウスは結婚式、したいの?」
「ん? キキは嫌なんでしょ、しなくっていいよ」
「でも……『恋歌』の後始末は?」
「うーん、普段着でまた撮影して、シュピールツォイクで放送してもらおっか? 私とキキが義理を果たしたいのは、応援して見守ってくれたみんなだもんね。それだけがんばってくれれば、長様には私から挨拶しておくよ」
「……うぅ……」
「キキ、無理しなくていいってば」
最近のキキは、よくこのことでペティおば様やランベルトに相談している。私がいくら「やらなくてもいいよ」と言ったところで、「でもユリウスはすぐそうやって私を優先するから、信用できない」とか斬って捨てられちゃうんだよね。
悲しいな~、婚約者に信用できないとか言われる私って男としてダメなんじゃないのかな~。
でもキキがどうしてそう考えるのかは、なんとなくわかる。
彼女は自分が選択したことによって引き起こされる、「ユリウスに不利益な未来」を予見できないのが不安なんだ。
政治的なことなど何もわからない。
中枢の考え方やパワーバランスなど、想像もできない。
でも私の生きがいが「中枢議員としてアルカンシエルの民を幸福へと導くこと」だとわかっているからこそ、自分の言動がそれを阻害することが許せない。
「……ユリウス、本音を言って。私との結婚式、したほうがいいの、しないほうがいいの」
「どっちでもいいんだよ、本当に。だって私は紫紺一族のギフト持ちである誇りなんて微塵もない。キキさえ私のそばにいてくれるなら、どちらでも同じことだし。長様がいくらブーブー言ったって、あの在位記念パーティーでわがまま言ったんだから我慢してくださいってシャットアウトしちゃうし」
「あの人にそんなこと言って、平気なわけないよね? ユリウス、議員をやれなくなるんじゃないの」
「それはないね。あのパーティーへ無理やり出席させられて、キキがどんなに嫌な思いをしたかはジギスムント翁の前で長様にねちねちイヤミ言ってやったし。あ、ジギスムント翁って長様の側近ナンバーワンのあったまカタい人なんだけど、さすがにあの時は私の味方だったよ。キキがかわいそうだってめちゃくちゃ怒ってたからね」
まあキキが悲しい気持ちになったのはほぼ私のせいなんだけど、どちらにせよ長様が無理やり「キキ嬢を俺に『見せろ』」だなんて言い出さなければよかった話だ。
そこはさすがにジギスムント翁も気の毒そうな顔で私に同情してたんだよね。
何より彼は、自分の奥さんたちがフォン・ウェ・ドゥ国からの流民という人だ(一夫多妻で奥さんが数人いる)。紫紺の上流階級に馴染めない女性がそれを強いられる苦労をよくご存知なんだよ。
「……私、正直に言って、ドレス着たり化粧したりするの、本当に嫌なの。すごく疲れるし。でもこれからはそうも言っていられないだろうなっていうのも、わかってるつもり。努力は、する。だからそういうことが必要なら、ちゃんと言ってほしい」
なんか悲壮な決意って感じの顔してるけど、そんなの私がどうとでもするんだけどなあ。「キキちゃんのドレス姿を見たいわぁ」とか言ってワクワクしている母様たちには「私がキキに結婚を拒否されてもいいと言うんですか?」とでもぶっ放して冷や汗をかかせればいいし。
長様にはジギスムント翁に応援を頼んで、特例で結婚式なしでも黙認してもらえるようにしちゃうし。
グラオで仮装パーティーしようと手ぐすね引いてたのも知ってるけど、一番危険なアルマを押さえるために「露草のオートクチュール職人御用達・最高級シルク」を賄賂としてプレゼント済みです。
ハイデマリー大先生も協力してくれたので「キキが嫌だと思うことをしたらかわいそうだもんね。来たときに楽しくおしゃべりすればいいかぁ~」というところまで落ち着いてる。
問題はおもちゃ屋とか、私たちを応援してくれた民への対応だけ。そこは私だって感謝しきりなので、きちんと報告とお礼は言いたいんだ。
「やっぱりシュピールツォイクで映像を流してもらおう。あとは金糸雀の里にでも新婚旅行がてら行って、またベティさんに記事にしてもらえば国内に情報が行き渡ると思うし。
――キキ、そういうわけで私に必要なのは、かわいい妻となるきみだけだね!」
「ユリウスって、ほんとバカ……」
うん、頬を染めながらそんなこと言われたら、キスするしかなくなるね。




