至高の幸せ sideユリウス
長様へ婚約の報告を済ませ、キキを工房へ送り届けた私はみんなへ大まかな婚約発表の流れを説明していた。
セリナたち旅芸人がそろそろ金糸雀の里へ戻る時期なので、彼らのおかげで婚約できたということを報告がてらお礼に行く。そして広報部金糸雀支部が「偶然」それを知るところとなり、セリナたちのことを芸能関係の記事として取り上げてもらうことになった。そうして「恋歌の元になった二人が金糸雀の里の人々によって結ばれる」ということを知らしめてもらうというわけだ。
広報部本部のアホどもにそんなおいしいネタをくれてやる気はないし、これでダンさんたちや金糸雀一族の評価が上がるなら私としても願ったり叶ったりだからね。
「あはは、よく出来た仕掛けですねまったく」
「まあね~、それが私の強みだよ」
「ところでユリウス、私の『実家』が婚約パーティーをやりたいと手ぐすね引いているんですが?」
「……えっと?……『猫』……?」
「そうです。もう教えてもいいのではないかとみんな言ってますよ。軽々しく話してはいけないことくらい容易に理解しますよ、この子たちは」
「そっちがいいなら、そりゃあ私は嬉しいけど……」
「では決まりですね。発表が落ち着いたらやりましょう! 楽しみですねえ~」
キキたちは「何の話をしてるの?」と首を傾げているので、賢者の正体はその時に知った方が驚くだろうなと思って「ヨアキムの実家で祝ってくれるんだって。楽しみにしてて」とだけ言った。
キキは「パーティー」と聞いて少し緊張し、ジンは「……キキがいいなら行くが……実家って何だ??」と引き気味になり、ギィは「うまいもん食わせてくれるなら行ってもいい」と気軽に了承。この三人は変わらないなあと、ヨアキムと一緒に笑ってしまった。
*****
翌週末、私とキキは金糸雀の里へ行った。私とヨアキムは彼らの前で新型移動魔法を普通に使用しているけど、幼い頃から見ているので「紫紺専用移動魔法」――つまり旧式を私が使っているのだろうと勘違いしたままだ。
それをなぜヨアキムやヘルゲ、フィーネまで使っているのかという細かいことには、彼らは頓着しない。そんなことは「日々生きるためにすること」とは関係ないからだ。
そんなわけで工房から一瞬で金糸雀の里付近の森の中へゲートを開いて到着しても「ふぅん、金糸雀の里って秋になっても割と温かいんだね」としか言わない。そんなキキが可愛いと思ってしまうのは、惚れた欲目かもしれないね。
里へ入ってクルイロゥか贔屓の宿屋で何か食べようかなと思ったけど、キキが「お腹、空いてない」というので我慢することにした。これでも以前は一日に六回から八回ほど食べていた回数が五回くらいには減っている。キキが「その回数は異常だよ」と泣きそうな顔をするんだもの、改善くらいするよ。
二人で林をゆっくり歩きながら金糸雀のマザー施設の敷地へ入り、広報部のドアを開けた。
「こんにちはー、お邪魔します」
「おー! きたきたーっ! こちらが噂の婚約者? こりゃあ美人さんだ! ユリウス様も隅に置けないですねえ、羨ましいや! ところで緑青の街って行ったことあるかいお嬢さん? あそこはさあ、研究熱心なもんだから建築物が近代的ですごくってね! 行ったことない? ダメダメ、そんじゃユリウス様におねだりして連れていって貰った方がいいよ! 建築家ガブリエラの高層建築は一見の価値ありだから!」
バーニーさんが怒涛の緑青PRを始めてしまい、キキは目が回りそうな顔をしていた。それに気づいたダンさんが編集作業室から顔を出し、私とキキを見つけて「バーニー! 来客潰しするなよー!」と慌てて走って来る。
「すみません、ユリウス様……えっと、そちらが婚約者さんですか? 初めまして、僕は広報部金糸雀支部のダン・山吹と言います。ご婚約、おめでとう」
「あ、はい、あの、ありがとうございます……」
ハッとして落ち着いてくれたバーニーさんは頭を掻きながらキキへ謝る。
「あはは、申し訳ない! お祝いも言わずに捲し立てちゃいけなかったな。婚約おめでとう! ユリウス様たちの記事を書くのはベティっていう記者でしてね。インナさんもお会いしたいって言ってたんで、カペラでの取材許可が下りてるんですよ。ダンと一緒に行ってもらえますかね」
「わかりましたバーニーさん、ありがとう」
私とキキはお礼を言って、ダンさんと一緒にマザー施設を出た。林の中を歩きながら、ダンさんはうきうきと話し始め……それを聞いて私はちょっとだけ切なくなった。
「インナもすっごく喜んでましたよ! ほらー、この里で縁のあった人が幸せになるのは彼女にはこの上ない喜びだから。歌を贈るからカペラに来れないかって、彼女から言い出したんですよ。僕もそういうインナを見ると幸せだから」
――もう大分前から、アルノルトも私も知っている。インナさんとダンさんは互いを想い合っているけれど、決して結ばれることはない。二人ともそれをよくわかっているし、想いを伝えあったこともない。
ただ静かに「私があなたの幸せを誰よりも祈っている」「僕があなたの人生を記録し続ける」と思いながら、お互いを見守っている関係なんだ。
私たちには切ない気持ちになってしまう関係かもしれないけれど、彼ら二人はその関係を保つことが「至高の幸せ」なのだという。インナさんはかつて、私とアルにだけそっと教えてくれたことがある。
「あの『至高の視線』を持つ彼が私を見つめてくれるというのは……金糸雀の長には通常ありえない幸せをもたらしてくれるんです。歴代の長老の中で、こんな幸せな気持ちでタラニスへの祈りを捧げることのできた者は、かつて一人もいなかったでしょう」
そう言って笑うインナさんは、輝くような美しさだ。
ここ数年のタラニスへの感謝祭でのインナさんの祝詞は、先代の最長老様を超えるとまで言われている。
そしてダンさんは相変わらずの謙虚さでもって、キキと嬉しそうに話していた。
「え! Tri-D airy regionを持ってるんですか? 大好きだなんて嬉しいなあ!」
「あの映像と歌、小さい頃から何百回繰り返し見たかわからない。あれがあったから、デミに生まれてもまともに生きていこうって、思えたの。まさか撮影した本人に会えるだなんて思ってなかったよ。あの、変かもしれないけど、ありがとう。二人の兄の分も、ありがとう」
ダンさんはそれを聞いて少し立ち止まり、目の周囲を赤くしながら涙目になった。
「……あはは、嬉しいなあ~……! 僕の映像記憶、そんな風に見てくれたんですか、嬉しいなあ~っ! 今から行くカペラで、あの『即興曲』を歌った彼女にも会えますよ? 歌を贈るって言ってたから、必ずまた素晴らしいものが聞ける。その映像記憶、編集したら差し上げます。お兄さん二人にも、見せてあげてください」
キキはとっても嬉しそうにふわっと笑い、「うん、ありがとう」とお礼を言った。
ああ、本当にこの里は……私にも、私の愛しいキキにも喜びを与えてくれる。
きっとこの里の長様が今からもっと素晴らしい「よろこびのうた」をくれるのだろう。
私は嬉しそうな笑顔のキキとダンさんを見て「至高の幸せ」の入口へ立っている感覚に浸っていた。




