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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第四章 ZERO RANGE
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溶ける葛藤 sideキキ

  




ランベルトはあれから「少しだけ準備にお時間くださいね」と言って、こんな深い話をしていたなんて雰囲気は微塵も見せずにエルたちのところへ戻っていった。そしてジンとギィに幻獣像の進捗を聞き、嬉しそうに頷いている。


「すごい、荒削りでもなんとなくグリフォンの形になってますね。細かい作業が始まるのはいつ頃なんですか? 楽しみだなあ」


「もうここまでやれば、後はコツコツやってくだけだな。今後は二人ずつ通ってくればいいと思う」


「二人必要なんですか、やっぱり大きいと大変な作業ですねえ」


「俺たちなら一人でもいいけどよ、キキはいま一人で歩かせらんねーからな。だけど細かい仕上げはキキに任せるのが一番なんだ」


「ああ、あの噂の件ですか。それならうちから護衛を出してキキさんの送り迎えをしますよ。うちへ来させるために工房の人手を減らすのは申し訳ない、効率が悪くなるでしょう?」


「……いいのか? 工房はデミにあるんだぞ?」


「あはは、それこそキキさんが一緒ならデミも問題ないでしょう。私の信頼している蘇芳の護衛がおります。二名つけて、万が一にもキキさんに危害など加えさせませんよ」


「それは正直言って助かる。いいか、キキ」


「うん、ありがとうランベルト」


「いえいえ、当然のことです。じゃあいらっしゃる日がいつになるかだけ打ち合わせさせてくださいね」


ランベルトはさくさくと話を進め、私は四日後に蘇芳の護衛付きでこの屋敷へ来ることに決まった。ギィは「サービスいいじゃんランベルト」と上機嫌だったけど、たぶんこれは私をフリーで動かすための策なんじゃないかなと思う。


……正直言って、ギィの裏をかいて動くのは罪悪感がある。ギィは私を心配してくれているのがわかってるんだから、今日のランベルトの話を聞いて「愛人という方法は間違ってるとわかった」と言えば許されるんじゃないかとも、思う。


でも私はあの時ギィが言った「こいつにそんな行動力はねえ」という言葉に、少しカチンときていた。見返してやるとまで思ってるわけじゃないけど、ユリウスに会いたければ私は動くと理解してほしい気持ちはある。


今までは本当に、どうすればユリウスに会えるのかという方法がまったくわからなかった。デミの外への接点はシュピールツォイクしかないし、工房にはヨアキムしかいない。その両方ともにギィが張り付くので、私は八方塞がりだった。


賢者に頼ってみようかと思ったこともあったけど、工房の中で「ユリウスに会う方法を教えて」なんて入力したあげくに返答をギィに見られないで済む保証もなくて諦めた。こう考えると私って本当に手段が乏しいというか、世界が狭いな……





*****





四日後、私は初老の蘇芳の護衛に迎えに来てもらった。筋骨隆々で、並んで歩くと自分が棒っきれにでもなった気がする。道中「お手数かけてすみません」と謝ると「そのために雇われたのですからご心配なく」とカタい返事が返ってきた。


少し萎縮しながら歩いていたら、片方の人が気の毒に思ったのかもしれない。少し柔らかい調子で話しかけてきてくれて、「自分たちが選ばれたのは、若い男だと例の噂に悪影響があると判断されたからです。ランベルト様はパズル店へも根回ししてあって、我々が蘇芳の護衛だということもきちんと伝えてありますから」などと教えてくれた。


……どう悪影響があるのかよくわからないけど、きっとランベルトのことだから私より聡明に世の中を理解してるんだろう。こんな納得の仕方って思考を放棄していて良くないことかなあなんて思いながら、屋敷への道を歩いた。


到着するとエルが駆け寄ってきて「いらっしゃいませー、キキさん!」と飛び付いてきた。笑いながら「こんにちは、エル」と言って作業部屋へ行くと、ランベルトが「エル、すまないけどキキさんにお話があってね。ちょっとだけ私に時間を貰えないか?」と言った。


聞き分けのいいエルは「はーい!」なんて言いながら作業部屋を出て行き、私たちは椅子に腰かけて向かい合う。


「今日の作業はどれくらいで終わります? できたら半分くらいの工程で切り上げて、ファルケンハイン家へ伺いたいんですよ」


「……ファルケンハイン?」


「ユリウス様のおうちですってば」


「あ、ああ……ええ? 家へ行くの?」


こっくりとランベルトは頷き、私にメイドのお仕着せを渡してくる。つまりこれを着てからお付きの者としてユリウスの家へ行くらしい。どうしてこんな変装をしなくちゃいけないのかな。


「あの、これ、着なくちゃだめ?」


「申し訳ありませんが、今のところキキさんとユリウス様の噂は確定ではないという現状があります。噂は噂ってことですね。で、その状態で堂々とユリウス様のところへキキさんが通った場合、中枢会議所内のユリウス様の政敵か、身代金狙いの小悪党がキキさんを狙う可能性が捨てきれないんです。政敵の方はユリウス様がどうとでもするでしょうが、それでも突発的にキキさんが現れることに即時対処できるかどうかは運次第になるでしょう。なので、変装していただきます」


「あ、はい、わかった。なんかごめんね、全部ランベルトに頼りっぱなし。私ってそういうことまで考えが至らなくて……ほんとに頭が悪い。ギィに怒られるのも当たり前だよね……」


「何言ってるんですキキさん。私はこの街で商売をやってるんだから、そういうことがわかって当たり前。逆にキキさんは幻獣像の彫り方や治癒魔法のことがわかって当たり前なんでしょう? 私には逆立ちしたってそんなことわかりゃしません」


ランベルトは肩を竦めて、私が落ち込むことはないとおどけて見せた。私はそういうところがヨアキムそっくりだと思って、「ふふっ、ランベルトは優しい」と笑った。




二時間ほど幻獣像の作業をしてから切り上げると、驚いたことにランベルトはエルも一緒に連れて行くと言い出した。あのアバズ……じゃなくてアヴァンジュレとかいう家のことが解決し、少しずつでもエルを外へ連れ出したいと思っていたらしい。


エルは家の中にほぼ閉じこもっている間は勉強熱心で、きちんと家庭教師について学び、将来はランベルトの跡を継げるようになりたいと言っているんだそうだ。なので今回は実地で父の仕事を見せる意味合いもあるんだとか。


「キキさん、まっかせて! ユリウス様との逢瀬は従者ランベルトとエルネスタがサポートするから!」


「え? ええぇぇ? 勇者じゃなくて従者なんだ……」


……なんでエルまで知ってるのかな。エルは例の噂のこともすっかり聞いているみたいで、まるでレオナみたいに生き生きしている。そんなにあの噂って楽しいのかな。


「すみませんキキさん。でもエルは頼りになると思いますよ? 私がここ最近エルを連れて歩くのは知れてきてます。噂にもなってるんですよ、『レイズ商会会頭の娘は、目は不自由でもそうとは思わせないほどスムーズに動くし賢い』ってね」


「んっふふ~」


「すごいね、エル」


つまり私はエル付きのメイドという体裁でついて行くから目立たない。目立つのはエル、というわけだ。頭のいい人というのはすごいものだなと思いながら、私はどう着ていいかわからないお仕着せを本物のメイドさんに手伝ってもらって着用。伊達眼鏡をかけた上に頭へホワイトブリムとかいうのを乗っけて、あの紫紺のパーティー以来の「仮装」を完成させた。





*****





ファルケンハイン家へは既にアポイントメントを取ってあって、あの水晶に関してユリウスに便宜を図ってもらったお礼を兼ね、少々仕事の話がしたいと言ってあるのだそうだ。


ユリウスは「そんなに気を使わないでください」と言っていたらしいけど、ランベルトは持ち前の商売人スキルを駆使して面会の約束を取り付けた。ユリウスがエルに会わせてくれと頼んだ時と逆の構図になってるなと思うと少し笑ってしまいそうになる。


ユリウスの家へ着いて中へ案内されると、ユリウスのお母さんが出迎えてきた。


「ようこそいらっしゃいました。申し訳ありません、ユリウスはすぐ戻ると思いますので、こちらでお待ちくださいますか」


「奥様自ら出迎えてくださるなど恐縮です。こちらは娘のエルネスタでございます」


「初めましてファルケンハイン夫人、お会いできて光栄です」


「まあまあ! 噂のご息女ですね、なんて可愛らしい。お待ちになってる間にお菓子などどうですか? 甘い物はお好き?」


「よろしいのですか? 甘い物はとても好きです!」


エルは子供らしいところを見せながらも、持ち前の明るさと賢さを発揮してユリウスのお母さんを魅了していた。すごいなあ。ランベルトも恐縮しつつ応接へ案内され、私はエルの側で立ったまま静かにしていた。


ユリウスのお母さんはとてもおっとりした優しそうな人だ。上品で、優雅。細身だけれど育ちの良さが滲み出るその動きは、マダム・ヴァイオレットを彷彿とさせた。ああ、こういう人の元で育つから、ユリウスも上品なんだなあ。


夫人はひとしきりランベルトやエルと他愛ない世間話をし、ころころと笑っていた。すると執事が静かに入室し、夫人へ耳打ち。ぱっと笑顔になった夫人から出た言葉で、私は急に緊張感が増してしまった。


「お待たせいたしました、ユリウスが戻ったそうですわ。では私はこれで失礼致しますわね」


「ご親切な対応に感謝いたします」


ランベルトと夫人の様式美のような挨拶が交わされ、夫人と入れ替わりに入ってきた人の姿に心臓が跳ね上がる。


――ユリウス。


どうしてだろう、すごく顔が熱い。久しぶりに見る彼は、相変わらず私の大好きなかっこいいユリウスだった。まともな思考もできないくらい茹だった頭で見つめていると、笑顔でユリウスはランベルトに挨拶し始めた。


「やあランベルトさん! わざわざ来てくださるなんて嬉しいですよ。それにエル、久しぶりだね、元気そうでよかった。ああ、よかったらそちらのお付きの方も座ってくださ……い……」


ユリウスは私と目が合った瞬間、ギシッと動きが止まった。信じられないものを見たように目が見開き、口もポカンと開いている。


私はと言えば彼の声を聞いたときになんとなく「少し疲れてるかも、ユリウス」と思い至り、反射的にスキャン方陣でチェック。これはもう習慣になってるから仕方ないと思うの。だってしばらく会わないうちに、彼の肩凝りはひどいことになっていた。


そっと治癒魔法をかけてから黙っていると、ユリウスはあの日のように一瞬で首から上を真っ赤に染め上げてしまった。


「え、あ……キキ……? ランベルトさん、えっと、これは」


「レイズ商会からのお礼でございます、ユリウス様。私とエルは幻獣像の削りかすの水晶をどう使用するのが適切かというご相談をしに来たわけでして。まあ研磨して魔石として売却しようかなとほぼ決定しているんですけどね、そこは対外的に悩ましいので中枢議員様と相談してゆーっくり決めたいんです。どうでしょう、大体四日ごとに相談に来てもよろしゅうございますか?」


「エルまで、協力してくれたの?」


「もちろんです! ユリウス様、以前エルの部屋をご覧になったでしょう? 私もユリウス様のお部屋が見たいです!」


この見事な商売人親子は絶妙な話術と連携で、ユリウスの部屋へ私たちを案内させた。そして書斎で待っていますと言いながら、私たちを姿見のある寝室へと押し込めてしまう。


ぱたんとドアが閉められた瞬間に、ユリウスは私を抱き締めた。


「キキが会いに来てくれた……! すっごく嬉しいよ、会いたかった!」


顔が、熱い。

ユリウスの顔もまだ赤いけど、私だって相当赤いはず。

以前ならきっとユリウスをそっと押し返して離してもらってたけど、今日はどうしてもこのままでいたかった。私はユリウスに三か月会えないとこんなに弱るんだ、知らなかった。


だからそっと抱き締め返してから、言葉を絞り出した。


「私も、会いたかったの。ランベルトが会わせてくれるって言うから、甘えて……ギィに内緒で、ここへ連れて来てもらったの」


「うあぁ……なんだこれ、キキがかわいすぎる。帰したくないなあ、離したくないなあ!」


「そ、それは困る……ランベルトに、迷惑かけちゃう、から」


「わかってるよ、でもさあ! こんな変装までして来てくれると思わなかったんだよ、少しくらい感動に浸らせて。私の予測では単純に愛人という案を諦めて、ギィを説得するものだと……ヨアキムから工房の出禁を解かれたっていう連絡が来るまで我慢してたのに。あー、もう、かわいいなあ。こんな嬉しいサプライズは初めてだ」


「う……だってギィってば私に行動力がないなんて言うし、ランベルトの気持ちも嬉しかったし……」


「あはは、ギィに見事な意趣返しをしたね。この手はさすがにギィも読めなかったでしょ、見事な『鏡の国のチェス』だ。キキはギィが思いもしなかったチェスボードを引き寄せてチェックを回避したね」


浮かれたように笑うユリウスの声を耳元で聞きながら、私は大好きな人の匂いを吸い込んだ。芳香の満ち溢れる白百合と満開の桜の気配に包まれてうっとりしている私は、きっともうこの人から離れることなんてできない。


あんなにユリウスと結ばれる未来なんてないと決心していたのに。その気持ちを貫き通せるはずがないというのは、この恐ろしいほど私を惹きつける人の恋しい体温で思い知らされた。


ユリウスが、好き。

ただ、それだけ。


離れたくない、ただ、それだけの願い。

これは叶えていい、願いなんだろうか。


周りの状況に流されるだけじゃなく、私自身の意志で願い、叶える為に努力していいことなんだろうか。


そんな最後の足掻きのような葛藤も、ユリウスは啄むようなたくさんのキスで考えられなくしていった。






  

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