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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第四章 ZERO RANGE
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あたたかい味方 sideキキ

  




工房へ帰って、寝る前にジンとギィへ話をした。私もうまく話すのは得意じゃないからつっかえつっかえだったとは思うけど、彼らはさすがに意味を取り違えたりはしないし安心して話せる。


「……んじゃ、愛人っつうのは諦めたんだな? 渋々ってわけじゃなくて、その選択がユリウスをどういう気持ちにさせるのかも、わかったのかよ?」


「うん、わかったと……思ってる。ユリウスも怒ってはいなかったけど、ガッカリはしてただろうし」


「……そうだな。キキはユリウスがそう言われてどれだけ落ち込むか考えが及ばなかったんだろ。自分が愛人で当然だと思ってるから、あっちもそうだと思ったな?」


「うん、一夫多妻が認められてるなら特に支障ないんじゃないかなって思ってたかも。でもユリウスはそう思ってなかったし、一般的にもそう思われていないのは、わかった」


二人は心底ホッとした様子で肩の力を抜いた。

……そんなに心配かけてたんだ、悪いことしちゃったな。


「それにしてもよ、ランベルトがそこまでやるとはなー。お前、思ってたより周囲に味方が多いな」


ギィはランベルトがどうやって私とユリウスを会わせたか聞いて、愉快そうに笑っていた。怒られるかと思ったけど、逆に「ぶっは! すげ~」と爆笑されてしまった。


でも私は他にもやるべきことがあると思っていて、そのことも相談したかった。二人へおずおずと「それでね」と言うと、「お、まだ何かあんのかよ?」なんて目を丸くする。私がこんなに相談を持ちかけるのが珍しいんだろう。


「私、レオナたちともっと話してみたい。ペトロネラにもお礼を言いたいし、まだ勘違いして私を『身分違いの恋から救う』って思ってる男がいるなら、自分でその人に『それは勘違いだし、別にあなたに救ってもらいたくもない』って言いたい。自分できちんと言って、守られてるだけの状態じゃない私になって、それから……ユリウスに言いたいことがあるから」


二人は「へぇ……」なんて言って、珍しいものを見たような顔をしていた。

なんか緊張するから、そんな目で見るのをやめてほしい……


ジンは「……わかった」と一言。

ギィはニカーッと笑って「おもしれえ、やっちまえキキ」と、ここ数か月で一番の笑顔を見せた。


「ペトロネラってのは飴くれたおばちゃんだろ? 護衛がついてるってレオナが言ってたらしいが、その護衛がお前まで絶対守るとは限らねえ。カマす時はできれば俺たちもいる時にしろ。ダメなら結界出しておもちゃ屋に逃げ込め」


「うん」


「……お前、結界以外にもやろうと思えば攻撃できるモノ、持ってるだろう」


「……えっと」


「……俺たちには隠さなくてもいい。それでお前を軽蔑したりするわけがない。自分の身を守るためなんだから。少しくらい痛い目に遭わせてもいいヤツってのはいるからな、躊躇うな」


「わかった。その時には、殺さない程度に、迷わずやる」


――実を言えば、私は複数の「人を殺傷できる術」を持っている。でもそれは治癒師としてやってはいけないこととして、法的に「治癒師十戒」という定められた禁則事項があるから使わないだけ。


具体的な方法を挙げればキリがない。頸動脈へ「不必要な弁」を形成するだけで脳血流量の低下を起こし、緩慢な死か重篤な高次脳機能障害を引き起こせるだろう。視神経を断絶すれば失明させられるし、私の魔法制御力ならば心臓をぎゅっと結界で締め付けて心筋梗塞のような症状を引き起こすこともできる。


それらは当然十戒で定められた「悪意をもって人を害することを禁ず」に抵触するわけだし、進んでそれらを駆使しようなどとは一度も考えたことはない。私は治癒師組合に登録もされていないモグリの治癒師だけれど、最初からエマに「十戒を守ると誓うなら指導する」と言われている。それを今さら破る気はないの。


でも命の危険が迫ったら、私は使ってしまう気もしている。デミで「話せばわかる」などと言ってるヒマはないし。今までそんなピンチに陥らずに済んでいるのは、ひとえにオピオンのタトゥを入れた後で治癒師になったからだ。


まあ十戒を破っても情状酌量が与えられるケースも多い。治癒師は外国では貴重な存在なので、誘拐事件に遭うことがある。そのとき十戒を破って誘拐犯を殺してしまった治癒師は無罪放免だったそうだし、男にストーキングされていた治癒師が軽く頸動脈を魔法で絞めて気絶させたというケースもあった。


私がやろうとしていることに情状酌量の余地があるのか知らないけど、どうしても逃げられなくてつっこまれそうになったり、攫われそうになったら少しくらい麻痺させてやろうと思う。


あのとき賢者に言われたこと、今ならわかるもの。


『これまで以上に自分の体を守りなさいな。いつか、たった一人に自分を捧げようと思える日が来るまで』


――あれはデミのケダモノから守れというだけの意味でもなく、自分を安売りするなという意味でもなかった。


ユリウスが大切にしてくれている私を、自分自身が大切に守り、ユリウスになら丸ごと捧げてもいいと思う、その心と体を守れと。ユリウスが悲しまないように。私を大切に想ってくれているジンやギィやヨアキムが悲しんで悪夢に掴まらないようにと。


あの時、賢者はこう言ってたんだと、最近ようやく、わかったの。





*****





ジンたちに話した翌日、ヨアキムにももちろん全て伝えた。「ギィの怒りが解けた以上、ユリウスの工房出入りも自由にしてかまいませんか?」と聞かれたけれど、それはまだ少し待ってと言った。


「どうしてです? 親切なランベルトさんにあまりお世話をかけてもいけないでしょう?」


「えっと、ちょっと私の気持ちの問題なの。ユリウスに来させるんじゃなくって、自分から……ユリウスに近づいて行きたいと、思ったの。あと少しだけ、ユリウスに言うのは、待って? ちゃんと胸を張って、ユリウスのいる場所へ行きたい、から……」


ヨアキムはふふっと笑って、「なるほど、その気持ちを持ってユリウスのところへキキが飛び込んで行ったら、彼はとても喜ぶでしょうね」と楽しげに言った。


私の言う「ユリウスのいる場所」がただの所在地や座標でないことは、ヨアキムならきっとわかってくれると思ってた。だから私も笑って、ヨアキムにぺっとりした。私の大切な「お義父さん」は、そうやって微笑んでくれると、思ってたよ。






昼食を食べた後、今日はギィと一緒にシュピールツォイクへ納品に出かけた。もしレオナやペトロネラに会えたら、今日は私がお茶に誘おうと思ってる。


……今までそんな風に、誰かを誘うなんてしたことがない。

なんて言えばいいかなと思って、妙に緊張してしまう自分に呆れた。ほんと、フィーネの言ったことって当たってる。私の世界はほんとに小さい。誰かをこうして自分から誘おうと思うこと自体が初めてだなんて。


納品が終わって、周囲を見渡してもレオナやペトロネラは見当たらない。どうしよう、ケヴィンに繋ぎを付けてもらおうかなと思った時、ふっと目が合った女の子が私へにこっと笑いかけた。もしかしてと思って、緊張しながらその子に話しかけてみる。


「あ、あの……もしかしてレオナの友達……?」


「そうよ! こんにちはキキちゃん」


「こ、こんにちは。あの、その、今日、レオナは?」


「今日は外にいると思うわ。呼んでこようか」


「あ、えっと、一緒に行く、よ」


「そう? ふふっ じゃあ行こう?」


ギィに目くばせすると微かに頷き、「行って来い」と手を振られたので安心して彼女の後をついていった。正面入り口を出てすぐ左の植え込みでレオナが油断のない目つきをして立っているのを見つけ、こんな風に見張っててくれたのかと申し訳ない気持ちになった。


「あらアイラ……えー! キキちゃん! ……っと、いけない! みずからアホを呼びこむような大声出してどうすんのよ、私……っ」


レオナはすごく驚いて私を見つつ、叫んでしまった自分の口を押さえて慌てている。なんだかその様子がおかしくて笑ったら、レオナはぷくっと頬を膨らませて拗ねた表情になった。


「なによぉ、笑わなくてもいいでしょ、キキちゃんってば! でもほんとどうしたの? 何か困ったことがあった? 力になるわよ!」


「ふふ、違うの。あのね、レオナたちにありがとうって、改めて言いたくて。えっと、アイラも、ほんとにありがとう。これからは、私も付き纏ってきそうな人には『勘違いしないで』って言おうと思えるようになって。だからその、お茶でもする時間がないかなって……」


支離滅裂になって緊張している私が、必死に慣れないことをしているのに気付いた二人は破顔一笑。

「もっちろん! おしゃべりしよ!」と言って喫茶店へ一緒に入ってくれた。


「うっれしいなあ! 私たちは野次馬だってわかってたし、キキちゃんから見たらうざったい存在だろうなって思ってたから」


「そ、そんなことないよアイラ。レオナも、私のことちゃん付けなんてしなくていい、キキって呼んで」


「あっは! わかった! じゃあ野次馬から友達に昇格かな?」


「もちろんだよ。よくわかってなくて……守ってもらってることも知らないで、今までごめん」


「何言ってるのよ! 私たちが勝手にやってることなんて知らなくて当然でしょ。ねえレオナ、みんなにもキキが感謝してたって伝えたら、きっとすっごく喜ぶよねえ?」


「そりゃそうよー、私の家の隣に住んでるお姉さんなんてね、『赤ん坊がいるから見張りに行けなくてごめん。でもアホ男を呪う念波は飛ばしとく!』なんて言ってたもの!」


「ぷっ……念波? あははっ! おもしろいね」


交替で見張りに来てくれている人の中には、元々はレオナの知り合いではなかった女性までいる。おもちゃ屋の常連の中でそういう動きがあることを聞いて仲間になってくれた人がかなりいるそうだ。


……どうしよう。

そんなにたくさんいるんじゃ、お礼に焼いてきたアイスボックスクッキー、足りないかも。


「あのね、お礼にと思ってクッキー焼いてきたの。でもそんなにたくさんいるんじゃ、足りないよね。今度また焼いてくるね」


紙袋にごそっと入れたクッキーを差し出すと、レオナとアイラは目をキラキラさせて「いいの!?」とすごく喜んでくれた。みんなで分けて食べるから、大丈夫よ気にしないで!と言ってくれたので、少しホッとしてしまった。


「あ、それでね……ペトロネラ……さん?にも会いたいと思って。随分その、護衛を雇ってまでいろいろしてくれてるなら、直接会ってお礼を言いたいし。それに、まだ私に付き纏おうとしてる人がいるなら、その人に直接『迷惑です』って言いたいから教えてもらおうかなって」


「なるほどねー! 本人がガツンと言えるなら、それが目を覚まさせるのには一番かもしれないわよね。おっけ、ペトロネラさんに言っておくから、次の納品日教えて? それに合わせて来てもらうわ」


「い、いいのかな、こっちの都合で……」


「大丈夫よぉ。キキが会いたがってるって聞いたら、きっとペティも喜ぶ!」


アイラが急に「ペティ」と愛称呼びするので驚き、「その人、紫紺の上流階級なんじゃ、ないの?」と聞いた。


「あっは、対外的には『ペトロネラさん』って呼んではいるけど。元々そんな上流階級の人だって知らないで仲良くなったしねえ。おもちゃ屋繋がりで仲良くなった子はみんなペティとかペティおばさんって呼んでるのよ」


「そ、そうなんだ。気さくな人、だね」


私の中で勝手にイメージしていた上流階級の人とは少しだけ印象が違う「ペティ」。そう言えば私が見た上流階級って、煌びやかでみんながすました顔をしていたあのパーティーだけだったかも。そっか、私ってかなり先入観だけで物事を見ていたんだな……


ユリウスが「氷雪の貴公子」の仮面を持っているように。

クレメンティーネに「悪党」という裏の顔があったように。


上流階級って言っても、様々な人がいて、その人間性は千差万別、なんだ。

私たちと、何も変わらない人間、なんだ。


私はようやっと、そのことを心から納得することができた。





  

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