嵐のような来客 sideキキ
年末が近くなってきた頃、私たちは凍死しそうな子供に暖を取らせる場所を増やした。オピオンを持つ者が交替でデミへ散らばって、何も言わずに道端で生活魔法をかけ、気温を上げる。するとどこからともなく子供が集まって、警戒しながらもそこで体を温めていくようになった。
そこに会話はない。
でも、ほんの少しだけ子供たちに「助けたいと思っている」ということを信じてもらえるから。
それだけで、この世界が暴力だけで出来ているわけではないと、信じられるようになるから。
だから、私たちができることをしに行っている。
年末ともなると、デミのケダモノどももパーティーで浮かれる。子供たちにとっては酔っ払いの財布が狙いやすくなるし、残飯も贅沢なものが増えるし、稼ぎ時だ。
私はと言えば詰所で重度の凍傷になってしまった子を治癒したり、低体温症になってしまった子を温めたりとけっこう忙しい毎日だった。
ずっと詰所にいたもので、とうとうジンが気にして「キキも少しはゆっくり休んだ方がいい」と言い出した。
だから今日は一日、工房で勉強したり幻獣駒を作ったりしようかなと思っていた。
そんな経緯で工房で黙々と駒を作っている私に、いつも通りやってきたヨアキムはにこりと笑って向かいに座る。
「今日は詰所へ行かないんですか」
「うん、ジンが少しは休めって」
「ふふ、全然休んでないじゃないですか。まだバラ売り用も水晶製もストックはあるでしょう?」
「休みって、何をすればいいのかわかんない」
「そうですねえ、お友達と遊びに行ったり……しないですね、三人とも」
「遊ぶって、何をすればいいのかわかんない」
「おしゃべりするとか、一緒に出掛けるとか、ですかねえ。そう言えば私も人に教えられるほどの遊びの達人ではないんでした」
「遊びの達人だって……ふふ、そんなのいるんだ」
「楽しむことが上手な人って、いるんですよ? ああ、ユリウスが楽しいことを教わったのは、アルですね。フィーネさんも相当楽しい事に夢中になってしまう性質をしてますし」
「……そっか、フィーネってあったかい人だったね。あの人、好き」
「おや、そんなこと聞いたらフィーネさんは大喜びしてしまうでしょうね。呼んでみます? 工房へ来てみたいって言ってましたし」
「会えるの?」
「ちょっと待ってくださいね。
――フィーネさん、今日はお忙しいですか? ……いえいえ、キキがね、フィーネさんが好きだから会いたいって……あ……ええ……まあ……あの、ですから……あ……」
通信していたヨアキムが珍しくオロオロしているなと思った瞬間、工房へゲートが開いて小さな男の子を抱いたフィーネが鼻息荒く入ってきた。
「キキ!! やあ久しぶりだね、ぼくも麗しの君に会いたかったよ。まさか君から『フィーネが好きだから会いたい』だなんて熱烈ラブコールをいただけるとは思わなかったのでねえ、少々興奮気味なのは許してくれたまえよ! ああ、この子は一人息子のレビだ、よろしく頼むよ。いやあ、この前のドレスアップした君は天使もかくやという美しさだったが、普段着スッピンの君も可愛さ殲滅級なのだね。これ以上ぼくを虜にしないでほしいな、連れて帰りたくなってしまうよ!」
「ママ、お姉ちゃん、びっくりしてる」
「ん? おお、これはすまないことをした」
「あ……えっと、久しぶり、フィーネ。君はレビって言うんだ。私、キキ。よろしくね」
「あは、よろしくー! キキ姉ちゃん、とっても波がキラキラのピカピカのふわっふわでおいしーい。俺、キキ姉ちゃん好きだー」
「まったくだねレビ! キキのマナは甘すぎず、柑橘系の爽やかさとすっきりした芳香とフルートのような繊細な音を奏でているよ……しかし特筆すべきは、このきめ細やかでなめらかな舌触りだろう」
「 ?? マナ、食べてるの?」
「俺とー、パパとー、ママはー、マナ同調者! そう感じるだけー」
「へえ……すごいね。アルノルトもなんだ。不思議……」
ヨアキムは笑って「フィーネさん、悪いクセが出てますよー。落ち着かないとキキがおしゃべりできません」なんて言って宥めてた。私は二人にお茶を淹れ、最近賢者が教えてくれたアイスボックスクッキーを作ってあったので出してみた。
フィーネは話題が豊富で、デミの中でしか通じなさそうな話も難なく理解する。軍人だからなのか、小規模な犯罪グループの動向にも詳しい。しかもそんな殺伐とした話だけじゃなくって、方陣の専門家でもあるという彼女の話はためになる。治癒師の必須技能である走査方陣についても詳しかった。
そして……内心でかなり驚いていたのが、レビだった。まだ四歳だというレビは、私が見たことのないタイプの子供だった。デミの子に比べて発育が良く、ふっくらした頬。人懐っこくて、天真爛漫。にこにこ笑って、まるで……そう、この子みたいなのを天使って言うんじゃないのかな。
育つ環境が違うと、こんなに子供って、かわいい存在になるんだ。
知らなかった。
「キキ姉ちゃん、このクッキーおいしい。ナディヤママとかニコル先生が作ったやつみたい」
「そう? ありがとう。レビに褒められると、嬉しい」
「レビ、ぼくにもそのクッキーをおくれよ……ずるいではないか、独り占めして」
「あ、ごめんねママ。おいしくって、お皿引き寄せちゃった……」
「よかったですねえキキ。ジンやギィはこんなにおいしそうには食べてくれないですもんね」
「うん、二人とも甘いものよりしょっぱいものが好きだから」
なんだか年上のフィーネも、もちろんレビも可愛いなぁと思って、頬が緩む。
そのうちレビは何の警戒心もなしに、私の膝へ頭をのっけてスースー眠ってしまった。あまりにも無防備な寝顔を見て、自分でも相当ニヤニヤしているなって思いながらもレビの髪を撫でていた。
するとフィーネはまるでヨアキムやユリウスみたいに「キキ、その表情は最高だ! 愛らしすぎる!」と褒めてくるので、ふと思いついて聞いてみた。
「ねえフィーネ。私の顔って、デミの外だともてるって、本当?」
「ぶッ!? ……話には聞いていたが、本当に君はヘルゲそっくりだな。ああ、そうだね。君の内面を知らなくても興味を引かれてしまう男性は多いだろう」
「ヘルゲに似てるの?」
「ああ。ヘルゲはあの通りの美丈夫だが、そんなことは昔からどうでもいいと思っていてね。その無自覚・無頓着のおかげで、彼の世話係は群がる女の子を捌くのに四苦八苦していたのだよ」
「はあ……世話係……」
「そうさ。本人はそれでいいかもしれないが、少しでも彼を大切に守ろうと思う友人にとってはたまったもんじゃない。自分を守ろうとしない人間を護衛することほど難しいものはないからねえ」
「……! あ……そういう……こと、か」
「おや、心当たりでもあるかい? あのパーティーの一件で、ユリウスに何か言われたのかな」
「えっと……デミの外で私が可愛いと思われているってことに関しては、納得はしていないけど頭では理解したつもり。それをユリウスやヨアキムが心配しているってことも、理解した」
「キキ、わかってくれてたんですか! よかったー、ユリウスはあのパーティーで『キキの心を傷付けただけで、何も理解してもらえなかった』と意気消沈していましたから」
「そうなの? ……そういえば、その話は決着ついてなかったかも。あの後ジンたちと話してそのことは理解したけど、ユリウスとは違う話しかしてない」
「ん? しかしあのパーティーでの最大の目標は『キキにわかってもらう』ってことだったと、ぼくは聞いているよ? あの時点で理解が及んでいなかったと言うことは、ユリウスとは何の話をしたのだい」
「自分が変な化粧をしてるのが恥ずかしくって、鏡を見るのをイヤがっちゃったの。ユリウスはそれが理解できなかったみたいで」
「えー! キキ、あんなに綺麗になったのに! あれをヘンだと思ってたんですか!」
「――今でも、少し、そう思ってる」
なんだか居心地悪い空気になってふたりから視線をはずすと、フィーネがさらに盛大なため息をついた。
「……はあ、これはユリウスが手こずる訳だね。で、結局鏡を見たくないっていう理由を説明して終わりだったのかい?」
「自分がユリウスに恋してる身の程知らずだって思い知らされるから、鏡を見たくなかったって言った。でも、妙な反応されちゃって……やっぱり私って言葉が足りないのかな」
「「 ッブゥゥゥゥゥ!! 」」
「……どしたの」
「いや、その……突っ込みどころが満載すぎて、どこから言えば良いのやら。ええと、二人の間のことだから、差し出がましいことを言いたくはないが、その……そんな告白を君からしたというのに、ユリウスは君を放置しているというのかい?」
「ユリウスもそう言ってたけど、告白じゃないよ? 私はユリウスと恋人になりたいなんて思ってないもの」
「……フィーネさん、私は自分が情緒面の教育に激しく向いていないと自覚しました。どうしましょう、キキったらまさに無自覚・無頓着ですよ……」
「ええと、キキ。なぜユリウスと恋人になる気がないのだい? ユリウスがもし君の想いを受け入れるのなら、何も問題などないと思うのだが」
――フィーネのその言葉に、私は本気で驚いてしまった。
だって、フィーネはデミの外の、温かい人。
きっと不要な嘘やまやかしは言わない人。
ユリウスが中枢議員だと知っているし、私なんかより余程その仕事の大変さはわかっているはずなのに。
問題など、ない?
「問題は、あると思う……私が付き纏っていると知られるだけで、ユリウスは議員を続けられなくなる。それは、ダメでしょ」
「――なるほど。もう一つ君に質問があるよ、キキ。最近ユリウスがこの工房へ来れない理由を理解しているかい?」
「ううん。忙しいのかなって思ってた」
「そうか。君はこの工房だけで、ユリウスと会えればいいと……そう、思っているのだね?」
「うん。よくわかったね、フィーネ」
「むう……不本意ながら、そういう四角四面な考え方は身に覚えが大アリなのでね。なるほどね、キキ。君の世界はとても小さいのだね……いや、非難しているつもりはないのだ。それを知る機会のない場所で生きてきたのだから。キキ、これからたくさんユリウスと話すといい。ここへきちんと以前のように来て、君と話すべきだとユリウスへは伝えておくよ」
「 ? ありがと……」
その後はお昼寝から目覚めたレビと少し話して、彼が気に入った水晶の幻獣駒を目の前で作ってプレゼントしてあげた。レビが「かっこいい」と目を輝かせていたのは「グリフォン」だった。昔ヨアキムが私たちに教えてくれたように神話を聞かせてあげると、とても喜んでくれて嬉しくなる。
そうして夕方になってから二人が帰っていくと、ヨアキムはしょげたように呟いた。
「ねえキキ……私は、ダメダメです。すみません、私があなた方を見つけたんじゃなければ良かったのかもしれない」
「たまにヨアキムは、そういうネガティブなこと、言うね? 私たちはこんなにいい暮らしができていて、感謝してるのに」
もうユリウスにはできなくなった「ぺっとり」をヨアキムにしてみる。
私が甘えたい人にだけする行為。
ヨアキムはそれで少し気分を良くしてくれたみたいで「これをされては落ち込めませんね」と笑った。




