Tactic sideユリウス
今日も私は官邸へ呼び出されて上機嫌な広目天に遊ばれている。こんな時にジギスムント翁は視察でご不在だし……せめてアルノルトやトビアスが来てくれないかな、と思いながら耐え忍ぶ。
「キキ嬢は元気か、ユリウス」
「はあ、元気だと思いますよ」
「なんだ、まだ落とせないのか? 存外お前も押しが弱いな?」
「押してだめなので、今は引いております」
「ぶあっはー! そうかそうか、しかしあれほどの美貌の持ち主だ。ウカウカしていると悪い虫が集ってくるだろうに。引き過ぎも良くないぞ、俺が直々にデミへ様子を見にいってやろうか?」
「国のトップともあろうお方が、気軽に護衛の方々の精神力を削らないでください」
「ぶぅっくっく……自分が会えないのに俺が会うのは悔しいか、そうか」
「……何とでもおっしゃってくださって結構ですが、デミ行きはおやめください。ルチアーノ・露草はそれくらい感知するのではないですか?」
「ん~? まぁ、あの男なら感知するだろうなあ。キキ嬢も奴の庇護下にあるようだし、その工房自体がルチアーノ所有のメゾネットだものな」
「……本当に、どうしてそこまで調べ上げているんですかあ……」
「そりゃ、お前のような面白い男をむざむざチンピラどもの餌食にしないためだ。出入りしている工房がルチアーノ以外の庇護下にあったら、引っぺがしてたぞ?」
「そうですか……それはそれは、お気づかいいただいて恐縮ですが。私もバカではないので、自衛手段はありますよ。ご心配なく」
「ふふん、俺にもその自衛手段に成り得るほどの『子鼠と繋がりたがる物好き』を『見せて』ほしいもんだがなあ~。お前のガードの固さも見上げたもんだ」
「――それを仰るなら、私のような子鼠を構いたがる長様も物好きではないですか。私ごときにギフトを向けるなど、長様の貴重なお時間が無駄になるだけですよ」
この方は薄々グラオの存在を嗅ぎつけているんじゃないのかなと、内心で冷や汗をかきながらの攻防戦だ。まったく、ちょっと退屈だなと思うとお気に入りをからかい倒す癖はやめてほしい。
アルノルトが数年前に初めてフィーネを長様に引き合わせた時など、アルノルトはもう少しで長様にデコピンをかましそうなほどイライラしていたくらいだ。フィーネの物怖じしない性格と聡明さで長様を煙に巻くことができたから良かったものの、それ以来フィーネもすっかり長様のお気に入りだからね。
ちなみにフィーネはジギスムント翁にも気に入られている。翁の精霊魔法を見て感嘆の声を上げ、「これはかの地で脈々と受け継がれていた奇跡の技ではないですか」と褒め称え、それを翁がこの地で利便性も豊かに使いこなしている工夫の数々を研究者視点で狡猾に聞き出した。
翁は研究熱心で一途な知識欲を見せたフィーネにコロリと陥落したというわけだ。夫婦揃って恐ろしいチャームを持っているものだよ、まったく。
それにしても長様はまだ私をイジり足りないようで、辟易した私は少々計画を前倒しにせざるを得ないと屈服した。餓えた虎にはおいしい餌が必要ってことなんだね……そうしないと私ごとクランやグラオのことまで暴かれて、噛み千切られてしまいそうだ。
「長様、私もあまり気が長くないもので、引いてばかりいる訳にいかないとは思っているんですよ?」
「ほう? なんだ、何をやらかすんだ? また『死者の使者』でもやるのか?」
「キキを落とすのになぜ死者に頼らなければならないんですか。それに死者の魂を私の都合で振り回すなどありえません」
身を乗り出してきた長様は目を爛々とさせて食いついてきた。そんなにおいしそうな生肉を見るような目をしないでくださいよ……
「近いうちに、世論を動かそうと思っています。キキは自分のようなデミ生まれの身でギフト持ちに関るなどありえないと思って及び腰なんです。ですので、世の常識などいくらでも変えられることを見せてやろうと思いまして」
「ぶ……ふふ……だっは! お、お前……そこまでやるのか! ぶあーっはっは! ア、アンゼルマのやり口に文句を付けたくせに、お前ぇ~! だっはっはっは!」
「……そんな大爆笑ネタを差し上げたつもりはないんですけどね。それとアンゼルマ様と議論を交わすのは『実態のない紫紺至上主義に関する世論操作』についてです。私がやるのはただの『民衆への娯楽の提供』ですよ。なのでしばらく騒がしいかとは思いますがご勘弁を」
しらっとした顔で長様へ奏上し、「一足先に『娯楽を提供』したんですから、ジギスムント翁のお怒りを逸らすのに協力してくださいますよねー?」とすかさず協力要請をした。
長様はもう息も絶え絶えに笑い転げ「ま、任せておけ……こんな面白いものをっ、見逃して、なるものか~! ジギーは、俺が責任もって……抑えるぞ……ぶーっひゃっひゃ……ッ」と息継ぎをしながら確約してくれた。
よし、これで翁が「嫁を一人手に入れるために、こんなに世間を騒がせる必要があるか!」と大噴火しても私の首の皮は繋がるだろうね。長様の援護射撃が確約されたと聞けば、エルンストさんの胃痛も少しは軽くなるだろうし。
そろそろ仕事に戻りますと言って長様のところを辞した私は、側近の方に「すみません、私の渾身のギャグが長様のツボに入ってしまいました」と丁寧に謝罪しておいた。側近の方は肩を震わせて笑いをこらえ、「ご丁寧にありがとう……ございます……」とお辞儀してくれた。私が官邸を出た瞬間に背後で吹き出す音が聞こえたので、思わずため息が出ちゃったよ。こっちは笑い事じゃなくて、それしかキキを落とす方法がないから必死なんだっていうのにね。
*****
私のクラン……つまり議員としての私を支える協力者たちの秘密組織は様々な職種の人々がいる。筆頭は露草の強力な調停能力者であるロミーだね。彼女はあらゆる業種のキーマンを押さえていて、その卓越したバランス感覚で「女神の天秤」をどの方向へ傾けるかを操作する。
今回彼女へ依頼したのは、民衆が好みそうなラブロマンスの噂を効果的に広げるにはどのルートがいいかという「流布の道筋の選定」だ。その方法と、主なターゲット層の考察をエルンストさん率いるシンクタンクのクランメンバーと共に綿密に相談してもらった。エルンストさんには「こんな考察はシンクタンクでも初めてです。瑠璃の頭脳の無駄遣いですよ……っ」と泣かれたけど。
おかげで効果的な道筋は数日で決定し、そのルートで金糸雀の素晴らしい旅芸人三名がアルカンシエル全土を回ってくれることになった。今回はあまりにも私的な頼みごとだったので、三人には直接私が会いに行ってお願いしてきたんだ。
踊り子のセリナに「やーっぱりね! あの時王子にぴったり縋りついてたあのかわい子ちゃんでしょ! そーだと思ったのよ~!」と叫ばれた。そう言えば建国祭でセリナは見たことあったね。でもあの時キキは十歳だったよ……? 私はさすがに幼女趣味というわけではないよ……?
そう言うとセリナは「関係ないわよ、それこそ女の勘よ!」と腕を組んで私を睥睨した。それがほんとなら、ちょっと私は君が怖いよ……
「しっかしこの映像記憶見せてもらってなきゃ、ちょっと信じられないトコだったなァ! 王子はてっきりイイとこのお嬢様と見合い結婚でもすると思ってたぜ」
「あー、まあ縁談はひっきりなしにあったけどさ。ほら、例の幼少期の軟禁生活のこともあってね。ギフト持ちの家のお嬢様にはちょっと食指が動き難かったんだと自己分析してるんだけど」
「ハッハァ、それにしてもド級の美人だなこいつぁ! よくまあ他の男が手出ししないもんだ」
「一緒にいた男の子が二人いただろう? 彼らががっちり守ってくれてるからね」
ショール奏者のシンバは成長したキキの映像記憶を見てヒュウ~!と口笛を吹き、ドシュプルール奏者のラザーンも眉を盛大に上げて同意した。そしてセリナは「まっかせて~、王子に遅すぎる春の到来ですものね! 切々と舞って、後世まで残るロングランの恋物語にしてみせるから!」と鼻息が荒い。そこまでしなくていいんだけどな……
セリナは「王子は変な虫がつかないようにガード固めなさいよー!」なんて言ってたけど、自分がラザーンと結婚してからは逆に姉さん風を吹かせて「私が王子に相応しい女か見極めてあげるから、早く連れて来い」なんて言ってたんだよね。ちなみにシンバは三人のマネージャーである金糸雀の女性ととうの昔に結婚していて二児の父。奥さんは金糸雀の里で子供と暮らしながらシンバが時折帰って来るのを楽しみにしている。
「えー、別に遅すぎるってことはないでしょ? 三十歳前後で結婚とか、どこの部族でも普通じゃないか」
「「「 二十七歳で初恋ってどんだけ 」」」
「……」
反論できませんでした……
Tactic (タクティック)
目的を達成するための連続した駒の動き、それによる戦術を指します。




