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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第四章 ZERO RANGE
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不特定多数の恩人たち sideユリウス

  





金糸雀の里で贈られた「よろこびのうた」は、驚いたことにキキの涙腺を決壊させるほどの威力だった。彼女はその生い立ちから、滅多なことでは泣かない。私だってこんなに泣いたキキを見たのは例の「告白じゃない告白」を受けた日以来だ。


でもあの時の悲痛な涙とは決定的に違う。

そういう意味では「嬉しくて泣いたキキ」は初めて見たと言っていいと思う。そして一つだけ想定外だったのは、そうして泣いているキキを見た私が幸せすぎてもらい泣きをする寸前だったということだ。


喜怒哀楽を素直に表現するキキを見ると、何よりも嬉しくなる。

幼い頃から可愛くて仕方なかったこの少女が花開いてゆくのを楽しみにしていた。


でも今、彼女は他ならぬ私と結婚の約束をしたことで祝われ、感激して泣いているんだ。


――こんな多幸感が他にあるか?


どんな宝を目の前に積まれたって、このよろこびには敵わない。

もうキキの存在自体が、私には「よろこびのうた」そのものなのだから。





*****





ベティの書いた記事は、三日後にはアルカンシエル全土へ配信された。その内容は非常にバランスのとれたもので、全体として見れば「金糸雀の長様率いるカナリアたちと舞姫セリナ、夢の共演」といったものに落ち着いていた。


だがその共演がどのように実現したかと言えば、「あの恋歌の元になった二人がセリナへお礼を言いに金糸雀の里を訪問」とか「長様自ら、彼らの婚約を祝福したいとセリナへ提案」とか、それはもう私の目的に沿った言葉がきちんと織り込んであった。きっとインナさんやセリナたちが打ち合わせてからベティへ伝えてくれたんだろうね、ありがたいよ。





その記事が配信された日の午後、シュピールツォイクのイザベル店長から通信が入った。


『ちょ~っとユリたん、こっちへ来れないかしらん?』


「ええ、かまいませんが。どうしました?」


『んも~、ユリたん今朝の芸能記事をまだ見てないのう? 金糸雀の里へ婚約を報告しに行ったって聞いたキューティちゃんたちがね、大興奮してお祭り騒ぎよお』


「え!? それは申し訳ありません……ええと、私が行けばおさまりそうですか」


『それがぁ、ケヴィンたんが工房へ連絡したらね。デミでもすごい騒ぎだって話よぉ?』


「はい!? デミで暴動でも起きたんですかっ!?」


イザベル店長はマザー端末のフォグ・ディスプレイの中で「チッチッチッ」と分厚い唇を尖らせ、面白そうに私を見た。


『デミと職人街の境目まで、ユリたんとキキたんを応援していた人たちで埋め尽くされてるらしいわぁ~ん☆ デミの悪党どもも、あまりの数の多さにびっくりしちゃって身を顰めてるってハナシよん?』


「うわぁぁ……そこまでとは……」


『それでねん、私がちょいとそこまで出向いて解散させてあげるから~』


「そ、そんな! イザベル店長に危ない事はさせられないですよ! 待ってください、いま軍へ出動要請して解散させますから!」


『んもう、ダメよユリたん! あなたたちをお祝いしたくて集まった人々をわざわざガッカリさせることないでしょ? そんな色気のないことしちゃダァメ! ウチの四階で、ユリたんとキキたんの映像を流せばいいのよん。そこで存分にみんなへ感謝したらどーお、その方がクールな対処じゃな~い?』


なるほど、イザベル店長の言い分はよくわかる。つまり「今からなんとかしてキキと一緒にこちらへ来い、映像を流してみんなの欲求を満たしてあげなさい」ということだね。


「イザベル店長、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。お願いできますか? キキと一緒に早急に伺います」


『迷惑なんて思ってないわよう! それに私の体格ならそうそうデミでもカモにはならないから安心してちょうだあい』


そう言ってイザベル店長は事態の収拾へ奔走してくださった。ほんとにあの人は侠気(おとこぎ)のある乙女というか何というか。とにかく近いうちに何かお礼をしなければいけないよ。


イザベル店長との通信を切ってから、私はすぐにヨアキムへ連絡した。

ケヴィンさんから事情を聞き、イザベル店長の考えも伝えられていたヨアキムは「キキならここにいます。移動魔法で工房へ来てくださいユリウス。念のため私が二人を『幻影』で変装させてあげますから、その後一緒に三階のスタッフルームで店長さんをお待ちしましょう」と指示を出してくれた。


――っはぁ~、これは迂闊だった。


そりゃそうか……ペティおば様の掌握していた女の子たちには後日会ってお礼をすると伝えてあったけど、「応援する気持ちは溢れるほどあったけど、事情により身動きはとれていない」という人たちがいたんだものな。


レオナたちは行動にまで移すことができた稀有な女の子たちだけど、この中央の街には心で応援してくれていた「私とキキの恩人たち」が山ほどいるんだ。


映像記憶で申し訳ないけれど、彼らに最大限の感謝の言葉を。

私とキキに無償のあたたかい気持ちを向けてくれた彼らへ、感謝の言葉を。


うん、さすがイザベル店長。

お客様の心を掴むサービスにかけては超一流だよね。






*****





その日のうちに私とキキの映像記憶がシュピールツォイクの四階で流されることになった。普段は「Tri-D airy region 完全版」の上映を常時している場所だけど、今日から一か月間は観覧希望者がいる限り何回でも流されるらしい。


もちろん観覧代金など取らずに無償で流すから、その間の損害分収益だけは私が補てんさせてほしいと申し出た。ここだけは譲れないと店長さんへ押し通したよ。


――それにしても必要なことだったとは言え、恥ずかしくてしばらくシュピールツォイクへ行けなくなった。キキはあまり気にしていないようで、普通に納品にも行ってるけどさ。


だってそりゃ、こういうのは私が弁舌をふるうしかない場面でしょ?


そうするとキキに惚れてますっていうノロケじみたことを街の人々へ撒き散らさないといけないわけでしょ?


でもそれがまさに「みんなが求めているラブロマンスの結末」なんだから、逃れようがないっていうか!!


うう~、ここまでの計略を全国規模でやったらさすがにサクリファイス(自爆)は回避できないか……








【おまけの婚約報告☆上映内容】



『――私ユリウス・ファルケンハイン・紫紺とキキ・紫紺は、この度みなさんのあたたかいお気持ちのおかげで婚約へ至ることができました。私たちは生まれも育ちも本来なら接点のない者同士でしたが、シュピールツォイクという場を通じて愛を育むことができ、それを貫き通せたことは全て支えて下さった皆様のおかげだと心より感謝しています。私は中枢議員として、全身全霊を尽くしアルカンシエルを支える一助となることで、ご恩を返そうと思っております。本当に……ありがとうございました』


『――私は、デミで生まれ育ちました。それにもかかわらず、みんなが私を励ましてくれたこと、忘れません。会ったことのないたくさんの人が、あの恋歌を聞いて応援してくれたって、聞きました。……ええと、口下手でごめんなさい。でも本当に嬉しい。ありがとう』



「愛、育んじゃうんだよなぁぁ!」

「愛、貫いちゃうんだよなぁぁ!」


「キキの言葉は飾らずに率直だから、すっと入るわね」

「キキは素直でかわいいよね~!」



……この差は何……? と、ユリウスはうなだれた。


敗因は「一般人へ向けて貴族相手みたいなスピーチをカマしたこと」であることに気づいていないユリウスだった。






  

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