渦中の人 sideキキ
最近、ジンやギィと一緒にシュピールツォイクへ納品に行くと妙な視線を感じる。別に命の危機を感じるようなものではなくて、なんていうか……様子を窺ってるっていうか。
「ほんと、変な視線だよな。お前に向いてるから男かと思うけど違ってて、大抵は女なんだ。それもおばちゃんとか姉ちゃんとかって年齢。何なんだ?」
「うん……しかも何の敵意もないんだよね。目が合うとにこって笑うし」
納品していると、パズル屋のケヴィンはおもしろそうに私たちを見た。
「なあ、ユリウス様と最近会ったか? この前は研究会なのに来なかったよな?」
「……あいつはしばらく来させねえよ」
「なんだ、ケンカでもしたか」
「ちげーよ」
「……ふん? キキのことか」
もう……こんなところでその繊細な件を話題にしないでほしい。ただでさえギィに監視されてて、居心地悪くて仕方ないのに。
私が目を逸らして何も言わないでいると、周囲ですっごく私たちの会話に耳を傾けてる人がたくさんいることに驚く。ギィも気付いて、ぎょっとしてた。
すると一人の初老の女性が近くへ来て、私に笑いかけてから「これ、食べて。私たちは味方よ、元気を出して」と言って飴玉をいくつもくれた。あまりのことにポカンとしていると、周りにいた女の子数人がウンウン!と頷いてからグッとこぶしを握り締めて「がんばって! 応援してる!」と言う。
何を応援? 味方? 私たち、何かと戦ってたっけ?
ギィはギィで呆気にとられ、「なんじゃそりゃ」と呟いた。うん、私も同じ気持ちだよ、ギィ。ほんとに何のことかわからないよね。
二人でケヴィンの方を見ると、ヘルゲそっくりの仕草で「くっくっく……」と笑っていた。
「……ケヴィン、何のことだかわかるの?」
「さあな。まあ何だ、俺は自分が見て聞いたことしかわからんからな」
「てことは何か見たんだろ? 吐けよ」
「そういう直情的なことじゃ、俺を下すのは数十年先になるぞ、ギィ」
「うっせ、ゲームたぁ違うだろ。何見たんだよ」
ケヴィンは親指で顎を支え、まるでチェスで面白い手を差されたような顔をしている。私たちが駒にでも見えてるのかな。
「……数日前、ブランをつれたユリウス様が三階のイザベル店長のところへ行った。店長は『本当なの?』と詰め寄り、ユリウス様は少し困ったように頷いた。すると店長は感極まってユリウス様をサバ折り……じゃないか、抱き締めてな、『私が味方よ!』と叫んだ」
「味方……」
イザベル店長って、ぬいぐるみ屋のゴツい人よね。ユリウスのこと、好きなのかな。あの人と好きな人が同じっていうのも、少し複雑なんだけど。
「その後ユリウス様は、ブランを可愛がってくれる顔見知りの常連客にも掴まり、同じようなことを聞かれたが、その時はただ困った顔をして笑っただけだった。だがユリウス様がブランを連れて階段を降りて行くと、その常連客の女の子たちは『守ってあげないと』と言って、店を飛び出していった」
「……守る?」
「ああ。その後俺の所へ来て『幻獣駒の工房の人が納品に来るのはいつですか』と聞いてきた。それが、さっきお前に頑張れと言っていた子だ。ちなみにその子たちはお前らが納品に来る日がわかると、今まで常連ではなかった知り合いまで引き連れてこの店の周囲を警戒しながらうろうろしてる」
「な、なにそれ。よくわかんないけど、営業妨害っぽくない……?」
「いや、それは俺にも話が来ているから黙認してるぞ。あいつらはな、お前を守ってるんだ、キキ。パズルを買いに来る客の邪魔は絶対しないという約束をしているし、警戒っていうか見守ってるっていうか、そんな感じだな」
「……へ? 私を? 何から守ってる、の?」
もう何が何だかわからない。でもギィは「うわ……そういう手かよ」と呟いて苦い顔をした。私はほんとに、頭が悪いのかもしれない。そんなのわかってはいたけど、ギィにはすっかり理解できている様子なのが少し悔しかった。
「ねえギィ、わかったなら教えて」
「んあ? あー……」
「くっく……ギィ、もう手遅れだと思うぞ。俺の読みが当たっていれば、ユリウス様はこの店どころじゃない規模で何かを動かしてる」
「マジか……」
「まったく、こういう盤上を支配する力はさすがだな」
……だめだ。なんかチェスのことに例えて話してるみたいだけど、こうなるとケヴィンもギィも私に説明なんてしてくれない。もう何も言わずに、考え込むギィの後をついて店を出る。
ちらっと後ろを振り向くとさっき飴玉をくれた女性がひらひらと手を振っていたので、釈然としないままだったけど会釈だけしておいた。
*****
数日後、今度はジンと一緒に納品へ行くと、また例の女の子に会った。ギィは結局なにも教えてくれなくて、私はモヤモヤしたまま。だから思わず彼女に声を掛けてしまった。
「あの……よくわからないけど、何を応援……してくれてるの?」
するとその人はキョトンとした後で目を丸くし、「あ、そっか! ……知らないのね?」と言う。もう、ほんとに誰も彼もが肝心なことをボカして私に言うからイライラしてくる。
「何のことかわからない。だから、応援されても、困る……」
「そっか……ねえ、ちょっとお茶しない? そっちの男の子も一緒にどうかな、奢るわよ?」
ジンを振り向くと困った顔をしたけど、ケヴィンが「その子は何もお前らに不利益になるようなことはしないと思うぞ」と言うのでジンは納得した。
「……わかった。奢る必要はない、俺たちも何が起こってるか知りたかった」
「ぷは、わかったわ。こっちよ!」
ランベルトと話をした喫茶店へ入ると、彼女は自己紹介を始めた。
名前をレオナと言って、年は二十二歳。雑貨店の店員をしている。
ぬいぐるみやかわいい小物が大好きで、三階のぬいぐるみ屋CutieBunnyの常連。昔からユリウスとは三階でよく遭遇していて、店長さんに挨拶している間にブランを可愛がらせてもらっていた。
「えーっとね、ちょっと私も早とちりしてたかな。ごめんねキキちゃん、そんなに今の状況を知らないと思わなかったのよー」
「……何が起こってる、の? 何から私を守ってくれてるの?」
「んーとね、始まりは金糸雀の里からかな。そこで一つの恋歌が大流行したの」
「恋歌?」
「そ、身分違いの男女が、お互いを思いやるあまりにすれ違う恋物語。その恋歌にね、セリナっていうすごい踊り子が振付をして各地を興業したのよね。それがまた大ヒット。あまりの人気っぷりに次は露草の商売人が乗り出してね、セリナの映像記憶を撮影して売りたいって言ったらしいわ」
「ふ、ふぅん……?」
「セリナはそれを快諾して、その映像記憶の魔石は全国に売り出された。もちろん生で見たいっていう要望もひっきりなしで、建国祭でもないのに噴水広場でセリナが舞ったのが、二週間前の話」
「……はぁ」
「これ、ここ三か月の間の出来事なんだけどね」
「……はぁ」
三か月前っていうと……ちょうどユリウスが来なくなった頃かな。それにしても彼女の話はちんぷんかんぷん、なんだけど。レオナは何が言いたいんだろう、流行りの恋歌なんて興味もない。帰りたくなってきた。
「まあまあ、もうちょっと聞いてくれる? それでね、セリナは観客とよくスキンシップをとってくれるところも人気なんだけど、その恋歌の舞いを見て感動した女の子が泣いちゃって。セリナはそんなに感動してくれて嬉しいって言いながらその子と少し話したんですって。でね……その時セリナがちょこっと言ったのよ。『大丈夫よ、あなたみたいな優しい心の人がたくさんいれば、彼らだってきっと幸せになれる』って」
レオナは人差し指を立てて、いかにも楽しい秘密の話をしているみたいな表情だった。私はそんなことをされてもどう反応したらいいのかわからず、レオナはとっておきの話が不発だったのを悟って「あら、まだわかんない?」なんて少し拗ねた顔になった。
「だからね、その女の子は恋歌が現在進行形で進んでいる恋の話なんだって知って大興奮して色んな人に話したの。そして噂になった時、それが誰のことなのか気付いた人がいたのよ」
「ふぅん?」
「その人、中枢議員でね。バトー・フルールっていう船上クラブによく出没するらしいんだけど、クラブでその恋歌の映像記憶が流れた時にセリナが漏らした噂について女の子が話題にしたんですって。そしたら『その子を知ってる。長様の在位三十周年記念パーティーに来ていた』って言ったの。で、クラブの女の子たちから更に噂が広まったってわけ」
「在位……記念パーティー」
血の気が引いた。
去年のあのパーティーでユリウスは「在位三十周年おめでとうございます」と言ってなかったっけ。まさか、私がユリウスにエスコートされたことが知られた?
身分違いの男女
恋歌
噂……!
「……それがキキだって?」
「そう。ちなみにユリウス様は困った顔して笑っただけだったけど、イザベル店長には本当なのって聞かれて頷いてたからね。んで……まあ、野次馬根性なのは認めるけど、私たちは勝手にキキちゃんを応援したいって思ったの」
「そんな……困る。どうすれば……ジン、どうしよう。ユリウスが議員、続けられなくなっちゃう。誰だろう、そのクラブに行ってた中枢議員。ひどいよ、噂になるってわかっててそんな……」
真っ青になってジンの腕へ縋りついた。クラブ通いの中枢議員って、もしかして私のことをフロイラインとか言って追いかけてた男かな。ユリウスのこと好きじゃないみたいだったし、蹴落とそうと思ったのかもしれない。
でもそんな焦燥感に駆られている私と対照的に、レオナは不思議そうな顔をしてコテンと首をかしげた。
「あー、クラブの女の子たちに教えて教えてーなんて言われて、浮かれちゃったんじゃない? でも何でユリウス様が中枢議員を続けられないなんて思うの、キキちゃん」
「……え? だって……私はデミの人間で……」
「ふうん、キキちゃんはそう思ってるわけね。でも中枢議員ってどれだけ一般人の賛同者やシンパが多いかっていうのが重要だと思うわよ。それで言ったらユリウス様って中央の街の女性をあらかた味方に付けてると思うけどなぁ。えっとね、キキちゃんに飴をあげた人を覚えてる?」
「うん」
「あの人はね、紫紺の名家出身の人なんだけど三階の常連仲間なの。それこそ身分違いの恋をして引き裂かれてしまったっていう過去を持っていてね。まあ何十年も前の話だし、ご本人は親の決めた相手とご結婚して静かに暮らしてるけど。だからキキちゃんのこと、守ってあげたいんですって」
「……だから、何から?」
「世間の冷たい目から。それと、興味本位で近づく男から」
「冷たい目で見られるなんて、今さらどうとも思わないけど。それにジンとギィがいるから、そんな男は私なんかのところに来ない」
レオナはちょっと驚いた顔をして、でも話を続けた。
「この一週間で、私やペトロネラさん……あ、飴をくれた人ね、その人が追い払った男どもの話はいくつもあるわよ? キキちゃんがいつ来るのかってしつこかった男はケヴィンさんに追い払われたけど、諦め悪く店の外を張っていたわ。ペトロネラさんがその男に『彼女のことは諦めなさい、余計な手出しをしたら私が相手です』って言ったの。か弱い女性だと思って、その男は怒鳴り散らしたわ。その内容をまとめると『そんな身分違いの恋なんて捨てさせる、俺なら彼女を幸せにしてやれる』っていう勘違い系ね。結局ペトロネラさんの護衛がその男を拘束して、勘違いが直るまでお説教してあげたらしいわ」
私は、開いた口が塞がらなかった。私の知らないところで、誰かが男から私を守ってるって……本当に? どうしてそこまで……私と話したこともなかったのに。
レオナの話は止まらない。私が納品に来ると、なんとか接触したい話したいと思ってる男が遠巻きにパズル店を見てる。大抵いまはジンやギィと一緒に来てるから、声をかけるスキがないかと虎視眈々。それを彼女たちは「彼女に手を出したら、この街の女全員を敵に回すと思え。中央の街では何も買えないし住めないし食べられない。さあどうする」と言って追い払う。
聞き分けのない性質の悪い男だったりするとペトロネラへバトンタッチ。彼女の護衛と権力を総動員して、その男たちへ「お説教」をする。どういうお説教なのかは、聞かない方がいいと思うわーとレオナは笑う。
散々しゃべり倒した後、彼女は最後に言った。
「……ごめんね、気分の悪いやつの話なんてして。でも一応は本人にも知っててもらわないとキキちゃんも防御のしようがないでしょ? それにやっぱりデミの子ってことで、キキちゃんたちのことを知らないくせに蔑むやつらもまだ多い。だからね、真面目に仕事してるあなたたちのことを私たちは応援したいだけなの。勝手にやってることだけど、迷惑かけるつもりはないわ」
「……えっと、話は、なんとか……理解したよ。ありがとう」
にっこり笑って、私と話せて楽しかった!と去っていくレオナを見送り、私とジンは帰路についた。
……九割レオナがしゃべり倒してたよね、よくあんなに話すことがあるなあ……
それにしても、どうしよう。
なんでこんなことになってるんだろう。
ギィが来させないから、ユリウスにもずっと会えてない。
こんなに長く会わなかったことって、あったかな……
私から会いに行くなんて、噂に真実味を与えるだけだし。
ユリウスの家は議員の両親と一緒に住んでいるから、通信もこちらからしないようにしている。ヨアキムにお願いすれば、連絡だけでもとれないかな……ああ、ダメだ、ギィにどうせ止められる。
どうしたら、いいのかな……




