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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第一章 キキの事情
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真夏日

  







十六歳になった夏の日のこと。


ここ一年で、ようやく私の発育不全の体は少しだけ女らしくなってきていた。

まあ、ほんとに、少しだけ、ね……


相変わらず薄っぺらい体だったけど、娼館のお姉さんに比べたら申し訳程度の大きさだったけど、ちゃんと胸と呼べる程度のものはできてきた。



そうなると当然デミの中では余計に気を付けないといけないから、暑い日でも重ね着をしたり、少しオーバーサイズで厚手のシャツを上に着たりして気を付けてる。


今日は今年初めて気温が三十度近くまで上がってしまった真夏日で、ジンはそんな服装で汗をかく私を気の毒に思ったみたい。急にマナを錬成してぶわっと風を送ってきた。


ジンって錬成量が多いから、急にやられると突風みたいなんだよね……


踏ん張りがきかない非力な私は吹っ飛ばされちゃうから、ゴチンと壁に頭をぶつけてギィに爆笑された。


笑いの止まらないギィの肩にぺちっとパンチを入れてから、今日は私がシュピールツォイクへ幻獣駒を納品しに行く当番だったので支度を始める。


デミを出る時はタトゥを隠さないといけないので、薄手のコットンパーカーを着る。でもいま着ているのは吸水性のいいキャミソールとデニム地の半袖シャツ。この上にパーカーかあ……とウンザリし、デニムシャツは脱いでパーカーの前をきっちり閉めることにした。




シュピールツォイクに着くと、パズル屋の店長ケヴィンが相変わらずニヤリと笑いながら客の相手をしていた。目があったので軽く手を挙げて挨拶すると「ちょっと待ってろ」と言って、残りの挑戦者をさばいていく。


私とジンは、ギィに全くチェスで敵わなくなっている。すっかり観戦専門で、ケヴィン、ユリウス、ギィ、ヘルゲの四人の話にはついていけない。

ヘルゲは「紅玉こうぎょく」と呼ばれていて、白縹しろはなだ一族のとても強い魔法使い。そしてケヴィンとヨアキムとユリウスの友人でもある。


とんでもないハンサムだし本物の「こうぎょく」だから、みんなは「キキが不倫に走るんじゃないか」とか心配していた。でも自分でも不思議だけど、ヘルゲには私の心はピクリとも反応しなかった。まあ、どちらにせよヘルゲだって私なんて眼中にないだろうけど。


でもそう考えると、私って別に面食いってわけじゃないのかな?


あ、もしかしたら私って、細身で筋肉のなさそうな人が好みなのかもしれない。ヘルゲは軍人だから、ジンよりは細身に見えても筋肉はしっかりついてるもん。それならヨアキムやユリウスに懐いたのも納得できる。


……私って、変な趣味してるなあ。

自分も弱いくせに、男の人も弱そうな人が好みだなんて。

あれ、でもユリウスって建国祭でスリの男を簡単に押さえてたような……

よくわかんないなあ。


そんなバカバカしいことを考えていたら、ケヴィンが「待たせたな」といって納品される幻獣駒をチェックしていった。



「この水晶製のは、ヨアキムが作ったのか?」


「 ? ううん、それ作ったの、私」


「ほう……キキはヨアキムより更に繊細に作るな。見ろよこのハーピー。翼の立体感が並じゃないぞ。キキの作ったものを買えたやつはラッキーだな」


「……随分、褒めてくれるんだね」


「素晴らしい技術を褒めて何が悪い? 素直に喜べばいいものを」


「……ありがと」



滅多に人を褒めないケヴィンにそんなことを言われて、少し照れてしまう。

無事に納品も済んだし、帰ろうかなって思ったけど……


冷房の効いた涼しい店内から、あの蒸し暑い外へ出るんだと思ったらゲンナリする。パズル屋の横で少しだけパーカーの前を開け、パタパタと胸元をあおぐ。そうしていれば、さっき照れてしまって紅潮していた頬も冷やすことができそうだった。


――ふと、すごい勢いでこちらへ近付いてくる人影に気づいてビクリとする。

ここはデミではないけれど、ナンパしてくるやつもいるから注意しろってヨアキムやユリウスは口をすっぱくして私に言う。


二人はヘンテコだから、私に過保護。そうわかっていても、このスピードで近寄られたらさすがにゾワッとする。いつでも結界を出せるようにしないとと思って身構えたら。



それはすっごく慌てて早足で歩いてくる、ユリウスだった……



「……こっち。キキ、こっちへ来て」


「ユリウス? な、なに……」


「いいから。こっちへ来て」



ユリウスは私の腕を掴むと、あまり人だかりのできていないベビー用品売り場の隅へ私を連れて行った。



「な、何してるのキキ」


「何って……いま幻獣駒を納品してきたとこ」


「そうじゃなくて。なんで、そんな薄着で胸元あおいでるの」


「え……外へ出る前に涼もうと思って」


「だめでしょ、キキみたいなかわいい女の子がそんな無防備なことをしては。工房へ送っていくから、おいで。パーカー、ちゃんと着て」



不機嫌なユリウスに驚いて、すぐさまパーカーの前を閉めた。そんな風に慌てた私の背中を軽く押して、ユリウスは「もう……」と不機嫌そうな声を出しつつ店の裏口の方へ行く。


周囲をキョロキョロと確認し、ユリウスは変装魔法を使って「青年型」って呼んでる人物に姿を変えた。彼は中枢議員だから、デミへ出入りしていたり特定の女性と親密だったりするとかなり目立つし、敵にデマを流されてしまうらしい。


すっと左腕を出して、ユリウスは「どうぞ」と言う。小さかった頃は手を繋いで歩いていたけど、背が伸びてからは腕を組んでくれるようになった。

でも今はなんだか不機嫌だから、気後れしてしまう。


怒らせちゃったのかな。


居心地悪くて、いつもみたいにぺっとりできない。手だけをユリウスの腕にちょこんと乗せるようにして、歩き出す。俯いて、とにかくユリウスについていくと、少ししてから歩調を緩めてくれた。



「キキ、ちょっと私も態度が悪かったね、ごめん。でも、その……パーカーの下に着てるものが薄すぎるよ、汗で透けてた。何人か男の目が釘付けになってるの見て、腸が煮えくり返るかと思ったよ」


「え……気付かなかった、ごめんなさい。そっか、デミみたいな露骨な視線じゃないから、こっちのそういう視線って淡泊すぎてわかりにくいのかな」


「えぇ……? けっこう露骨だったと思うよ?」


「だって、その程度の欲望なんて薄くって、タトゥの『危機察知』にもひっかからない」


「もう……でもさ、やっぱり男は男だから。頼むよ、ほんとに気をつけて? ね?」


「ん、わかった」



ユリウスは納得してくれたみたいで、普段通りの雰囲気になった。私はユリウスの怒りが解けたことにホッとして、暑かったけどいつもみたいにユリウスの腕を抱えてぺっとりくっついた。


――その瞬間、ユリウスはびたっと止まったかと思うと、私を勢いよく押しのけて叫んだ。



「うわぁぁぁぁぁ!?」


「……びっくりした……どしたの」


「どしたのって……ど、どう……うああああ……」


「ユリウス、また私、何かしたの」



ユリウスは建物の壁に縋りつくようにしてよろけていた。そして深呼吸した後「いや、ごめんね叫んだりして……」と言い、腕を組まずに手を繋いで歩き出す。その後はほとんど口もきかずに工房へ送り届けられた。

……なんなのかわからないけど、私はまたユリウスを怒らせてしまったようだ。でもさっき叱られた内容はわかっているんだから、暑くてももう薄着をするのをやめなければいけないってことだけは理解できた。






  

キキ16歳

ユリウス27歳

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