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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第三章 二人の距離感
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そばにいられる方法 sideキキ

  





ランベルトの家からの帰り道、ユリウスは思い出し笑いをしていた。


「お、お姫様を……ミノタウロスが攫うんだ……カイが不貞腐れるのが目に浮かぶ……」


「カイって誰?」


「あ、ああごめん。私の友人でね、ミノタウロス役をやったことがあるもんだから。エルのお話では悪役だなんて知ったら、きっと不貞腐れると思って……くくっ」


「金糸雀劇団の人? 幻獣が出てくる劇ってあるんだね」


「ぶっふ……まあ、そんなとこだね。いろんな役をやるし……ぷは! エルに悪くて、さっき笑いをこらえるのが苦しかった……」


変なユリウス、と思いながら歩いていたら、随分遠回りな道を歩いてることに気付いた。この街は二重の外壁に囲まれていて、軍の詰所の上には簡易に方角が書かれている。いま歩いてるのは「NW(北西)」と書かれた詰所が正面に見えていて、南西のデミへの方角じゃなかった。


「ユリウス、どっちへ向かってるの? 工房へ戻らないの?」


「うん、私の家でキキの見解を聞きたいんだ。その結果依頼を受けそうであれば、私の秘書へデータを送っておきたいんでね」


「ふうん……? ああ、水晶の追跡調査っていうのはでまかせじゃなくて、本当のことなの」


「まあ、本来あそこまで実地調査するほどじゃないけどね。でもランベルトさんがああいう気持ちでキキたちに依頼をかけたという記録を残しておけば、今後彼が商売する上でも信用される要素になるかもしれないでしょ」


ユリウスの言葉を聞いて、そこまで考えて動くのかと少し驚いた。そして、とても……暖かい気持ちが溢れて、俯きながら頬が緩んだ。なんだかその状態は、ユリウスの隣で堂々と笑えない身分の私が、隠れて恋したいと思ってるのを表しているような気が、した。





*****




「さて、キキはエルを見てどう思った?」


「ん、大丈夫だと思った。実は走査方陣でエルをこっそり診断も、した」


「え、ほんと!?」


「彼女、未熟児網膜症だったんだと思う。お母さんが必死に産んでくれたけれど、早産になって牽引性網膜剥離を起こしちゃった可能性が高い。残念だけど、私には治せない。でも……エルはすごいよ。エコーロケーションで周囲を認識してるフシがある」


「エコーロケーション?」


「うん、コウモリとかクジラとかイルカみたいに……跳ね返ってきた音波を拾って、それを脳内で組み立てて空間認識してるって言われてる。もちろん触覚も嗅覚も優れてる。例えば幻獣像の土台に『これはグリフォン。足の爪と、嘴がとがっている』って刻んでおけば、彼女なら不用意に危ない場所でケガしないと思う。それに一回触って形を覚えれば、もっと安心。あとは転んだりした時にツノとかでケガしそうなものは、ランベルトに言って床置きしないようにしてもらう。それだけで、きっとエルなら大丈夫」


私の言葉を聞きながら、魔石端末に素早く情報を整理していくユリウス。一通りの話を聞き終ると、満足そうな顔で「キキは優秀だな。私の仕事を手伝ってって言いたくなっちゃうよ」と笑った。


そして、ずっとランベルトと話していたユリウスは亡くなったエルのお母さんのことを聞かせてもらったそうだ。


「ランベルトさんの奥様は、もともとあまり体の強い人ではなかった。それでも出産に耐えられない程ではなくて、風邪をひきやすいだとか、少し熱を出しやすいって程度だったらしいよ」


「そっか……それで呪詛とか毒物の関与が疑われたの?」


「そうだね。しかもランベルトは結婚する時あるトラブルに見舞われていた。彼のことを好きだった女性がいたようで、その人は多少権力もあったらしい。無理やりランベルトと結婚しようと、いろいろちょっかいをかけて来ていたみたいなんだよ。でも彼は奥様と愛し合っていたし、なんとか結婚にこぎつけた。するとその女性が結婚式に押しかけてきて『あなたみたいなアバズレは相応しくない』とか叫んだらしいね」


「ひどい……」


「ほんと、ひどい話だよ。その女性は取り押さえられたけれど、その後随分と荒れて、両親に無理矢理どこかへ嫁がされたんだって。でもヤケになっていたんだか、たくさんの愛人を囲ってやりたい放題。たまに思い出したようにランベルトや奥様に嫌がらせしてきて、それを防ぐのに彼は探偵や護衛を雇って警戒していた。それでも、妊娠を境に奥様は驚くほどの早さで衰弱していったらしいんだ」


「そうか……嫌がらせによるストレスって言うには急速すぎたから、呪詛や毒物って思ったんだね。そしてその人はまだ生きているから、エルを迂闊に出せないんだ……」


「証拠も何も見つからないから、ランベルトの被害妄想と言えばそれまで。でも、最愛の人を亡くしたらそんな風に警戒しても無理ないね」


「かわいそう、二人とも……あのね、エルがあんな風に明るいのも、エコーロケーションなんて能力がありそうなのも、ランベルトのおかげだと思うよ、私」


「そうなの? 盲目の人はそれなりに、そういう感覚が鋭敏になるものなのかって思ってたよ」


「人それぞれだと思うけど、でもエルの空間認識能力は並外れてる。気軽に外出させてあげられない分、ランベルトが苦心してエルの心を大切にしてるんだよ。何もできない盲目の子っていう扱いじゃなくって、きっと『目は見えないけど、エルは何でもできるようになる』って信じさせてあげてるんだよ」


「なるほどね……ん、わかった。ありがとうキキ、よくそこまで見てくれたよ」


ユリウスは花が綻ぶような笑顔になって、私を見つめた。顔が熱くなってきたので、私は急いで視線を外し、俯く。


「そんなかわいい反応されると困るなあ。キキはほんとに、私がどれだけ君を好きなのかわかってよ」


俯いてユリウスの動きを見ていなかった私は、トサッと隣に座られて、あっけなくキスされた。優しく、啄むように、何度も。


そっとユリウスを押し返して「工房に帰らないと」と言うと、「そうだね」とクスリと笑う。甘ったるいユリウスは、今日はこれで勘弁してあげるとばかりにもう一回キスして私を解放した。





*****





工房へ戻ってエルの状態を報告すると、ギィなどは「おもしれえ奴もいたもんだな」と言いながらさっそく幻獣像を彫り始めた。なんでもう幻獣像の大きさの木材があるのかなと思ったら、ランベルトの話を聞いてほぼ作る気だったジンとヨアキムがさっさと用意しておいたらしい。


意外にお人好しなところのあるジンとギィならこういうことにもなるかと納得して、私もハーピーを彫り始めた。


ユリウスはさっきの話を秘書と詰めるからと言って帰って行き、私は今日の顛末やランベルトに付き纏っていた女性の話も彼らにしていた。


「――ふん、どこにもそういう痴情のもつれってのはあるんだな。外のやつらの方がネチネチと陰湿になるんだろ。デミならぶっ殺しておしまいだ」


「そうだな。それにしても愛人を何人も囲い込むなんて、その女の方がよほどアバズレだ」


「でも確か、紫紺って一妻多夫もありだって聞いたよ。まあ、そんな正式な手続きの男たちじゃないんだろうけど」


「はん! 人の結婚式に乗り込んで罵声を浴びせるなんざ、アバズレ通り越してクズに決まってら。こっちのケダモノと根っこは変わらねえ女なんだろ」


「確かにな」


おしゃべりしながらもどんどん幻獣像は形になっていき、ギィは「いけね、クズの話してたら雑になりそうだ」なんて言いながら手直しする。


私はそんなギィを見てちょっと笑いながら、ふっと思いついた。


「……そうか。愛人……」


「んあ? まだクズ女の話するのか」


「私、デミ限定でユリウスの愛人になれればいいのかもしれない」


「「 はあぁぁぁぁ!? 」」


「ちょっとキキ、何言ってるんです? いま愛人囲うアバズレなんて話をしていた流れでよくそんなことを……」


「えっと、だから、ユリウスが議員を続けるには独身を貫くか、外の女の人をお嫁さんにしなきゃいけないし。でもユリウスがあんな状態じゃ……だったらユリウスに愛人として扱えって言えば諦めてくれないかな。それか本当にデミ限定の愛人にしてくれるなら、それはそれで私は嬉しいし、安心する」


私はいい案だって本気で思ってた。でもギィはいきなり出来上がりかけていたエキドナの幻獣像を、バキン!とすごい音をさせて真っ二つに割ってしまった。


「――ッ、てっめぇ……キキ! どこまで頭悪ぃんだバカ野郎!」


「なんでそんなに怒るの、ギィ」


「怒るわド阿呆! お前それマジでユリウスに言う気か! 言っとくけどな、それをユリウスが承諾したが最後、俺はあいつをボコるぞ! 承諾しねえとは思うが、それをユリウスに言ったらお前も許さねえ!」


「ギィ、どういう……結局言うなって話?」


「ったりめーだバカ! あのユリウス見てよくそんなこと考え付くな! ひでぇぞお前!」


「……俺も、酷いと思うぞ、キキ」


「……酷いのはユリウスだよ……できもしないこと言って、好きな気持ちだけ大きくさせて」


ギィにこんなに本気で怒鳴られたのは久しぶりだった。その辺の男に怒鳴られてるんじゃないから萎縮はしないけど、さすがにシュンとした。


でも、ほんとにそれしか私には思いつかない。私がそう主張するだけならユリウスがクズだなんてことにはならないよ。ユリウスは私にどうしてもって言われて渋々愛人にするだけ。もしくは、諦める、だけ。


ギィに許されなくても、私はそれしかないって気持ちになっていた。


「……てっめ、その顔はまだあきらめてねえな、この頑固モン。バカはこれだけ言っても理解できねえか」


「そこまで一方的にバカバカ言わなくても。だってこれしかユリウスのそばに遠慮なくいられる方法、ないもの」


「そりゃお前の思い込みだ! くっそ、お前もうユリウスに会うな! ヨアキムもユリウスを来させるなよ! あいつが来なきゃ、このバカは自分から会いに行くなんて行動力はねえ。頭を冷やせ、バカが!」


ギィはドカドカと足音を響かせて二階へあがってしまった。

酷いのはギィもじゃない……散々バカ野郎なんて言いっ放しで怒りまくって。

なんでそんなに怒るの……






  


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