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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第四章 ZERO RANGE
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零距離のキス sideユリウス

  





私はいま、猫の庭で父性を爆発させているミレニアム級霊魂様の愚痴を聞いている。愚痴…というかお説教かな?

キキのかわいさを同じレベルで共感できるのも私ならば、父親から娘を奪おうとしている憎き男も私。

失敗したなあ、フィーネなら私たちと同レベルでキキのかわいさ談義についてこれるはずなんだけど、いまミッションに出ていて不在なんだよね。


「ほんっと……キキってば健気で! 聞いてますかユリウス! 全ては胸を張ってあなたの恋人になるためなんですよ? 怒りで我を忘れている男と対峙して話すだなんて……! あの子には幼少時のトラウマがあって、恐怖心で逃げ出したかったはずなんですっ! きっとあのデミのクズ男のことを思い出して仕方なかったでしょうに。あの子はなんて健気ないい子なんでしょう、そんなことをするほどユリウスが好きなんです! 悲しませたら今度こそ承知しませんからね、わかってますよねユリウス! ああああ、キキはほんとにかわいくていい子ですね……!」


はい、おっしゃる通りですともお義父様。

ペティおば様からもおおよその話は聞いているし、キキがどういう経緯でその男と対峙したのかはわかった。それを聞いて私だって感動したし、あまりのかわいさと健気さに、盛大に惚れ直したと言っても過言ではない。


でもキキはあくまで「自分の意志でユリウスの元へいけるように」と思って、私には何も告げずにそういう行動に出ている。


今日の午後、またランベルトとエルに連れられて私の家へ来る彼女。

キキ自身から話してくれるまで、私は知らないふりをしようと思ってる。

ただ、愛しいと思う気持ちが溢れてしまうのは隠すつもりもないけれどね。





*****





午後になって家へ戻ると、母様が「ユリウス、今日もレイズ商会の方がいらっしゃるのでしょう? もしあの聡明な娘さんがいらっしゃったら、とっておきのお菓子を用意したので出して差し上げてね」と言ってくれた。


エルは先日会っただけですっかり私の母を魅了し、目が不自由というハンデをものともせずに、明るく賢く生きるエルは素晴らしいと絶賛されていた。

エルに言わせると「ハンデがあるとは思ってませんよ?」とケロリとしているのだから、無意識のうちに私たちは優越感を持って、彼女に感心しているということなんだろう。


それはまるで私がデミの子を可哀相だと思い、恵まれて裕福な生活をしている自分に引け目を感じていた、あの感覚のようだ。立場が違えば思考も違う。それを理解したならば、相手の立場からものを見る視点を手に入れられるように、心を砕くしかない。


心を砕いたとしても、相手の視点を手に入れられるとは限らないけど。それでも気持ちに寄り添う努力をした事実は、お互いの距離を縮める。それでいいのではないかと、最近は思うようになった。違う個体の人間がすっかりわかりあえるはずもない。それでも別の個性や背景があるからこそ、人はお互いを思いやれるし、恋をする。


私は、デミで生まれ育って、無色透明な魂を持った彼女に、恋をしている。


それだけ、なんだ。





*****





しばらくするとランベルトとエル、それにメイドに扮して気配を殺したキキが再びやってきた。


「ユリウス様、ご相談に乗っていただけるとのお話に甘えてしまいました。お時間を作ってくださって感謝いたします」


「いらっしゃい、ランベルトさん。エルもよく来てくれたね」


「こんにちは、ユリウス様! あの、今日はファルケンハイン夫人はおられますか? 先日お優しくしてくださったお礼に、いい香りのするお花を差し上げたいんです」


この商売人親子のナチュラルさには、私も舌を巻くね。執事に母様を呼ばせると、感動して潤んだ目で可愛らしいブーケを受け取っていた。うーん、どこまで母様を籠絡する気かなあ。




先日ランベルトさんの家へエルンストさんを行かせたのは、もちろん彼ら親子を私のクランへ誘うためだ。中枢議員としての私を支える協力者の秘密集団である「ツーク・ツワンク」には、国内流通ルートをほぼ掌握しているロミーがいる。でもレイズ商会ほどの大手が持っている他国との貿易ルートは、さすがのロミーも持っていないんだよね。


ロミーはクランにレイズ商会会頭とその娘が参入すると聞いて大はしゃぎだ。たぶん彼女とランベルトの力が合わされば、大陸一の商会にのし上がっても不思議はない。


まあ、そういう利権の話よりも大きな理由はランベルトとエルの人柄が素晴らしいってことに尽きる。キキが彼らを信頼して「友人」として心を開いているというのが何よりの証拠だよ。

嬉しいことに二人ともエルンストの話を聞いて即断即決でクラン入りを決めてくれたそうだ。なので彼ら二人の手には私と同じ指輪があるし、通信機も渡している。


ランベルトとロミーの間で水晶の削りかすの件も既に煮詰めてあって、魔石商組合がいったん買い取る。その後ロミーが「予約済み」という操作をし、クランの中でこの水晶が必要な人物を選定して正規に購入できるようにしたわけだ。


あまりに純度の高い最高品質の水晶は、普通に流通させるにはリスクが高いからね。ちなみに一番大きなもの二つはヘルゲが購入した。何でもミッタークとナハトという、エルンストさん垂涎の端末をさらに高性能にしたいかららしいよ。その魔石端末「改」が出来上がり次第、現在の端末はエルンストさんへ渡すことになっている。


シンクタンクのみんなは大喜びだ。話に聞いていた「相互セカンドオピニオン端末」を製作者本人からシンクタンク仕様へ改良の上で下げ渡してもらえるんだからね。





母様をすっかり感動させた後、とっておきのお菓子をもらったエルたちは私の部屋へやってきた。そしてランベルトは「用事があったらお知らせしますので、ごゆっくり」と腕に巻かれた通信機をコンコンと叩いた。そして持ってきた仕事の書類を広げ、エルへ説明しながら勉強会を始める。


私とキキは二人の厚意に甘えて寝室へ入り、隣り合わせに座って笑い合った。

こんなにゆっくりと、二人で何気ない話が出来るのは数か月ぶり。

昨日恐ろしい出来事があったはずのキキは特にその話をするでもなく、ただ私へ「今日はそんなに疲れてなさそう。安心した」と言って笑った。


でもその笑顔の距離はとても近くて、一時期お互いがお互いの理由で「ぺっとり」をしなくなっていた頃に比べたら半分以下だ。私がキキのかわいさに負けてキスをしても、顔を赤くしつつ離れようとはしない。体温をふわりと感じる位置にいる愛しい女の子は、その日初めて自分から私へキスをした。


そうして心と唇の距離がなくなった私たちは、くすくすと笑いながら寄り添い合う。こんなに誰かを愛しいと、側にいてほしいと思う日が来るとは、あの頃は思わなかった。こんなに「ユリウスが、好き」という言葉に涙が出そうになるなんて。


あの頃の自分に、教えてあげたいよ。





  

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