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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第三章 二人の距離感
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幻獣像の依頼 sideキキ

  




今日も私は、工房でみんなに治癒魔法をかける。

忙しいジンとギィはもちろん最優先。ヨアキムは死者だから必要ないけど、ジンとギィはたまにケガしても「どうってことねえよ」と考えてるから、私に言わないことがある。


私がいったい誰のために治癒魔法を使えるようになったと思ってるのかなと不満に思いながら、勝手に毎日二人をスキャンして、勝手に治してる。


もちろんユリウスにも、工房へ来たらすぐに治癒魔法をかける。

でも最近はユリウスにかけるのをためらってしまう事態になっていた。



「キキ、治癒魔法かけてくれた? 肩がラクになったよ、ありがとう」


「……いいの、やりたくてやってるだけだから」


「キキは優しいね。キスさせて?」


「……だめ」



残念そうに笑うと、ユリウスは甘ったるい気配を振り撒いて、私をにこにこして見つめてる。それが、ずーっと。ギィとの対戦が終わったら、ずーっと。ヒマさえあれば、ずーっと。



「ユリウスは入れ込むと一直線なんですねえ」


「そうだよ。チェスもそうだったし、おいしい物探しもそうだったし、仲間探しもそうだったね」


「仲間って、『そちらクラン』のですか?」


「そうだよ。私の場合は最初から『自分のやりたいことに一途な人』が好きで、それが選定基準だった。だからその辺の議員が欲しがる人材とは一線を画しているね。つまり好きな女性もそんじょそこらの人じゃないんだ」


「確かにキキはそこらへんの女の子とは一線を画しています。その点は同意しますが、隠そうともしないその無駄な潔さは周囲の困惑を招きますよ、ユリウス。それに私と話しているのにキキを熱く見つめているのも、いっそ清々しいほどですねぇ」


「仕方ないよ、キキはかわいいもの」


「そりゃキキはかわいいですけどね」



……ほぼ毎日、これ。ジンとギィは呆れたようにグレードアップしてしまった「親バカ」と「色ボケ」(ギィ命名)を見ている。



「……キキ、お前何したんだ」


「何もしてない。話しただけで、ああなった」


「なあ、アレってずっと続くのかよ。俺、胸やけするんだけどよ」


「俺もだ……」


「……治せるかな、胸やけ」


「そうじゃねえだろ。あの色ボケ作ったのはお前なんだから、何とかしろよ」


「どうすればいい? 賢者に聞けばいいのかな」


「……無理じゃないか?」


「初めて賢者でも解決できねえ難題が出たな。面白そうだから入力してみろよ」


「なんて?」


「甘ったるい色ボケユリウスをしょっぱくさせる方法とかよー」


「しょっぱいのはヤだな……」


「「「……ハァ……」」」



こんなことが続いたある日、ジンと一緒に幻獣駒を納品してきたシュピールツォイクで一人の男の人に話しかけられた。その人は恰幅のいいおじさんで、でもユリウスみたいな「上流階級」の雰囲気を持つ人だった。



「失礼、ジンさんとキキさんですか」


「……何か用か」


「私はランベルト・紫紺と申します。そこのパズル店のケヴィンさんに聞きまして、追いかけてきてしまいました。幻獣駒の工房の方だとか」


「そうだ。注文か? ケヴィンを通してほしい」


「オーダーしたいのはチェス駒じゃないんです。そのことをお話したくて。できたらお時間いただけませんか?」


「……少しなら」


「ありがとうございます! ではそこの喫茶店でよろしいですか? 指定があるならどこへでもお供しますが」


「そこでかまわない。いいか、キキ」


「……ん、ジンが一緒だし、かまわないよ。でもちょっと待ってて」



私は一応ケヴィンの所へ取って返し、このランベルトという人がパズル店の常連であることを確認した。「あの客はかなりの金持ちだと思うぞ。いい商売の話なら返事を保留にして、ヨアキムに確認してから決めればいい。連絡役くらいならやってやる」と言われ、納得してジンのところへ戻った。


喫茶店へ入ると、ランベルトはそわそわしながら三人分の紅茶を頼み、話し出した。



「工房の代表者はヨアキムさんと仰るらしいですね? でもジンさんもキキさんも、あのチェスチャンピオンのギィさんも職人だと聞いて、驚きましたよ。お若いのに素晴らしい造形技術です」


「……で、用件は何だ」


「ああ、すみません。実はですね、私の家に飾る幻獣像が欲しいんです」


「……像?」


「そうです。私は商会をやっておりまして、北区に自宅があります。その自宅に、幻獣駒を大きくさせたような像が欲しいんです」


「どの駒だ?」


「全部、です」


「……酔狂だな。俺たちはそんな大きさのものを作ったことはない。しかも幻獣駒の数は通常のチェスマンより多いんだぞ。一体いくらかかるか俺にだって見当がつかない」


「言い値で買います。それと、もし可能であればグリフォンの駒だけでも水晶で作れませんか」


「水晶!? 無理に決まってる。純度が低いとしても、どこでそんなデカい水晶を手に入れられるって言うんだ。それに小さな水晶を継ぎ接ぎしても、屈折率だの結晶の生成方向の違いだのから、必ず歪みが出る」


「一つだけ、大きな水晶があるんです。数年前にレジエ山麓で発見された水晶の熱水鉱脈はご存知ですか」


「ああ、保護区になってるところだろ」


「あそこはならず者が貴重な水晶柱を切って売り飛ばしていたそうで、その悪党はもう軍に捕縛されました。ですが、押収された水晶の一部はもうどうにもならないので、民間の業者へ払い下げされたんですよ。その中でも最大の水晶を、私が落札しました」


「……呆れるな。どれだけ像が欲しいんだ」


「そう、ですよね。呆れられても仕方ありません。ですが、娘に光を見せてあげたいんです」


「あんたの娘? 光を見せるって何のことだよ」


「生まれつき、目が見えないんです。妻はひどい難産の末に娘を産んでくれましたが、その時に死んでしまいました。娘は危ないので迂闊に外へ出すこともできず、同世代の子と思い切り遊ぶこともできなくって。でも、ケヴィンさんのところで買った幻獣駒をとても喜んでくれたんですよ。『これ、すごい』って言いながらずーっと指で触ってるんです」


「そっか、盲目だから他の感覚が鋭くなってるんだ。音に敏感で、肌で空気のゆらぎを感じるとか、匂いで誰が来たかわかるとか、そういうことができるでしょ」


「……キキさん、よくわかりますね。ええ、娘は足音で誰が来たかわかったりします。それで水晶の幻獣駒も質感が違うから喜ぶだろうかと思って買い与えたのですが、どうもその水晶に蓄積されているマナを感じたらしくて『初めて光っていうものがわかった』と言い出したんです」


「それで、光を感じさせるために大きな水晶を買ったのか」


「はい。なるべく大きいものを探しました。でも、その水晶が彼女の大好きなグリフォンなら、もっと大きな光が見えるかもしれない。木彫りの像でも、娘が好きに触れられる大きなものなら、もっとよく形がわかって喜んでくれるかもしれない。ですから、お願いします。どうか作っていただけないでしょうか」



ランベルトはまっすぐ私たちを見て、頭を下げた。

ジンは静かにその様子を見た後、「代表者に話は通す。できるかどうかもわからないから、ケヴィンを通して返事をする。それでいいか」と言った。

ランベルトは嬉しそうに頷き、私たちは喫茶店を後にした。





*****





工房へ戻った私たちはすぐにヨアキムとギィへ話をした。ユリウスも来ていて、熱心に聞いている。



「いい商売の話じゃんか、大きさはどんくらいなんだ?」


「像と言っても、十歳くらいの子供が抱えられる大きさがいいらしい。まあ、中型犬くらいの大きさだろうな」


「そんなんできるだろ。受けてやりゃいいじゃん」


「そうですねえ、できないことはありません。ですがその水晶は見てみないと何とも。強化の魔法をかければ簡単には割れないでしょうが、モノがグリフォンですから。精巧に作れば作る程、嘴や爪の部分でケガさせてしまいそうです」


「それを考えると木製の像だって受注できないことになるな」


「……その女の子に会ってみたいね。先天盲で光も感じ取れない状態の子がマナの光を初めて感じたらしいし、他の感覚が鋭敏ならとがった部分に気を付けてって言っておけば注意して触ってくれると思うよ」



話し合った結果、一度ランベルトの家へ行くことになった。私が女の子の状態を見て、像に鋭い箇所があっても安全かを判断。その情報からやるかどうか決定しようという話になったんだけど……



「私も一緒に行くよ」


「……なんでユリウスが行くの」


「ランベルト氏は大手のレイズ商会を運営している。経営は順調、商売に後ろ暗いところは何もない。だけど亡くなられた奥様は妊娠してすぐに体調を崩し、ほとんど精神力だけで娘さんを出産した。彼が娘さんを家の外へ出さないのは、奥様の体調不良の原因が定かじゃないからだ。呪詛、もしくは毒を盛られた可能性を考慮し、なかなか家へ部外者を入れたがらない」


「何でユリウスがそんなこと知ってんだよ」


「保護区指定された熱水鉱脈の、最高品質水晶の落札者だからね。身元確認は当然だよ、あの特大水晶が犯罪に使われたらたまったもんじゃない。その身元確認のファイルは私も見たし、面談審査でも会っている」


「……じゃあ、娘さんになんて会わせてもらえないか……」


「だから私が一緒に行くんだよ。ランベルト氏とはその水晶落札の際に審査員として会っている。『水晶の使い道を追跡調査しにきた』とでも言えば、娘さんに会える確率は上がるでしょ」


「あー、そういうことか。お前それ、職権乱用じゃねえの?」


「娘さんにケガさせそうなものは渡せないっていうのが動機なんだから、これは『いい職権乱用』でしょ。こういう時に肩書を使わないでどうするのさ、誰も不幸にするつもりはないよ」


「いいんじゃないですか? そういう権力の使い方は、デボラみたいで好きですよ?」


「だよねえ?」


「ぶ……まあいいけどよ。んじゃキキ頼んだぜ」


「ギィは行かないの? じゃあジンと三人?」


「……勘弁してくれ、俺は馬に蹴られたくない。お前がランベルトの娘を見て判断すりゃいい」


「は? 馬?」


「ジン、ありがとう! じゃあ家族公認でデートしようねキキ!」


「……は?」



私は甘ったるさに胸やけしているジンとギィに見捨てられた……





  

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