小虫と家畜 sideキキ
アロイスとナディヤの料理は、信じられないほどおいしい。
私が「賢者」から得たレシピはほとんどがこの二人のものだけど、やっぱり火加減とか下ごしらえの的確さが違うと思う。自分で作ったものより格段に味がいい。
このヨアキムの実家――「猫の庭」と彼らが呼んでいる建物は、緑青の建築ユニーク魔法使いが建てた高層建築で、白縹の村はずれにある。
外から見ても大した建物には見えないように偽装されているらしいけど、実際には八階建てが二棟連なったすごい「家」だった。
――私たちは、すっかり仲良くなった彼らとたくさん話をした。ううん、話したというより、今まで秘密裏に私たちをサポートしてきていた内容を明かされたって感じかな。
その内容は、本当に彼らはちょっとどうかしていると思うほど「あらゆることに応用が可能な汎用性」を持っていた。
主にヘルゲとアルノルト、フィーネの魔法能力が突出しているせいで、彼らはたぶんこの大陸でいちばん高度な技能を持っていると言える。それは瞳が結晶でできている一族ゆえかもしれないけど。
でも白縹と言えば、イコール「軍部特殊部隊のヴァイス」。だから彼らの一族は攻撃魔法特化なのだと思っていた。
それとも私がヨアキムから最初にもらった絵本が「こうぎょくのだいぼうけん」だったから、そう思い込んでいただけかな。
それを質問すると、アロイスやヘルゲが苦笑して答えた。
「あはは、キキはあの絵本で育ったんだもんね~。そりゃ大規模魔法をバンバン撃って敵を殲滅するのが白縹だと思ってもおかしくないね」
「……ヨアキム、俺はいまだに納得いかん。なぜキキたちへ最初に見せるものとしてアレを選んだんだ。そんなに俺の紅い世界を壊したいのか? お前に心を殺されそうになったのは二度目だとあの時は思ったぞ?」
ヘルゲはあの絵本の紅玉がとにかく気に入らないらしくって、苦々しい声でヨアキムを責める。でもこれは昔からヘルゲをからかうネタらしい(と、コンラートとアロイスが言っていた)から、ヨアキムもその苦情はスルーしていた。
「……私、あの絵本が大好きだよ。でもヘルゲはあの『こうぎょく』とは似てないし、別人だってわかってる」
「キキ、お前は優しい子だ。まあ、アレを見るたび紅玉本人が身もだえしててうるさいのが問題なわけだが」
ヘルゲは頭痛でもしているかのように顔をしかめ、「ガード、お前は本当にうるさい」とブツブツ言っている。その意味はまったくわからなかったけど、そんなヘルゲを完全に放置して笑顔で話すアロイスからは、白縹一族に関するいろんな話を聞くことができた。
白縹一族は、個人で殲滅級魔法を撃てる生体兵器。そんな肉体的資質を持つ彼らは、ほんの数年前まで家畜同然の扱いを受けてきた。でも現在はマザーによってその待遇が緩和されていて、夫婦の血を受け継いだ子供を産むことがようやく許されたのだという。
――これには、さすがに驚いた。規制緩和が決議されるまではほぼ全員がマギ・マザーの人工子宮から生まれていて、夫婦間で妊娠しにくくなる魔法までかけられていたらしい。
それもこれも、ヘルゲみたいに強力な攻撃魔法使いである「紅玉」をアルカンシエルの制御下に置くため。しかもマザーの支配下でも反逆意識を持たないように、画一的で洗脳まがいの教育を施されていた。親の愛情を受けて育った子供だと、マザーに反抗的な態度を取るかもしれないから。
「でもさ、全員が紅玉に……っていうか、強力な殲滅魔法を撃てる『宝玉』になれるわけないんだよ。ほかの一族と同じように、個々人で適性ってものがある。キキたちだってそうでしょ? ジンは統率力があってパワー型の体術が使えるけど、キキみたいに抜群の魔法制御力で治癒魔法が使えるわけじゃないもんね。
――要するに僕たち白縹もみんなと同じなんだよ。中央の街にいるのが全員ヴァイスの軍人だし、昔から白縹といえば殲滅魔法が代名詞だったからそう思われてるだけだね」
「……そっか。そうだね、同じ人間だもんね」
「そういうこと」
アロイスはにっこりと笑う。
でも彼の話を聞いた私とジンとギィは、たぶん同じことを彼に感じていただろうと思う。
――きっと白縹は、私たちデミの子供みたいな扱いをされてきたんだ。私たちはこの世界の底辺を這いずる小虫と同じ扱いで……そして彼らは家畜扱いだった。
私がいま「同じ人間だもんね」と言ったとき、アロイスはたぶん内心で「マザーはそう思ってはいなかったけどもね」という言葉を飲み込んでいたんじゃないかな。
私たちは、デミのクズが後先考えずに産んだ、ただの小虫扱いだった。享楽を金で売買したあげくにできた「失敗の結果」というのがほとんど。それは無知で愚かな負の連鎖の果てに産み落とされたゴミでしかなく、この猫の庭の子供のような「可能性のかたまり」にはなり得なかった。
じゃあデミの子供が最底辺なのかと思っていたけども、白縹だって違う意味での最底辺扱いだったということだ。マザーに制御されて、愛情はあるのにそれを向ける子供を持つことさえ許されていなかった。
攻撃魔法を撃つ生体兵器となって、このアルカンシエルという国の道具となるように制御される人生に、憤りを感じないわけがない。
「……私、レビたちに会えてよかったと思う。子供ってかわいいんだって、彼に教わった」
「あは、キキたちの感性は独特だけど、なんか共感できるんだよね~。僕らもね、子供たちはかわいくて仕方ないよ」
「うん。そう思える場所を、アロイスやヘルゲは自分たちで作れたってことだね。すごいと思う。私たちは……ヨアキムと、『賢者たち』がいなかったら、自分であそこからは抜け出せなかったと思うし」
いろんなことの種明かしをされたからこそ、思う。
きっと私とジンとギィは、白縹の彼らが苦痛を味わったからこそ救われたんだって。話を聞けば聞くほど、彼らの魔法能力がいわゆる「普通ではない」ということがわかるけど……その普通ではない方法をフルに使って、私たちを私たちのまま育ててくれたんだと思った。
「あの……ありがとう」
受けた恩に対して、たくさん言葉を尽くしてお礼を言いたかった。でも私はいつだって言葉を使うことが下手で、たくさん感じることも考えることもあったのに、結局はこれしか出てこない。
それでもアロイスとヘルゲは、しどろもどろになりそうだった私にふっと微笑んだ。
「その言葉だけで全部報われたよ~。ね、ヘルゲ」
「ああ、そうだな。まあ俺たちはヨアキムのサポートをしただけだが。感謝してくれるなら、うちの大天使の子供として存分に幸せになってくれればいい。ヨアキムの一番の願いは、それだからな」
くいっと親指でヨアキムを示すヘルゲは、深い赤の瞳で楽しそうに笑う。その視線の先には、十二枚の翼で子供と遊ぶ、私たちのお義父さんがいた。




