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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第三章 二人の距離感
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困った事態 sideキキ






翌日、ユリウスが工房へやってきた。

ギィと何局か対戦して、ヨアキムやジンといつも通り話して、笑ってる。

だけど私が話しかけるとギクリとして、緊張するのがわかった。


フィーネが「ユリウスが最近工房へ来ない理由を理解しているかい」と聞いた意味が、わかった気がした。ユリウスは私を傷つけたくないんだ。でも自分がいるだけで、自分が何か話すだけで、私が傷つくと思ってるのかな。


それでもユリウスは何も緊張していないような自然な笑顔で普通に話すから、ジンたちは何も気付いていなかった。たぶんユリウスも、私が気付いているとは思ってない。


何で私がわかるかと言えば、あれから走査スキャン方陣の精度をめちゃくちゃ上げたから。本人に気付かれないようにスキャンするのは、もう簡単にできる。


マナー違反かもしれないけど、ユリウスは本当に隠し事がうまいから。たぶんユリウスが本気で隠そうと思うことは、あの「仮面」できれいに覆い隠してしまうから、私にはわからない。


でも、もう決めたの。


あんな思いを……ユリウスが死んでしまうかもなんていう思いを、もう味わいたくないから。ユリウスのどんな小さなことでも気付けるようにしたいと思って、ここまで精度を上げた。


だから、いま私はどうしたらいいか困っている。


この前のパーティーの日に、ユリウスにわかってほしいからと伝えたことが、完全に裏目に出ていた。

工房はユリウスの安息の場だった。

なのに、私の存在がユリウスに緊張を強いる。

これは、絶対困る。



「ユリウス、お散歩いこ」


「……はい?」


「工房で話せないことがある。お散歩、いこ」


「うん、いいけど……」



ヨアキムたちにユリウスと出かけてくると言い、驚いているユリウスの手を引っ張って外へ出た。デミを出て、職人街を歩き、住宅街の人気のない小さな公園まで。何も言わずに黙々と歩き、ベンチへ座った。



「どしたの、キキ」



相当困惑してるらしいユリウスは、慎重に私へ話しかけた。


これ……思ったよりつらいかもしれない。

嫌われてはいないけど、ユリウスに気を遣わせているだなんて思わなかった。

私が言葉の使い方を間違えたから、こうなってしまったんだ。



「ユリウス、気にしないで欲しいの。私のことを、気にしないで欲しい。私はこの前のパーティーで何も傷ついてなんていない。ユリウスは、何も悪いことなんてしていない。あと、私がいるせいで工房でゆっくりできないなら、私が出て行くから、気にしないで来て」


「工房から出て行く!? 何言ってるのキキ、ちょっと落ち着いて!」


「慌ててるのはユリウスじゃない……」


「キキ、何でそんなことを言うんだ。工房から出ていくなんてダメだ、私たちは心配で病気になっちゃうよ」


「……それは考えてなかった。じゃあ出て行くのはやめて、ユリウスが来る時は自分の部屋にいるから」


「何か誤解があるよキキ……私がキキと会いたくないと思ってるって言うの?」


「私がいると、ユリウスが緊張する」


「それは」


「ユリウスに緊張させる自分が許せない。工房は、ユリウスの緊張がなくなる場所じゃなきゃいけない」


「キキ、あの」


「どうすればよかった? 恋してるだなんて、言わなきゃよかった? でもそうしないとユリウスにあの時理解してもらえなかった。会えるだけでいいと思ってたけど、ユリウスが疲れちゃうなら、それも諦める。会えなくてもいいから、ユリウスは工房へ来て」



ユリウスはため息をつくと、私の頭に手を置いて、引き寄せて、額をくっつけた。



「キキ、聞いて。ここしばらく工房へ行けなかったのは、私が落ち込んでたからだ。君を……君たちを理解していない自分に呆れちゃってね。それとねえ、もう一つ落ち込む要素がありまして」


「何かあったの」


「女性に恋していると言われてから初めて、私もその女性のことが好きだと自覚したんだ。ほんと、鈍感にも程がある。それで、落ち込みました」



――誰?

ユリウスを好きな人がいて、その人のことをユリウスも好き。


思ったよりも衝撃が強くて、でもこんなのはもう覚悟できてる。

いつかが、今になっただけ。

だからそっとユリウスの肩を押して、きちんと目を見た。



「だから、工房へ来にくかったんだね……私を傷つけるって思って、緊張してたんだ? だから、もう会わなくてもいいから。ユリウスは、気にしなくてもいいから。ね?」


「はあ、やっぱりなー」


「 ? 」


「試すような言い方してごめんね。ねえキキ、私が好きな女性は一体誰だろうって思わなかった?」


「思った」


「なんで自分のことだと思わないの?」


「は?」


「なんで、私の好きな女性っていうのが、キキのことだって思わないのかな。言っておくけど、私に恋していると言ってくれた女性っていうのはキキのことだからね?」


「そうなの?」


「うん」


「なんで? だめだよユリウスは中枢議員でしょ」


「なんでだめなの? 中枢議員だって人間です。恋愛の自由だってあるよ」


「それは……そうかもしれないけど、議員を続けられなくなっちゃう」


「それはキキの誤解だね。この前も言ったけど、デミ出身だからってキキの人間性が卑しいわけじゃない。長様にも紹介した以上、私の議員活動に支障が出ることはない。もし何かあっても、私はそれをどうにかできる自信があるよ」


「ユリウスは甘い。デミと『外』との違いは、私は身に染みて知ってる。だから最初から、私は『会えるだけでいい』って言った」


「それ、嬉しくない。会えるだけで良くて、それもダメなら会うことも諦めるって言ってたよね。キキにとって私はその程度で諦めのつく存在だと言われているようで、全然嬉しくない」


「 ! ちがぅ……っ」



感情が、渦を巻く。

言葉の使い方が上手くない自分を、こんなに呪ったことはなかった。


諦めのつく存在だなんて思ってないよ。

好きで、そばにいたくて、いつだってぺっとりしたい。

でもそれ以上に、ユリウスの邪魔をしたくない、嫌われたくない。

いつか会えなくなる可能性が高い人との時間を、大切にしたいだけ。


言わなきゃよかった。

恋しているだなんて、言わなきゃよかったんだ……



「キキの懸念は、中枢議員としての私にとって自分が邪魔になるだろうってことだね? じゃあ、どうなればその懸念が杞憂だったってわかってもらえる状況になるかなあ。変装せずにデミを歩いて、キキのことを好きだってたくさんの人に知ってもらって、それでも私が中枢議員を続けていられればいい?」


「ずるいよそんなの……『心臓を刺してみれば死なないってわかってもらえる?』って言ってるのと同じでしょ……」


「あは、例えがうまいねキキ。でも私にしてみればキキだって、『このトゲを刺したら死ぬに決まってる』と言って、危険性が何もないものを殺人用の刀みたいに言ってるのと同じことなんだよ?」


「トゲ……ユリウスにとって、デミはトゲ程度だって、いうの?」


「まあ、どうにでも対処しようのある案件だと思ってるね。ねえ、それより私がキキのことを好きって言ってることに対して、何も反応してくれないの? 悲しいなあ」


「え? 反応って……ちゃんとそのことについて話してるよ……?」


「違うってば。私はいまキキに『告白』したんだ。私はキキを愛しています。私の恋人になってください。私はキキと違って、返事を聞きたい。キキに私のものになってほしい」


「何言って……だから、それは、だめだって……」


「デミ出身だってことを盾にして断るの、禁止。私だって好きで紫紺のギフト持ちに生まれたわけじゃない。自分にはどうしようもない、生まれのことで断るなんて酷いよキキ。私が聞きたいのは、キキが私のことを好きか、嫌いか。私と恋人になってもいいと思ってるか、嫌だと思ってるか。それだけ。キキの気持ちの、話だよ」


「私は、ユリウスが好きだって、言ったよ。でも、こ、恋人になりたいとは思ってないよ」


「なるほど、じゃあ私たちは両想いなのに恋人じゃないのかあ。じゃあ、キキが成人したら結婚してくれないかな。恋人がダメなら伴侶になってください」


「何言ってるの……何、言ってるの、そんなのダメだって……」


「これは譲れません。段階を踏んでお付き合いしたいのに、恋人がダメ、伴侶もダメ。じゃあ私はどうやってキキを手に入れればいいの」


「だ……だから……えぇ……?」



困る。こんなの、困る。

どうしたいのかって聞かれても。



「私は……ユリウスにぺっとりしたい。工房でユリウスが緊張せずに、リラックスして過ごせる時間が大切。そ、それ、だけ」


「ぺっとり……うん、それいいねー。恋人らしくていいねー」


「こ、恋人じゃ、ない」


「私がぺっとりさせなくなった理由、知ってる?」


「……ううん」


「小さな女の子だと思ってたキキが、すっかり大人になってた。私は、大人の女性なのに恋人ではない人にぺっとりさせるなんて、紳士ではないと思ってる。だから、キキにぺっとりさせなくなった。でもキキとは恋人になりたいから、もういくらでもぺっとりしていいよ?」


「ず……ずるい……じゃあ私がぺっとりしたら、恋人だって自分で認めたことになっちゃうの……」


「ん~、じゃあそこはグレーゾーンってことで。私は愛しいキキがくっついて来てくれたら嬉しいから、キキの気持ちの整理がつくまでは、そこまで押し付けないことにしてもいいかな」



だんだん、何を言い合いしてるのか、わからなくなってきた。

私がぐるぐるしていると、ユリウスは私のほっぺたに軽くキスした。



「あー、かわいい。『絶対キキを手に入れてみせる』」


「な……な……何するのー!」


「両想いだから、キスくらいいいでしょ?」


「え? え? そうなの? なんで?」


「あー、かわいい。絶対、絶対キキを手に入れるからね」



だめだ……何言ってもだめだ……

恋人じゃないけど、伴侶じゃないけど、私がユリウスの領分を犯さないようにできる方法を考えなくちゃ。


でも何でユリウスから、この前会った紫紺の長みたいな脳波が出てるんだろう。あんな虎みたいな怖い脳波じゃないけど。


桜が満開になっているような、華やかな気配。

百合の芳香が満ち溢れているような気配。


私の大好きな気配に満ちている彼は、私を盛大に困らせたまま、嬉しそうに唇へキスをした。





  

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