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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第三章 二人の距離感
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X-ray sideユリウス






ランベルトさんとエルに会った日のうちに、私は猫の庭でアロイスたちに相談を持ちかけていた。特殊部隊グラオとしてではなく、純粋に「友人同士の悪巧み」の相談に乗ってもらうためだ。


「っは~、なるほどね。で、そのアバズレさんの素性はわかってるの?」


「もちろん聞き出したよ。クレメンティーネ・アヴァンジュレ・紫紺。実家のアーレンス家も嫁ぎ先のアヴァンジュレ家も数代前まではギフト持ちのいた家系だけど、もう血が薄まってしまったらしくてほとんど議員は排出されていない家だね」


「……えっと、家名をもう一回プリーズ」


「……アロイス、私だって聞いた時は吹き出しそうだったんだよ勘弁して。アヴァンジュレ家です」


一応は古くから続く名家という括りに入るんですよ、没落しかかってるけど。別にその家の女性みんながアヴァズレ……じゃなくてアバズレとかじゃないんだってば。


まったく、それを聞いてたカイもカミルも顔を真っ赤にしてまで笑うのをこらえることないじゃないか。お姫様を攫う悪役になってたよって教えてあげようかなあ、もう。


「なーるほど。そーすっとアバズレ家としてはクレナントカっつーのをもう見放してるっつーか、きちんと監視してねえんだな」


「カミル、せめて名前か家名のどっちかは正解してあげてよ。まあ、たぶんそういうことだろうね。夫婦仲なんて最初から冷え切っていて、夫の方も遊んでるっぽいよ。エルンストさんに一応調べてもらったんだけど、さすがにほぼ一般人と変わらない血筋までシンクタンクはカバーしていなくって。それくらいしかわからなかったんだよね」


「ま、事業で成功しているわけでもない没落貴族がシンクタンクにひっかかるワケもねーよなー」


呆れたように言うカイはようやく笑いの発作がおさまったみたいだね。よかった、ミノタウロスの件まで言わなくて済みそうだ。


ヘルゲとフィーネはワッルそーな顔でニヤニヤしていて、フィーネなんて手がわきわきしちゃってるよ。


「うーふーふー、ユリウス、君はわかっているのかな? 白縹にそういうゲスい人物の話を持って来ると、他の部族の倍は嫌悪感が割り増しになるのさ。さて、娘思いの父を悩ましている腐った夢の国の住人……どう料理しようかねえ?」


「え~、落ち着いてよフィーネ。さっきも言ったけど、証拠も何もないんだ。状況からしてランベルトさんはクレメンティーネを警戒しているだけで、彼女が犯罪を犯したかどうかも不明なんだ」


さすがに「疑わしいからコロス」というスタンスはまずいですよとフィーネに釘を刺したけど、ヘルゲも不敵な笑顔で身を乗り出してきた。これ、もう止まらないかな?


「ふん……ユリウス。そのアヴァンジュレ家の座標ならいま判明したぞ? 傍受スライムの十匹も放牧してやれば何か掴むと思うがな」


「うーわー、何かやってると思ったら……初動が早すぎだよヘルゲ。ほんとにシンクタンクに引き抜かれちゃうよ? エルンストさんがいまだにヘルゲを欲しがってるよ?」


「断ると何度言えばわかるんだエルンストは……ま、念のためスライムは放牧させておいてやる。何か掴んだら藍からアラートがあがるだろう」


「うん、ありがと……でもいいの? そっちの本職としての能力を惜しげもなく使ってくれるのはありがたいんだけどさ、正直言って私はキキがこれから何度も行くことになるだろう家にそういう懸念があるのはイヤだなって思ってるだけだよ?」


ちょっと申し訳なくなって私の下心を正直に申告すると、アロイスは笑いながら手をひらひら振った。


「ユリウス、気にすることはないってば。マツリのネタが舞い込んできてわくわくしてるだけだよ」


「わー、ミッション幻獣の悪夢が……」


あの「グランド☆キリングマツリ」とアロイスが言っていたテロリスト殲滅の音声はほんとに恐ろしかった……たまにエルンストさんも「あのげちょぐちょの音を聞いた後だと、政敵の口撃など軽く聞き流せますね」と言うくらいだよ?


まあそんな訳でカミルたちは「傍受スライムで何か出てきますよーに!」なんて字面だけはかわいらしいお願いを何かに祈ってた。白縹って何に祈るんだろうね、深淵かな?





*****





そんな黒さ溢れる相談がひと段落した頃、ヨアキムが工房から帰ってきた。私がいるのを見つけて「あー、ユリウスちょっといいですか? 面倒なことになってます」と体が傾いた感じで言った。


「どうしたの? 工房で何かあった?」


「ユリウス、わかりきったことですけど一応お聞きしますね。キキのことは本気なんですよね?」


「当然です」


「ですよねー、即答ですよねー。私もかわいいキキが幸せになるならそれでいいんですけど、その本人が迷走しちゃってるっていうか、こじらせてるっていうか」


「 ? どういうこと? なんか言いにくそうだねヨアキム……」


「ええ、非常に言いにくいです。でも言わないといけません。はあ……」


ヨアキムらしくないなあ、歯切れの悪い話の持って行き方をしちゃって。

彼はなんだか一大決心をしたように、深呼吸をしてから「映像記憶を見てもらった方が早いですね」と言って、今日私が工房を去った後の出来事を見せてくれた。


「……デミ限定の、愛人……」


「えーと、わかっていただけるとは思いますが、ギィはあなたに同情してキキを叱りました。だからもう工房へ来させるななんて言ったわけですよ」


「うん、それは……わかってる。ギィはそういう男だよ」


「どうしましょうねえ……」


私は愛しい女の子の頑固さに、ガッカリ半分諦め半分といったところだった。ああ、キキに幻滅なんてしてないよ? そうじゃなくてね、「やっぱり私が押しただけじゃ無理だったか」っていう自分へのガッカリ感と、「わかってました、いつかキキはそういうデミ流の発想になると思ってました」っていう諦め感だね。


だからと言って私がガッカリして落ち込むなんてこともなければ、本当に諦めて「じゃあ愛人で」なんて言う訳もないでしょう。ここからが仕掛けどころなんだから。



――キキもそろそろ、本気で動いた私がどれだけのことをやるのか思い知ればいい。そして私に狙われた時点で詰んでいるんだと、思い知ればいい。


「ヨアキム、あまり気に病まないでよ。そうだね、しばらくはギィの言うとおり工房へ行くのはやめておこうかな。そうしないと彼も引っ込みつかないでしょ」


「ですけど……いいんですか?」


「私のことより、キキのことをお願いしたいな。突飛なことをしないようにだけ気を付けてあげてくれると嬉しいんだけど」


「それは問題ないと思いますよ。ギィがイライラしてキキのことを監視レベルで見張るって言ってますし、ジンは説得しようと思ってるようですし。もちろん私も気を付けておきます」


「ありがとう。あ、それとジンとギィには私がちゃんと解決の為に動いているっていうのだけ伝えてくれるかなあ? そうしないと私が彼らに見捨てられちゃうし」


「あはは、確かにそうかもしれませんね。ユリウス……お手並みを、拝見しますよ?」


「もちろん。ギフト持ちの情熱、本物をお見せするよ」


ヨアキムへ笑って手を振り、みんなに挨拶してから家へ戻った。

――まったく、私も自分を追い込むのが好きだなあ。これをしくじったら世界一大切な女の子を失うだけじゃなく、ミレニアム級霊魂率いる最強特殊部隊を敵に回すことになっちゃうよ。


ま、負ける要素なんてこれっぽっちもないけどね。

君の恋心が私に向いているとわかってる状態での勝負だなんて、どうやっても勝ちの打ち筋しか見えないよ。


正攻法で獲れないクイーンなら、絡め手で獲りに行く。


何手も先を見通して、現在獲れない駒だって必ず……捕獲してみせる。






  

表題「X-ray」は最後の一文に関するチェス用語として使用してます(´∀`)

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