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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第四章 ZERO RANGE
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青い池を信じて sideキキ

  




喫茶店を出ると、アイラは「じゃあペティ、キキ、がんばって! ジンにも伝えてくるね」と言っておもちゃ屋の中へ戻って行った。しばらくするとジンが出てきて、ペティへ挨拶している。


「あら、ジンも来てくれるの? これは頼もしいわね」


「すまない、身内のことですっかり世話になった」


「ふふ、なんてことないわよ? 紹介するわね、私の護衛をしてくれている蘇芳の凄腕よ。アントニーとバイロン」


バイロンはランベルトの寄越した護衛みたいに筋骨隆々。アントニーはそこまでじゃないけど、なぜか全身から溢れている気配で「この人にケンカを売ったら死ぬ」とわかる。


私たちへ殺気が来ていないからタトゥが反応しないだけ。でもジンも私もデミ流の感覚で、彼らを恐ろしい人だと判断していた。


「よろしくお願いします。ええと、その、そんなに怯えられると困りますね」


「あ、ごめんな、さい。つい……」


「……悪い。デミ育ちだとそういう闘気に敏感になってしまうんだ」


「ほほう……ジンさんとおっしゃいましたか。一度手合せ願いたいなあ」


「いや、遠慮したいぞ、俺は……」


ジンがここまで警戒するってことは、私なんて一捻り確実。雇われているとはいえ、味方でよかった。


そんな私たちをペティは笑って眺めてから、「じゃあ行きましょうか!」と言って歩き出した。どこへ?と思ってペティを見ると「シュピールツォイクの裏口よ」と呆れたように肩を竦めた。


そう言えば最初に飴を貰った時も私たちが裏口から出るのを見送ってくれてたっけと思い出す。するとペティは、やれやれと言った風にパトリックのことを説明してくれた。




パトリック・紫紺は中規模な商会の次男坊。でも妾腹で、実母は亡くなっている。引き取られてからは正妻に疎まれて育ち、兄が優秀なこともあって、妾腹のパトリックは劣等感にまみれていた。


それでもたぶん一生懸命勉強したり、腐らずに努力していればそれなりの人物になれたはずなのに、パトリックはやる気のない仕事ぶりだった。


ところが彼はここ数か月で突然やる気を出し、商会の経営や商品の仕入れにガンガン口出しを始めた。父も兄も困惑し、そんな冒険のような仕入れはするなと諭したりしても聞き入れない。やる気が空回りして兄とケンカし、家出同然に飛び出した。


元々がある程度裕福な家の者なので、多少の資産の持ち合わせがある。その金で今はアパルトメントを借りて暮らし、自分の商会を立ち上げようと四苦八苦。でも今までの仕事ぶりを知っている取引先には相手にしてもらえず、現在すっかりキキのストーキング専門と化している。


「……そこでなんで私が出てくるの」


「妙なやる気を出して空回りしたのは、例の勘違いから来てるのよ。自分も恵まれない状況から立ち直った! 身分違いの恋なんて、自分の母みたいな妾になるのが関の山だ! 俺ならキキを正妻にして幸せにしてやれる! ってね」


「……え? 今の話の中で立ち直ってたっけ」


「立ち直ってないわよ? 自分の商会は頓挫したままだし、今は単なる無職の家出息子ね」


「……? なんで私が出てくるのかどうしてもわからない」


「ほんとよねえ~、まあ簡単に言えば『キキに一目ぼれした! 俺がやる気を出せば新しい商会なんてすぐに立ち上がるし、キキと話せさえすれば俺と一緒に来ると言うに決まってる!』ってとこかしら。理論が破綻してるけど。確かこの前そんな感じのこと叫んでたわよね、アントニー?」


「ええ、そうですね。我々が邪魔をするからキキ嬢と話すことができず、だから商会もうまくいかないのだと叫んでいました」


「……私と話すと商会が成功するの? 私、幸運のアイテムじゃないんだけど」


私もジンも、あまりに支離滅裂な言い分に頭がクラクラしてきた。本人に会ったら脳みそがパーンって破裂しそう。ペティがナンバーワン勘違い王って言ったの、よくわかった……





*****





裏口に着くと、よその家の庭木の影でコソコソしている男が見えた。ペティが小声で「アレよ」と言い、肩を竦める。ちょっと怖いけど、とにかく話してみないと埒があかないと思って「一人で行ってみるね」とみんなへ伝えた。


何かされたら結界を出しつつこちらへ誘導してくるようにと、アントニーとバイロンに指示されて頷く。ジンにも「行って来るね」と言った。




腰が引けそうな自分を叱咤しながら歩いて行くと、男は気配に気づいたのか、ふっとこちらを振り返った。背は高くもなく低くもない。顔は……よくわからないけど、笑うとえくぼができる。でも目が濁ってる気がするんだよね、だから生理的に嫌悪感が溢れてしまう。


……で、なぜえくぼに気付いたかと言えば。


「……! キキ! 一人? 誰もいないな? ようやく邪魔者なしで君と話せる……!」


このように感極まったような声を出しつつ、満面の笑顔で走って来られたからだ。


嫌悪感で「ひゃ……っ」と小さく悲鳴をあげて、反射で結界を出してしまう。

不意を突かれたパトリックは、ガツッと結界で跳ね返された。


「あ、ああ、ごめんごめん。あまりに嬉しくてさ! ようやく話せるチャンスができた……! もう結界は解いてもいいよ?」


「あなた、誰?」


私は結界を出したままでわざと聞いてみた。

だって自己紹介もせずに、私が自分を知っていると思い込んで話しているのが気色悪い。


「え、あ、パ、パトリックだよ」


「そんな人、知らない」


「名前は知らなくても仕方ないよな! でもパズル屋で納品してるキキをずっと見てたんだ、それは知ってるだろ?」


「初めて見たから知ってるわけない。興味ないもの」


「そ、そんなこと言うなって。それよりさ、俺はキキにいい話をしに来たんだよ」


「……」


「中枢議員になんて入れ込んでも、妾にされるのがオチだ、諦めろよ! デミの子がどんなに頑張ったってさ、ああいう上流階級のやつらはキキみたいないい子を都合よく扱うに決まってるんだ。だからさ、俺と一緒に来いよ! 大切にするし、なんならデミから足を洗うのだって全力で手伝う! 任せてくれ!」


――好きな子にバカになっちゃうのが恋だって言ってたよね、ユリウス。本当にごめんね、あなたのことバカなんて言って。私はいま、本物の馬鹿を見てるよ。ユリウスはこんな馬鹿じゃないよ。


「私、あなたのこと嫌い」


「え……っ な、なんで……」


「どうして私が妾になるって決め付けてるの? ユリウスがあなたにそう言ったとでもいうの? それにデミの子がどんなに頑張っても無駄だって言うのなら、私がやっている仕事も無駄だと思ってるんだね。私、あなたが嫌い。あと、デミから足を洗うってどういうこと? 私はデミで暮らしてるけど、別に犯罪組織にいるわけじゃない。私が犯罪組織にいるって決めつけてるのも、デミの子だって蔑んでるのも、あなたでしょ。私、あなたみたいな人、嫌い」


たぶん私が一人ぼっちだったら、こんな煽るようなこと怖くて言えない。本当はどんな人にだって、こんなこと言えないし言っちゃいけないのかもしれない。でもこんなに身勝手な気持ちを押し付けられて、それを恋だと言われても。


「お、俺はキキのことが心配で……っ」


「心配してるようでいて、本当は自分のことしか考えていない人は、嫌い」


「キキこそ俺の何を知ってるって言うんだ! どうして自分のことしか考えてないなんて……」


「私があなたのことを知ってるわけがない。初対面だもの、興味もない赤の他人だもの。いま聞いたあなたの言葉が私の知ってるすべてだよ」


「こっ、これからもっと知っていけば俺のことを好きに……」


「ならない。私はあなたが嫌い。これ以上話しても埒があかないから、帰るね」


くるりと振り向いて、結界を断続的に出しながらゆっくりとみんなの方向へ歩いた。これで何も無ければ、酷い事を言ってしまったことを謝ってから本当に帰ろうと思った。


でも右腕のオピオンは、チリッと危機察知の信号を送ってきた。


振り向くと、鬼のような形相をしたパトリックが「デミの女のくせに……! 助けてやるって言ってんのに……っ」と唸って、私を睨みながらぶるぶる震えていた。

ああ、やっぱり根っこではそう思ってたんだ。哀れなデミの女を慈悲深い自分が救ってやると思ってるから、こうなる。プライドが高い人なんだろうな……私から見れば、プライドを持つ場所が違うとしか言いようがないけど。



――怖い。



あの濁った目。怒りで我を忘れそうになっている形相。

足が竦みそう。すぐに逃げなければ、つっこまれるかころされる。


――そうじゃない。


逃げるためにわざわざ来たのではない。

立ち向かうために、来たんだから。


心臓がドゴン!ドゴン!と、恐怖のリズムを打つ。

膝がガクガクと震える。


ああ……こんな恐怖感は久しぶりだ。

きっと私が何も抵抗しなければ、この男は私をどこかの物陰へ連れ込んでつっこむのだろう。


でも、私は、一人じゃない。


ジンがいる。

ギィがいる。

ヨアキムがいる。


ペティがいる。

屈強なアントニーとバイロンがいる。

レオナも、アイラも、ランベルトも、エルもいる。


私はユリウスのいる場所へ自分で辿りつくために、いまここに、いる。




「きついことを言ってごめんね。でも私、ユリウスしか欲しくないの。あなたが考えを改めてくれない限り、友人にさえなれないよ」


パトリックは今にも駆け寄って来ようとしていたけれど、私の言葉を聞いてぴたりと止まった。そしてゆっくりと地面を見て、絞り出すような声を出した。


「……そんなに、苦労したいのかよ。そんなに、その中枢議員が好きか」


「うん」


「……そうかよ」


「さようなら」


もう振り返らずに、静かに私は気配を消していった。そして建物の角を曲がり、ジンの姿を見つけると……ホッとして、足ががくんと崩れて、ジンに抱きとめてもらった。


アントニーはすっと建物の影からパトリックの様子を見張り、バイロンが私とジンを守るように立つ。そして足がカクカクしている私のところへペティが来て、「お疲れ様、がんばったわねキキ。今の映像記憶を見せてもらえる? どう対処するか考えるから」と言った。


ジンに支えてもらいながらペティへ映像記憶を見せると、微笑みながら頷いて私の肩を撫でた。


「本当によく頑張ったわね。あとは任せなさい、ここまでできるとは思わなかったわ。彼には少し優しく諭せばいいだけになってるし、もうキキを煩わすことはなくなるでしょ。帰りはジンに任せて大丈夫よね?」


「ああ」


「じゃあキキ、また会いましょう? 次の納品日にも付き合ってほしい場所があるから、時間を空けておいてくれる?」


「うん……ありがとうペティ。アントニーもバイロンも、心強かった、ありがとう」


護衛の二人も少し振り返って笑顔を見せた後、小さくサムズアップをして警戒に戻った。手を振って三人と別れ、ジンと一緒に歩き出す。


「……久しぶりに、総毛立った」


「だろうな、お前が一番苦手なパターンだった。がんばったな」


「みんなが、いたから」


「……そうか。お前が一番乗りで『青い池』に到達したな」


「そう、かな」


「ああ。周囲を信頼して、お前が一番恐ろしいと感じるものと対峙したじゃないか」


「そっか。少しは強くなれた、かな……」


「味方を裏切らなければ、きっとお前は強くいられるだろ」


「そうだね」


私とジンは、ゆっくりと工房への道を歩いて帰った。





  

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