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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第四章 ZERO RANGE
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家族を守りたい気持ち sideキキ

  



猫の庭での、楽しくて、心がぽかぽかする時間はあっという間に過ぎてゆく。

最後のほうは子供たちも遊び疲れて眠ってしまったので、笑顔が魔王みたいなヘルゲと殺人鬼みたいなギィ、そして氷雪の貴公子の冷たい微笑みをたたえたユリウスが、遠慮なく本気のチェスでお互いを殴り合うかのようなゲームもやっていた。

その周囲で双子のカイとカミルがコンラートと一緒に勝敗を賭けてたりして、ナディヤに「子供の前ではやらないのよ」とたしなめられている。


――この猫の庭の住人たちは、とってもバランスがよくて。みんながお互いの力になって支えているのがよくわかる。ほかの部族にはあり得ないほどカラフルな瞳が楽しそうにきらめき、遊び……ヨアキムもこの仲間内では少し子供っぽく見えるほど無邪気に笑っていた。


「ねぇ、ギィ」

「んあ?」

「……ヨアキム、楽しそう」

「だな。俺らの前だと、守らなきゃとでも思って気ィ張ってたんだろ」

「そうだね。工房でも、あんな風にリラックスさせてあげられるようには……ならないか」

「そりゃ仕方ないんじゃねーの、あいつ工房では完全に『父親』だもんな。しかもお前はユリウスの家に住むことになるんだろうし、親バカを発揮したくても残ってんのがゴツいジンと俺じゃあな」


ケラケラと笑うギィに、私はちょっと呆れた。自分がヨアキムの親バカを発揮する対象にはなり得ないと思ってるんだ。隣でヘルゲとユリウスのゲームを観戦しつつ、私たちの話を聞いているジンも苦笑してる。


「……大丈夫。ジンのこともギィのことも、ヨアキムはかわいくて仕方ないと思ってるもん」

「は? 気持ち悪いこと言うなよ、お前」

「ふふっ、ギィだってわかってるくせに」

「俺はヨアキムの親バカを出させるようなヘマはしねぇ」


ふん!と鼻を鳴らすギィの顔が、本当にイヤそうに歪む。素直じゃないのは昔からだけど、私とジンにはそんなの通用しないのに。

私はひ弱で女だったから、最初からずっとヨアキムに溺愛されてたと思う。そしてジンはもちろん、あの殺し屋の指弾を眼鏡に受けたことでヨアキムを大泣きさせたことがある。


だからギィは「親バカなヨアキムを引き出したことがないのは自分だけ」とよく偉ぶってるんだよね。

でも、私とジンは知ってる。あの大泣きするヨアキムを見たからこそ、ギィは余計に「しっかりしなくては」と思って、誰よりも体術や武術の練習に明け暮れている。


すべては、ヨアキムを二度とあんな風に泣かせないために。


「ジンとギィが残ってくれるなら、安心してユリウスのとこ、行ける」

「おー、さっさと行け」

「でも好きな人ができたら、ふたりもデミから出て行く選択肢はあると思うよ。私はずっと工房に通うから、その時はヨアキムのこと、任せて」

「ぶっは! デカいこと言いやがったな、キキのくせに」


――恐怖にまみれてラスを子隠れの穴から見送ったあの時とは違う。

ラスは私たちが危惧していた通り、数日後に殺されてしまった。安全な睡眠をとれるあの穴から出ていくことは、あの当時の私たちには死刑宣告同然だったけど……でも、数か月後に私が彼らの元から旅立つことの意味は、あの時とは正反対の意味を持つ。


ラスの分まで、幸せになるから。

ジンとギィが同じように幸せになるチャンスを掴めるように、私も力になれるように頑張るから。


「……お義父さんのこと、よろしく」

「「おう、任せとけ」」


私たちはヨアキムに聞こえないように、内緒で「家族の心を守る約束」をした。



*****



パーティーがお開きになる間際、私たちはアロイスとヘルゲからいくつかの魔石や道具を与えられた。それは移動魔法の入った魔石と、猫の庭のみんなに繋がる通信機。


どうもヨアキムやユリウスがひょいひょい使っているゲートの魔法は、紫紺のギフト持ち専用魔法じゃなかったらしい。使い勝手のよくない古くさい移動魔法に耐えかねたヘルゲが改良してコッソリ使っている「バレたらマジで世間がひっくり返るようなすごい魔法」だった。

しかも通信機だって、どの部族にも普及していないヘルゲの独自インフラって話で……マザーに通話記録が残るなんて冗談じゃないとばかりの「バレたらマジで懲罰ものの品」だそうだ。


……何やってるんだろ、ヘルゲ。この人、殲滅魔法なんて撃たなくても簡単にアルカンシエルを支配できちゃうんじゃないのかな。


「っはぁ~、こんなん作れるなら、そりゃ賢者なんて簡単だよな。ヘルゲ、お前って頭おかしいとか言われねぇ? なんだよ『不可視のリストバンド型通信機』ってよぉ……そりゃこんなん見えないほうが盗まれる心配はないが、アホみてーな性能じゃねーか」

「なんで俺が頭おかしいと言われてることがわかるんだ、ギィ。俺にはお前のほうが気持ち悪いぞ」

「こんなん見せられてわかんねぇ方がおかしいだろ、気持ち悪ィのはこっちだバカ」


ギィに言葉でコテンパンにされ、ヘルゲの体がナナメになってるような気がした。思わずヘルゲに「ギィがごめん。治癒魔法、かける?」と聞いたけど、「いや、あとでニコルを食えば治る」と真面目な顔で返されて言葉を失った。

私は白縹の戦力の代名詞「紅玉」が奥さん専属のむっつりすけべなのだと初めて知った。


ともあれ、魔法能力がおかしい「開発チーム」とやらのすごい品物を渡されたので、少し使い方を練習してから私たちとユリウスは工房へと戻った。ヨアキムも一緒だけど、あとでまだヘルゲたちと「遊ぶ」ので、すぐ猫の庭へ戻るらしい(たぶん頭のおかしい魔法関連で遊ぶんだと思う)。


「……こんなのデミで流通してたらたまったもんじゃないな。どれだけ体を鍛えたって、どこからでも奇襲されて終わりだ」


ジンは移動魔法の凄さを体感して、その恐ろしさで少し顔色が悪くなってる。かく言う私だってかなり驚いた。練習も兼ねて三人それぞれが工房の座標を絞ってからゲートを開けてみたけど、一発でピンポイントに「思い描いた位置」へ出られたから。


「こんなに簡単なの……? 私たちでも一回で成功しちゃうなら、誰だって使えるよね、これ。ヘルゲはマナ固有紋でロックしてあるとは言ったけど」

「そうなんですよ~、だから世間に公表なんてできないんです。なのでこれを持ってるのはアロイスさんたちが認めた仲間だけですよ? まあ、そのへんのデミのチンピラは魔法の素養が極端に低いですから、与えられても使えるかはわかりません。錬成量などをきちんと鍛えたキキたちだから、こんなに簡単に使えたんですよ」

「……そっか。ヨアキムはヘルゲたちと家族だし、ユリウスも仲間として認められてたから持ってたんだね。でも私たちまでいいのかな」

「ダメなわけ、ないでしょう? あなたたちだって、私の家族なんですから」


ふふっと笑うヨアキムは、ようやく猫の庭のことを明かすことができましたと嬉しそう。さすがにアロイスたちはヴァイスの中でもド級の秘匿レベルを持つ特殊部隊なので、簡単には正体を明かすことができなくて心苦しかったんですとヨアキムが言った。


「でもこれでジンたちもやりやすくなったでしょう? さすがにオピオン全体でこれらの品を使わせるわけにはいきませんが、あなたたちだけでもリアルタイムの通信ができるのは強みになるはずです。

――三人には『賢者』がついてますよ。だから自由に、やりたいことをやりなさい。ね?」


私たちに甘い「義父」は、そう言って笑った。



  


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