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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第三章 二人の距離感
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ターンオーバー sideキキ

  




私たちは週のうち二日、ランベルトの家へ三人で行くようになっていた。工房で作った木製の幻獣像を出来た順に納品していたんだけど、ランベルトの家に保管してある大きな水晶は工房で預かるのが危険だと判断したからなの。何と言ってもデミのど真ん中だしね。


ランベルトに「せっかくだから水晶製のグリフォンはエルの目の前で作っていってもいい?」と聞くと二つ返事で了承された。それで今は一部屋を作業場として借りて、通ってきては慎重に水晶を造形している。


水晶は硬度七、靱性七・五でなかなか硬い鉱物と言える。でもジンの眼鏡に使われている水晶はレンズ形成のため薄くしてあるし、結晶の生成方向に沿って衝撃が加われば割と簡単にクラックひびが入ってしまう。それを眼鏡のフレームに仕掛けた方陣で強化しているから、指弾さえ防ぐ強度になっているんだけどね。


小さな幻獣駒ならば削る時に力を入れる方向に気を付けつつ、一時的な強化方陣を水晶の一部へかける。その上で「マナの彫刻刀」で余分なところを「削ぎ落とす」感覚だ。本物の刃物でごりごりと削るのではなく、狙って設定した「面」の座標に沿って本体から「分離」させる感覚とでも言えばいいのかな。


だから私たちの作業場にはあまり細かい木くずや粉塵は出にくい。それに削いだ後の不要部分の水晶も、なるべく大きなカタマリとして残しておけば他の目的に使用できると思う。普通に魔石として研磨したりね。



そんなわけで、この大きな幻獣像を「削ぐ」作業では三人でやるのが必須だったりする。「彫刻刀」の鋭さや切れ味の良さはギィが一番。私はギィの造形したい面に対して有効な強化方陣を適度な強さで展開し、水晶のクラックを防ぐのが得意。ジンは削ぎ落とされた後の水晶が落ちてしまわないように押さえつつ取り除いてくれる。こればっかりは力自慢のジンに頼む以外にないの。


大きな「像」を作るとなると、木製ならば全部一人でやってもどうにでもなるけど、水晶製で削りかすも大切な資源となれば三人がかりってことね。


そんな私たちの作業を、エルは大冒険の物語を聞いているようなわくわくした顔で感じ取っている。危ないから薄い結界を張った向こう側にいてもらってるけど、それでも楽しそうでよかった。


「うわあ! すっごい! いま大きなお皿みたいな形の光が見えたよ!?」


「んあ? よくわかったなお前。いま削ったのはグリフォンの翼が湾曲してる部分だぜ」


「えへへ~、ギィさんのマナの光って鋭くってかっこいい! 王子様の剣筋みたいだね、エイヤって!」


「王子様ァ~!? エル、お前の中の王子様、ガラが悪すぎなんじゃねぇの」


「ぶー、剣筋って言ったもん! ギィさん自身は特攻タイプの凄腕傭兵って感じかな!」


「お、いいなソレ。エル、お前なかなかいいセンスしてんじゃん」


「えへへ~!」


――本当に意外だけど、エルと一番おしゃべりするのがうまいのはギィ。ジンはあまり話さないけど、目が見えないエルをつい気に掛けてはひょいっと持ち上げて椅子に座らせ、「今から作業をする。危ないからここにいろ」なんて言ってからおそるおそる頭を撫でる。


エルはそんな風にされても不機嫌にはならず、気に掛けてくれるジンに懐いて「はーい!」なんて笑ってる。ほんとに素直で可愛い子だなあ、エルは。


二時間ほど慎重に作業をして、荒い削りまでは済んだ。ゴロゴロと転がる削りかすを丁寧に脇の木箱へ詰めておき、ランベルトに他の使い道でも探すよう進言するつもり。


三人で「今日はこんなもんか?」なんて言ってからエルの結界を解除すると、ぱたぱたっと走ってきてエルはジンに飛びついた。


「あのね、さっきジンさんがおっきい水晶を持ち上げたのがわかった! 力持ちだね、鉄壁の守護の異名を持つ騎士様みたいだよ! それにキキさんの強化方陣のマナがねえ、すっごく薄いのにきれいな光なの! キキさんきっと魔王に攫われたお姫様を助けに行く、勇者たちの仲間だと思うなあ! ほら、治癒の力を持つ聖女様とか、神官様とか!」


「おいおい、俺ァ傭兵なのにジンは騎士でキキは聖女かよ? まあキキは能力的に間違っちゃいねえけどよ」


「……ギィさん、私の中のキャストではそれが精いっぱいかな」


「あんだとォ!? んじゃおめーアレだ、俺は魔王でいいじゃんか! うら、こっち来い! 魔王が姫様攫っちまうぜぇ~」


「うっきゃー! たすけてー!」


――うん、ギィはエルと遊ぶのがほんとに上手。エルは魔王に担がれてジタバタしながら大笑いしてる。この家の使用人さんや、エル付きのメイドさんまで笑顔になっていて、ランベルトは「皆さんが来るとこの家が本当に明るくなります」と嬉しそうだった。


その日は興が乗ったギィに攫われたままキャーキャー言うエルを、たまに「やりすぎだ、魔王」なんて言いながらジンが奪還。それをまたギィが「わーははは」なんて言いながら攫う、の繰り返し。


目が回って、笑いながらフラフラしているエルに私が治癒魔法をかけると「うわー! キキさんやっぱり聖女様だ!」と言ってまた遊び出す。


くすくす笑ってそれを見ていたら、ランベルトが「キキさん、ちょっといいですか」と言って応接間へ案内された。


「えーと、ちょっと不躾な話をして申し訳ありません。あの……街でね、噂を聞きまして。その、ユリウス様とキキさんに関すること、なんですけど」


「あ……あ~……」


「噂を鵜呑みにしてるわけではないですが、私はあなた方にご恩を感じているんです。だから私はただの幻獣像を買った客としてではなく、僭越ながら友人としてあなた方の力になりたいと思ってます。それを、お伝えしたいなと思って」


「――友人としてっていうのは、とっても嬉しい。ありがとう、ランベルト。でも恩を感じているって、どうして?」


「何を仰るんですか。私の一番大切な娘の、あの笑い声を聞いて、どれだけこの家の者が幸福感に包まれているかおわかりになりませんか? それとこれは私の憶測でしかありませんが、ユリウス様に私は一生かかっても返せないご恩を受けたはずなんです」


「ユリウスに?」


「ええ。私の妻が亡くなった経緯はお聞きになりましたか?」


「うん。結婚する時のトラブルの話も……聞いたよ」


「そうです、まさにその件なんですよ。あの話は私の被害妄想と言えばそれまでだったので、さすがに誰にでもするわけではないんです。私と妻の結婚当時のトラブルなんてそれこそ時間が経ってますから、当事者以外は記憶の彼方でしょう。なのに最近になって、急にアヴァンジュレ家当主とその妻が麻薬使用と外患誘致罪で捕縛されたんです」


「がいかん、ゆうち……?」


「要するに麻薬を手に入れる為に国外の敵をアルカンシエルへ秘密裡に入国させるとか、そういう密売ルートの隠れ蓑として協力して手引きしていたわけですよ。それが急に白日の下にさらされて、クレメンティーネはもう一生監獄から出られないでしょう。アヴァンジュレ家は取り潰されますし、罪状によっては死刑もありうる。そして彼女がこれまでやってきた犯罪行為も、いま判明しつつあるんです。

――私の妻へ呪詛を仕掛けたことも含めてね」


「やっぱり、その人のせいだったの? エルのお母さんが死んじゃったのも、エルの目が見えなくなったのも!?」


「妻への呪詛は明確にクレメンティーネの仕業だったそうです。エルネスタの失明は、呪詛の対象ではありませんが間接的原因ですよね。衰弱した妻はエルネスタを早産で出産するしかなくなったのですし。私はね、キキさん。ユリウス様とあなたへこのことを話した直後にあの女が捕縛されたから驚きました。だってアヴァンジュレ家のやり口は巧妙で、今まで何年も尻尾を掴ませずにいたんですよ? 私は探偵も雇ってあの家の動向を探らせていたし、護衛も雇っていました。そりゃ素人の私がどう頑張っても無理だったかもしれませんが、証拠もなくては軍が動くわけはないからと懸命でした。なのに……私は証拠など何も掴めていなかったけれど、軍がいきなり動いたんです。ユリウス様が、妻の無念を……私の悔しさを、晴らしてくれたとしか思えないんですよ……っ」


ランベルトは手で顔を覆って、肩を震わせた。そんな話は初めて聞いたし、それこそただの偶然ではないのかと思ったりもする。でもランベルトにとっては……娘を守るために心を砕いて生きてきたランベルトにとっては、きっと青天の霹靂だったんだろう。


私は立ち上がってテーブルを迂回し、ランベルトの側に膝をついた。震えるランベルトの肩に手を置いて、声を掛ける。


「それがユリウスのおかげかどうか、私にはわからない。ここ何か月も、ずっと会えていないの。でも……よかったね、ランベルト。エルがあんなに明るいいい子なのは、ランベルトがそうやって必死に守ってきたからだよ? 私たちがこの家を明るくしたって言ってたけど、エルが明るいのは間違いなくランベルト、あなたが頑張ったからだよ。よかったね。本当に、よかったね」


「……キキさん……あ、ありがとう……」


涙が止まらなくなったランベルトは「はは、みっともないな。すみません……」と言って、なんとか持ち直した。そっと治癒魔法をかけてから席へ戻った私は、この温かい「父親」の泣き顔が、ジンの無事を喜んで泣いたあの時のヨアキムに重なって見えて仕方なかった。





*****





ランベルトは泣いてしまったのを恥ずかしがりながら、「そういえばキキさん、ユリウス様に何か月も会えていないんですか?」と不思議そうに聞いた。


――私たちを「友人」と言ってここまで深い事情を話してくれたランベルト。彼には変に隠し事をする気にはなれなくて、簡潔にいままでの事情を話してみた。そして私が「デミ限定の愛人でもいいと思ってる」と言うととても驚き、ギィの怒りに触れて会うことができなくなったと話したら「当然でしょうねえ」と言った。


「ランベルトも、そう思うの? どうしてだろう、みんな私がデミ出身でもユリウスのそばにいることに問題なんてないって言う。きっとこっちの人はデミがどんなところなのか知らないんじゃないかな……」


「いやいや、キキさん。デミの悪党が狙うのは弱者でしょう? 悪党は金の匂いを嗅ぎつければ殺してでも奪っていく。その被害者が中央の街にいないわけないでしょう。みんなよーく知ってますよ?」


「じゃあなんで……」


「キキさんはまるで、デミの人間と外の人間が違う生き物だとでも思ってるみたいですね」


「……そう、かも」


「じゃあ私の妻を殺したあの女はデミの人間でしたか? 中央の街の高位階級なんて呼ばれている者にだって悪党はいる。そしてデミにだってあなた方のようにまっとうに生きている人たちがいる。私はあの噂を信じて動いている女性たちは見る目があると思いますけどね。あなた方が誠実な商売をしているのを知っているから、デミ出身でも色眼鏡で見ずに味方になってくれてるんでしょう」


「それは、嬉しいけど……ユリウスが議員という生き甲斐を失う危険を冒したくない」


「こうなった以上、その考えは間違ってますね、キキさん」


「間違って……る?」


「ええ、大間違いです。いまこの国の至る所であなた方の噂が流れているんですよ。それによってユリウス様は『身分などではなく、その人自身を見極めて接する人格者』として大変な尊敬を集めつつあります。その彼がキキさんと結ばれずに、最終的にどこかの中枢議員の娘と見合い結婚した上であなたを愛人にした場合、どうなると思います? 私には求心力を全国的に失ったユリウス様が国民から総スカンをくらい、中枢議員としての価値を地に落とした上で失脚する未来しか見えませんが」


「 !? 」


え……えっと、えっと。

そうだ、この前レオナが言ってた「中枢議員は一般人に賛同者やシンパがどれだけいるのかが重要」ってこと? ユリウスが中枢議員を続けていくには、私と結婚するしかないっていう事態に、なっている?


いつの間にそんなことになったの!?

なんでこんな逆転現象が起こってるの?

何の手品を使ったの、ユリウス……!


大混乱し始めた私を見て微笑んだランベルトは、「ではキキさん。及ばずながらレイズ商会の会頭ランベルト・紫紺がひと肌脱がせていただきましょう。ユリウス様に会いたくないですか?」と私へ問いかけた。


そうだ、ここ三か月会えない間にあまりにも急速に事態が進んでいて目が回る。それも全部、私の知らない間に、知らない人たちが動いては情勢を激変させていた。


ユリウスに会って、話を聞きたい。フィーネが言うように私の世界はとても小さくて、この国で何がどう動いたかなんてまったくわからない。彼が何を思ってこんな大袈裟なことに身を投じたのか。私が本当にユリウスと恋人になったり伴侶になったりした場合に何が起こり得るのか。何もわからないし、予測がつかなくて怖すぎる。だから私はランベルトにこくりと頷いたんだけれど。


たぶん本心ではそんなこじつけより何より、ただ彼に、会いたかった。





  

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