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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第四章 ZERO RANGE
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エアリー・レジオン sideキキ

  





パトリックと対峙した日の夜、私は夢を見た。


青い池を眼下に見ながら、私は宙に浮いている。

夢のように美しい霧雨台地を駆け巡り、雲海に漂っているような天上の島々を見渡し、極彩色の鳥たちと共に巨木の森で遊ぶ。


いにしえの森で、私は宝物を次々と見つけていた。


一緒にこの台地へ登って来た私の兄弟。

ここへの到達ルートを示しながら支えてくれた義父。

台地の上で待っていてくれた、温かい商売人の親子。

小さな湖のほとりで「お茶しよ!」と元気に誘う友達。

彼らと話し、笑い、心を温かいものでいっぱいにした私は、恐れ気もなく切り立った崖から水しぶきとともに身を躍らせた。


もう、地面に叩きつけられて死ぬだなんて思わない。


だってあの虹のアーチで、とても強い心を持った貴婦人とその護衛が待ってる。

まるで本当に触れるんじゃないかと思えそうなくらいに色の濃い虹は、「ここをくぐりなさい、それが正解よ」と言って、私をあの人の元へ届けてくれるから。


そうして地上へふわりと降りた私は、また彼らに会うために、背中の翼をバサッと振るった。これは、ユリウスがくれた翼。あの青い池へ到達するために、ユリウスと一緒に台地を駆け巡るために、彼がくれた翼。


浮き立つ心のままにその翼を振るうことを自分に許した私は、一直線に「私の青い池」へ向かって飛び立った。





*****





それから数日後、ギィと一緒におもちゃ屋へ納品に行くとペティやレオナたちがいた。ギィは彼女たちにお礼を言い、ペティは「帰りは私の護衛と一緒にキキを送るから、いいかしら?」とギィへ了承をもらってから私をお茶へ誘った。


もちろんギィはアントニーとバイロンの「ヤバさ」をジンから聞いていたので、何の懸念も見せずに「わかった、頼むわ」と言って帰って行く。

私たちはぞろぞろと連れ立って歩き、おしゃべりしながらいつもの喫茶店へ入り、優しいマスターに「いらっしゃい。みんないつものでいい?」と声をかけてもらった。


「キキ、すっごいじゃなーい! 偉いよ、あの勘違い王にビシッと言ってやるなんて! かーっこいい!」


興奮したレオナにそんな風に言われて「でも、ペティたちがいてくれなかったら、怖くてあんなこと言えないよ」と恥ずかしくて俯きながら白状した。


ああいう手合いはとっても恐ろしいとデミで身に沁みているから膝がガクガクしてたと言っても、レオナとアイラは笑い飛ばす。


「あったりまえじゃないの! ああいう話の通じない男が怖くない女なんている? どうせあいつみたいなのは、非力そうなキキなんて力づくでどうにでもなるってどこかで思ってたに決まってるわ。だからこそ『優しい男』が好まれるっていうのにね」


「優しい男、かあ。そういえばユリウスも優しい。だから好きなのかな、私」


私が何となく言った言葉に、ペティはくすくす笑って「もう、やっぱりみんな若いわね!」なんて茶化した。アイラが「なによう、ペティったらいっつも余裕なんだから~」と唇を尖らせる。


「優しいだけの男も、ダメに決まってるでしょ。そういうのは周囲に流されている八方美人よ、お気を付けなさい。必要とあらば愛する女性にだって厳しいことを言えるし、辛いことがあってもぐっとこらえて周囲に優しく出来る、そんな男を探すの。そしてその人が何かを心にしまって辛い想いをしていることがわかった時は……その時こそ、女が寄り添って支えるのよ」


「……私、ペティの話を聞いてると悟りを開けそうな気になってくるわ。男性を見る目がどんどんキビしくなって、怖くて恋なんてできなくなっちゃうじゃない!」


「あら、レオナったら大丈夫よ。そんな心配しなくたって、恋に落ちるのなんて一瞬なのだから。ねえキキ?」


「う……っ! えっと、そ、そうかも……」


不意打ちで矛先を向けられて、思わずそんな回答をした。途端にレオナとアイラはキャー!と言いながら「ちょっと、ユリウス様のどんなとこに恋しちゃったのよ!」とか「白状しろ、キキ~!」とド突きまわされる羽目になった。


結局、ユリウスの「氷雪の貴公子」の仮面を見た時に本当のユリウスの優しさを知ったんだと、なんとか説明したんだけど。


途端にレオナとアイラは「……なんかキキに女としてっていうか、人間として負けてるって感じがするわ」と落ち込み始めた。


「こーら、レオナもアイラもそんなことで落ち込まないのよ? 二人ともキキの窮地に立ちあがる気概を持った素敵な女の子よ、私が保証してあげる。きっと素敵な人があなたたちの前に現れるわ」


「……うん、私もそう思う。二人とも、とっても女の子らしくて可愛いもの」


「「ペティ! キキぃぃ!」」


二人はそれぞれ隣にいた私とペティへ抱きついて、照れているのをごまかしながら笑っていた。こんなにコロコロと気分が上下する、かしましい私の友達。でもなんだか憎めない可愛らしさが「女の子」って感じで、年上なのに微笑ましかった。






*****





レオナやアイラと別れ、私はペティと一緒に北区の方へ歩いていた。アントニーはしんがり、バイロンは少し先を歩いて、その見た目で「脅威の排除」をしている。


二人に守られながらペティとおしゃべりし、彼女の家へ着いた。

とても瀟洒な邸宅で、ファルケンハイン家みたい。

もちろん使用人もいて、思わず「メイドのキキ」みたいに気配を殺そうとしてしまうほど雰囲気が似ていた。


ペティが「プレイルーム」と呼ぶ部屋へ入ると、そこには何人もの男女がチェスに興じていて、私はかなり驚いた。


「私の友達や息子たちは、チェスの愛好家が多いの。ケヴィンさんのお店の常連がほとんどね」


「そ、そうなんだ……」


なぜペティがここに私を連れてきたのかがわからない。だったらギィも一緒に連れて来ればよかったなあと思うほど、みんな真剣に盤上の駒を見つめていた。


「キキもやる?」


「わ、私はもう観戦専門だから。ギィやユリウスの相手なんてまったくできないもの」


「やあねえキキ。ここにいる誰も、あのチェス大会の上位陣になんて敵う人いないわよ! ただ楽しんでるだけよ」


ペティとひそひそ話をしながら見ていると、いろんなところから「参ったぁ、投了だ」とか「ふふー、チェック!」なんていう声が聞こえる。ペティの息子さんだという人が「あれ、母様。いつ帰ってたの」なんて言いながらこちらへやってきた。


「キキ、長男のフェルナンドよ。ユリウス様とも一緒に仕事をしている議員なの。フェル、この方がキキさんよ」


「なんだって!? うわー、お目にかかれて光栄ですよレディ・キキ」


「レ、レディ!? あ、や、ごめんなさい……初めまして」


フェルナンドは笑いながら握手してくれて、一局どうですかと誘ってくれた。なんで私はこんな場所でチェスをしてるんだろうと思いながらも、頷いてからおずおずと対戦しはじめたけど。


ほんとに困る。

私みたいな怖がりはなかなかキングを取りにいけなくって、よくギィから「定跡を頭に入れつつ隙あらば一刺しだろ」なんて抽象的すぎる指導をもらってるっていうのに。


それでも必死にコトンと駒を動かしていたら、いつのまにか周囲に人だかりができていた。


「おー、そこでc5か」


「やるねー! フェル、ほら、そこのナイトが危ないぞ~?」


「っだぁぁ、うっさいなあ~!」


「私は断然お嬢さんの味方だね。慎重に見えてなかなかの策士なんじゃないか?」


驚いてきょろきょろと周囲を見ていたら、フェルナンドが「うう……レディのターンだよ?」と情けない声で言った。盤を見ると、キングへの道筋が開けている。

……あれ? きっとユリウスかギィなら、ここでサクリファイスをしてくると思ったのに。いいのかな……


「えっと、チェック、です」


「「「おおおぉぉぉ!」」」


きょとん、とフェルナンドを見た。

もしかして手加減して私に花を持たせてくれた……のかなあ。

でも今ここでそれを問いかけるのはいけない気がして、黙って握手した。


わあわあと周囲が「あの五手目で……」「いやいや、あのビショップが何気に効いていたよ」と感想を言い合っているのを見て、私は呆然と「ああ、楽しむってこういうことか……」と思っていた。


そっと席を立ってペティを探していると、綺麗な声で「お嬢さん、こちらへ来て? 勝利をもぎ取った聡明な乙女にお茶を淹れる栄誉をくださいな」と呼ばれた。


そこには、ユリウスのお母さん……ファルケンハイン夫人が、いた。





  

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