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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第三章 二人の距離感
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盲目の少女 sideキキ

  




翌日、ケヴィンを通して「作ってもいいが、安全確認のため娘さんに会わせてほしい。問題があるならもう一度ランベルトに会って話したい」と伝えてもらった。私たちの返事を心待ちにしていたらしいランベルトは、それを聞いて表情が曇ったそうだ。やっぱり、娘さんに会わせたくないのかな。


でも幻獣像を諦めきれなかったようで、この前会った喫茶店でランベルトと話すことになった。そして当然のようにユリウスが一緒に来た。


「キキさん、お待たせいたしました! ええと、こちらの方は……?」


「突然お邪魔して申し訳ありません、ユリウス・紫紺と申します。水晶を落札された際に審査員として一度お会いしました」


「あ! あぁ、あの時の! その節はお世話になりました! で、どうしてユリウス様が……」


「まあ、どうぞお座りください。ご説明させていただきますから」


ユリウスはなめらかに言葉を駆使し、「工房のギィとはチェス仲間なので、今回の幻獣像依頼の件を聞いた。あの特大水晶の使い道を追跡調査するのは当然の措置なので、もし像をあの水晶で作るつもりであれば中枢へ報告義務がある。でも私が同席できるなら、報告はこちらでやりましょう」とランベルトへ畳み掛けた。


「……ええと、ランベルト。幻獣像には鋭い爪や尖った牙とかがあって、精巧に作れば作る程、目の不自由な娘さんには危ないと思う。私は治癒師だから、娘さんに会ってどれくらい日常生活で危機回避ができるのか判断させてもらわないと、とてもじゃないけど怖いから渡したくないの」


「そんな……大丈夫ですよ、あの子は不用意に置かれた荷物があっても、音の反響などできちんと察知して迂回できるくらいなんです。そんなご心配は無用ですよ?」


なんとかして私たちの訪問を回避しようとするランベルト。でも自分の無茶な注文を前向きに検討している私に申し訳ないとも思っているみたいで、少し声に力がなかった。するとユリウスは静かな……でも熱意のこもった声で、ランベルトに語り掛ける。


「ランベルトさん、仰ることはわかります。ですがこちらの事情も聞いていただきたいのです。彼女たちの工房がどこにあるかご存知ですか?」


「え? いいえ……職人街なのでは?」


「違います。デミの中です」


「 !? 」


「彼女たちはあの環境の中で必死に技術を磨き、こういう商売ができるまでになりました。しかしここでいい注文を受けられたとばかりに軽く請け負った幻獣像で、娘さんがケガをしたことが知れ渡ったらどうなります? あなたがどんなに彼らを庇おうが、キキたちには壊滅的ダメージが加わるんですよ、デミの人間だからというだけで。信用が第一の商売人であるあなたには、わかっていただけると思うのですが」


「確かに、そうかもしれません……」


「ランベルトさん、本当に申し訳ないことを言ってるのはわかっているつもりです。私がなぜこの場にしゃしゃり出て来たのかと言えば、一つはあの巨大水晶で作られた幻獣像があると知れ渡れば話題になり、自分も欲しいという者が出るだろうということ。その影響で水晶の取引が活発化する可能性を考慮して中枢が動かなければならないこと。そして……何より友人である彼らが風評被害を受けるなど、絶対に阻止したいからです。私だって娘さんに光を見せたいと思うあなたに協力したい。でも……友人も大切なんです」


ランベルトはユリウスを見つめ、少し俯いて考え込んだ後、「わかりました……」と言った。


「その、娘のことを心配してくださった上での申し出をこんな風に渋って申し訳ありませんでした。娘の……エルネスタの母親は、毒を盛られて衰弱死した可能性が高くて……娘も害そうとする者がいるんじゃないかと思うと、臆病になってしまいまして」


「いえ、お気持ちはわかるつもりです。私の名に賭けて、娘さんへは余計な心労をお掛けしないように細心の注意を払うとお約束します。何なら身体検査をしてもらったり、護衛の方を付けての面会でもかまわないんです。どうか、お願いします」


ユリウスは深々と頭を下げた。私はその所作に驚いてしまったけど、すぐに一緒に頭を下げた。私たちを守るために自分の持てるカードを全て切ってでも面会にこぎつけようとするユリウスに、私は申し訳ない気持ちで一杯だった。


ランベルトは大慌てで「そんな! お顔を上げてください、私の方が無茶なお願いをしているというのに……!」と言って、逆にこちらへ頭を下げて来た。


「本当に……ユリウス様にまでこんなことをさせてしまうとは。自分が情けないです、申し訳ない。キキさんも許してください……娘にはきちんと話しておきますので、ご都合の付く日を教えてくださいますか。もちろん護衛などつけたりしません、私は工房の皆さんも、ユリウス様も、信頼に足る方々だと思っております」


ランベルトは最後に笑って、「娘は家の者以外とほとんど接する機会がないので、キキさんに会えるのは楽しみだと思います。少しはしゃいでしまうかもしれませんが、よろしくお願いします」と言って帰って行った。

きっとレビみたいに可愛い子なんだろうなと思うと、少し頬が緩む。


「キキがそんな顔するなんて。よっぽど会うのが楽しみなの?」


「うん。きっとレビみたいに可愛いんだろうなって」


「いいなあレビ……私にもその笑顔が欲しいよキキ。ぺっとりもしてくれないし、なかなかキスもさせてくれないし」


「そ、外でそんな話、しないで……!」


「もー、外もデミも関係ないってば。すでに手は打ったからね、そのうちどこでだって堂々とキキが好きだって言える状態にしてみせるよ」


「……ほんとにユリウスはバカ……」


「バカで結構。好きな子にバカになっちゃうのが恋だと聞いているよ」


「……」


本当に賢者へ「ユリウスをしょっぱくさせる方法」を聞かなきゃいけないことになるかもしれないと思って、肩ががっくりと下がった。





*****





翌週、主にユリウスとランベルトの都合をすり合わせた日に北区の豪邸へ出向いた。ほんと、マダムの家といいユリウスの家といい、北区にはこういう豪奢な家ばかりがある。


ユリウスは上機嫌で私と腕を組んで歩き、変装魔法も使ってくれなかった。またしても「何を言っても無駄」という状態のユリウスにため息をついて、私は顔を伏せながら歩いた。


ランベルトの家へ着くと門衛さんが「お待ちしておりました、どうぞ」と言って玄関へ案内してくれて、家の扉を開けたら目の前に女の子が立っていた。女の子は少し目を伏せたまま嬉しそうな笑顔をしていて、「いらっしゃいませ!」と可愛らしい声で挨拶してくれた。


後ろから慌てたランベルトが出てきて「こら、エルネスタ! お客様が驚いてしまうよ!」と叱り、「ユリウス様、キキさん、ようこそおいでくださいました。さ、どうぞ」と苦笑いしながら応接間へ案内してくれる。


「こんにちはお嬢さん、私はユリウス・紫紺です。どうぞよろしく」


「エルネスタ、私、キキ。よろしくね」


「こんにちは! 来てくれてありがとう、私のことエルって呼んで? ねえ、キキさんがこの幻獣駒を作ったんでしょ? 私これが大好きなの!」


そう言って差し出されたのは、確かに私が作ったグリフォンだった。


「うん、それは私が作ったよ。そんなに気に入ってくれたの、ありがとう」


「これを触ってるとね、このへんをグリフォンがひゅうって通っていくのが想像できるの。とっても元気のいい子なの」


「そうなの? エルはすごいんだね、私はそんな風に想像できなくって、いつも見本の幻獣駒を見ながら作るよ。エルが作った方が出来がいいかもしれないね」


エルは頬を染めて「そんなことないよぉ……こんなすごいもの、私は作れないもん」と照れた。ランベルトへ「エルと少し遊んでもいい? どんな風に動くのか知りたいから」と言うと快諾してくれて、遊ぶ私たちの後ろを男性二人が雑談しながらついてくるという状態になった。


エルの部屋へ入れてくれると言うのでお邪魔すると、驚くほどたくさんの幻獣駒や人形があった。エルはそれらを駆使して「ごっこ遊び」をするのが大好きで、お気に入りは「グリフォンに乗った王子様」が「ミノタウロスに捕えられたお姫様」を助け出すというもの。お話はその時々でエルが作り出し、彼女の世界では様々な冒険活劇が繰り広げられていた。


私は大き目のカバンを持ってきていて、中にはいい匂いのするヒノキの木材をいくつか入れてあった。ランベルトに断って、その場で手の平に乗るくらいの「グリフォンに乗った王子様」と「ミノタウロスに捕えられたお姫様」を削り出した。


「えーっと、エルの中の王子様やお姫様みたいに素敵じゃないかもしれないけど。こんなのはどう?」


「――うわ、うわ、うわああ! キキさんすごーい! これいま作ってくれたの? いま少しだけグリフォンと同じ光が見えたよ? 魔法、使ったの?」


「うん、魔法で削ったの。これは今日エルに会えてうれしかったから、プレゼント」


「うわあ……お父さん見て! 見てー!」


「おお、これはすごい……あっという間に削り出しましたねえ、さすがだなあ!」


「キキさん、ありがとう! これ、大切にする!」


「うん、王子様がかっこよくお姫様を助けるお話、面白かった」


エルは喜んでスルスルと障害物を避けながらランベルトのいる方へ迷いなく歩き、くるりと振り向いて……真っ直ぐ私のいる方向へと満面の笑顔を見せてくれた。


帰り際、エルは半泣きで別れを惜しんでくれた。ランベルトも「もしご迷惑でないなら、また遊びに来てくださいませんか」と言う。「エルがこんなに笑ったのは久しぶりで……」という言葉に、私は「ランベルトがそう言ってくれるなら、いつでも」と返事した。


それを聞いてようやく安心したエルは「またね、また来てね」とぶんぶん手を振って見送ってくれた。






  


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