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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第四章 ZERO RANGE
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貴族たちの悪戯 sideユリウス

  




ペティおば様の家でチェスの集まりがあると聞いたのは、その日の午後のことだ。もう少し早く言ってほしかったな、フェルナンドもサイラスも「お先に~」なんて言いながらいそいそと午後も半ばで仕事を切り上げてしまった。


私はなぜかエルンストさんに「アンゼルマ様が広報部の新方針についてご相談したいと言ってましたよ」とか「今期の孤児院への寄付についてなんですが」とか言われて足止めを食らっている。


そんなに急ぎの仕事ではないと言っていたものまで渡されて、文句を言おうとしたら「キキさんに会いたいからって後回しにされる可能性はツブしたいので」と鬼気迫る顔で言われたよ。私が仕事を放置しまくってるみたいな言い方はやめてほしいな……


でもようやくそれらも片付けてロルバッハ家へ着いた時に、この家の兄弟とエルンストさんが結託して私を遅らせようとしていたのだとすっかり理解した。


「ユリウス様、キキ嬢は可愛らしい方ですなあ! 貴族的な慣習に染まらせるなど勿体ない、彼女はあのままの真面目さが魅力ではないですか」


「その通りですわ、とっても控え目なお嬢さんですもの。パーティーでエスコートの必要がある時は、私たちでいくらでもフォローいたしますわよ。ご安心なさってね」


――何事だ、これは。


プレイルームでの話の中心はキキ。

そして何が起きたか一番聞きたいと思うこの家のマダムはどこにもいない。


「フェル、サイラス。ちょーっと来てくれるかなあ?」


「ようユリウス。サボってた分の仕事は片付いたか?」


「とぼけないでよ、エルンストさんと何か企んでたでしょ。なんでみんながキキのこと知ってるんだ。ここにいるの?」


何を企んでるんだ?と言外にほのめかして睨んでみると、フェルは肩を竦めて知らんぷり。サイラスはあからさまに笑いをこらえて「あちらのテーブルでその話題を振ってみればいいと思うよ?」と親指でクイッと部屋の片隅を示した。


そちらでいちゃいちゃしながらお茶を楽しんでいる二人を見て、ほんとに肺の空気を全部出してしまうほどの深いため息が出た。


「父様、母様。キキを呼び寄せたんですね?」


「お疲れ様、ユリウス。エルンスト君に世話をかけるような仕事ぶりはそろそろ改めたらどうだい?」


「おかえりなさい、ユリウス。私はペティに可愛いお友達を紹介してもらっただけよ?」


「近年稀に見るほどのすっとぼけっぷりですね。父様、財務監査の調査書は忙しくてシンクタンクでお受けすることが困難になりそうです。母様、先日欲しいと言っていた白磁の特注ティーセットはキャンセルでよろしいですか?」


「「ごめんなさい、未来の娘と仲良くなりたかったんです」」


はぁ~っとため息をついてテーブルへつくと、二人は「だって、ねぇ~?」と言いながら「もう変装させなくってもいいじゃない? さっさと結婚して連れてきちゃいなさいな」とか「お前が娯楽を提供したおかげで、各部族の街での経済波及効果が異様に高まってるぞ? もちろん一番すごかったのは中央だけどな」とか、もろもろの言い訳になっていない言い訳を始めた。


「――で、キキは?」


「ペティが護衛を連れて、馬車でデミへ送っていったわよ」


「もう帰っちゃったんですか!?」


「だってユリウス来ないんだもの~」


「もー! 私だって毎日は会っていないのに!」


「「だからさっさと結婚しなさいってば」」


それが今まで難しかったから根回しして国の経済を潤すほどのことをしでかしたんだってわかってくれないかな……っ!


そこへニヤニヤしながらやってきたフェルは、両親に調子を合わせながらするりと席へ座った。そして一足飛びに「結婚」と言い出している二人へ、釘を刺すつもりの話題を振ってくれる。


「ほんとはユリウスだってすぐにでも結婚したいと思ってるんじゃないですか? でもおじ様もおば様も、レディ・キキの年齢を知ってますか?」


「あら……そういえば聞かなかったわ。若いとは思ったけど……二十歳はいってないわよね」


「……キキはついこの前十八歳になったばかりです」


「まあ! きちんとお誕生日を祝って差し上げたの?」


「彼女たちに誕生日など存在しませんよ、母様。年度が変わったら年齢を一つ上げるという程度の認識なんです」


長様のパーティーで固有紋チェックをパスさせるために、キキたち三人の戸籍を移民としてマザーへ申請した。その時にヨアキムへ相談して、私もそのことを初めて知ったんだ。


だから三人の誕生日は全員が六月一日。ジンだけ二歳年上なので二十歳だけれど、ギィとキキはこの国の成人年齢である十九歳まで一年ある。


「あら、でも五月の最後にしなくてよかったじゃない? キキが娘になってくれるまで二年も待てないわあ」


――母様はポジティブだな。私に会わせずキキを帰しちゃったから、ちょっと今はイラッとしてしまうのんきな前向きさだったけれど。


「まあ、婚約は問題ないじゃないか。世間が注目している今の内にパッと婚約を発表して騒ぎを収束させるつもりなんだろう?」


「ええ、それはそうですけど。肝心のキキへその話はまだしていませんので、父様も母様も、予定外のことはもうナシにしてください」


「「えぇ~、つまんないな」」


「勘弁してください、ほんとに……」


項垂れた私は戻ってきたペティおば様へほんの少しの恨み言をこぼしたが、「キキをあまり遅くまで引き止めたらジンとギィに悪いでしょ」とあっさり反撃されて黙り込んだ。


キキには会えなかったし、フェルとサイラスはニヤニヤしているしで、今日の私はそこにいた全員と対局して完膚なきまでに負かしてしまった。

でもみんなは生ぬるい目で私を見て、「こりゃあキキ嬢がいないとユリウスはダメなわけだな」と呆れるだけだった。


――チェスの感想になってないよ、それ。





  

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