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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第四章 ZERO RANGE
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天空の聖なる住処 sideキキ

  





年末も押し迫った週末に、ヨアキムの実家で婚約パーティーをやると言われていた。ジンもギィも、もちろん私も、死者であるヨアキムの「実家」と聞いてずっと意味がわからないままその日を迎えていたんだけど。


だってヨアキムは普段「ヨアキム・緑青」と名乗っている。「本当はヨアキム・ケスキサーリって言うんですけどね」と不思議な名前を教えてくれたこともある。各部族でミドルネームに先祖代々の家名が付くケースはけっこうあると聞くし、ユリウスだって「ファルケンハイン」だ。


だけどミドルネーム持ちが普通なのは紫紺と瑠璃くらい。稀に蘇芳にもいると聞くけれど、緑青にあるとは知らなかった。ヨアキムによると緑青のミドルネーム持ちは中枢に知られたくないので秘密にしているらしく、実はけっこうな数がいると教えてくれた。


「じゃあヨアキム・ケスキサーリ・緑青ってことか」


「いえいえ、私は緑青一族がアルカンシエルに統合される前の時代の生まれですから。正確には緑青一族とは言えないでしょうね。ですからヨアキム・ケスキサーリです」


「……おい、緑青が統合される前って……何百年も前だろう」


「あ、これ言ってませんでしたっけ? 私が死んだのは紫紺歴一〇〇三年です。緑青一族はヴェールマランという国からこの地へやってきたんですが、私はヴェールマランのケスキサーリ伯爵家に生まれた次男坊だったんです」


「……おい、いま紫紺歴一七二一年だぞ。七百年以上前なのか」


ジンが目を丸くして問いかけると、ヨアキムは笑顔でこくこくと頷く。でも聞いたこともない国の名前や「伯爵家」という単語を聞いた途端、ギィはブーッと勢いよく吹き出して爆笑し始めた。


「ぎゃあっはっは! ヨアキム、やっぱお前ユリウスとどっか似てると思ってたんだよ! 貴族かよウケる~!」


「ひどいですよギィ、なんでそんな爆笑するんですかあ!」


「だってよー、こんなお上品な木彫り職人がいてたまるかよ! アレだろ、そのヴェールナントカっつー国って魔法の得意なやつがわんさかいたんだろ! だから魔法制御力がオカシイんだろ! そりゃガリガリの非力だってメシの種があるよなー!」


「うう、そりゃその通りですけど! ギィがひどい……」


私はヨアキムが泣きそうだと思って、慌てて「ヨアキム、泣かないで」と言ってみた。するとヨアキムはぎゅうっと私を抱き締めて「キキは優しい子ですね! ああ、この癒しもあと半年……」と、またぽろりと涙をこぼす。


もう……毎日工房へは通って来るって約束したし、泣かないでって言ったのに。


「ええっと……ヨアキム、そろそろ『実家』ってどういうことなのか教えて? アルノルトたちは前にヨアキムのことを家族同然って言ってたけど、白縹の村と緑青の街ってかなり離れてるでしょ。実家って緑青にあるの? それとも中央?」


「んっふっふー。それは行ってのお楽しみです。ちなみにそこの人たちは、私とあなた方が出会った頃から今まで、ずーっと三人とかかわっていたんですよ?」


「え、どういうこと? ルチアーノの関係?」


「んっふっふー、ルチアーノじゃありません。それも行ってのお楽しみです。ユリウスが来たらすぐに行きましょうね! みんな楽しみに待ってますから!」


「 ? うん……」


うきうきするヨアキムを、私たちは不思議に思いながら見ているしかなかった。





*****





「お待たせー! ブランも連れてきちゃったよ」


ユリウスがゲートで工房へ現れると、ヨアキムがバッと立ち上がって「行きましょう!」とすぐさま別の場所へのゲートを開いた。


――なんだかそこは、ステンドグラス越しの光が床に揺らめいている、とってもカラフルな光が溢れる建物の中だった。ヨアキムはその光の中に入った瞬間にばさっとたくさんの翼に囲まれて見えなくなってしまい、同時にあの歌姫の声みたいな、体に沁みてくる歌がヨアキムのいるあたりから聞こえてくる。


「な、なんだよこのデッカイ鳥!?」


「……おい、鳥じゃない。翼だけ浮いてるぞ」


「ヨ、ヨアキム?」


振り向いた私たちのお義父さんは照れたような笑顔になって振り向いた。


「ああ、驚かせてすみません。ここ以外では見えなくしていたんですが、これは私の翼です。ヴァイセフリューゲルと言いましてね、魔法の一種です。それといま歌ってるのは私の相棒でベルカント。七百年前、私と一緒に死んだカナリアです」


――もう、言葉が出ない。ヨアキムの得体が知れないことなんて最初からわかっていたけど、どうしてこんなに驚くような存在が私たちのお義父さんなのかがわからない。


ぽかんとした私たちを笑って眺めながら、ヨアキムは「さあさあ、早く! みんながキャリアーホールを覗いていて、今にも雪崩れ込んできそうですよ!」と言って歩いていく。


その姿は、天使が天空の聖なる住処へ帰って行くように見えた。






「キキ姉ちゃーん!!」


呆然としている私へ飛ぶように抱きついてきたのは、レビだった。


「え? レビ? え? どうしてここにいるの?」


「だってここ、俺んちだもん! ジン兄ちゃんもギィ兄ちゃんもいらっしゃーい!」


「お、おう……なんでチビレビの家がヨアキムの実家なんだあ?」


「チビレビってゆーな!」


ギィはすぐにレビをからかって、キーキー言わせたまま抱き上げた。

この前からヨアキムは「行ってからのお楽しみ」としか言わないので、私は説明してほしいなと思ってユリウスを見た。でもユリウスもくすくす笑っていて、「三人ともおもしろいくらいビックリしてるね~」と楽しそう。


もうダメだろうな、これ。ヨアキムもユリウスも、私たちが今からどれだけ驚くかを見たくて仕方ないらしい。ヨアキムが天使そのものだってことにも驚いて声が出なくなっていたのに。


でもアルノルトが「家族みたいなもの」って言ってた意味は少しわかった。アルノルトとフィーネとレビが住んでいる家に、ヨアキムも何らかの事情で暮らしていたからなんだね。


あれ? でもヘルゲも一緒だって言ってた気がする。


ああ、そっか。白縹の軍人なんだから、ここはもしかしてヴァイスの中なのかな。ヴァイスの宿舎って、随分きれいなのね。


――軍部の白縹特殊部隊、ヴァイスの宿舎がヨアキムの実家??


私たちはいくら考えてもわからない知恵の輪をこねくり回し、三人で目を回しながら「キャリアーホール」から出た。






  

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