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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第三章 二人の距離感
23/56

正三角形 sideキキ

  





ようやくドレスを脱いで、化粧を落とすことができた。

いつもの柔らかい部屋着に着替えるとドッと体の力が抜けた気がして、少し猫背になってしまった。



そのままボンヤリとハンガーにかけた真っ白くて綺麗なドレスを眺め、今日はいろんなことがあったなあとしみじみ思っていたら、ドアがノックされた。


ドアを開けるとジンとギィがいて、話したいみたいだなってわかったから、何も言わずに二人を中へ入れた。



「……キキ、今日なにがあった」


「ユリウスが私を可愛いって言いたがってただけ」


「うそつけ、あの様子じゃお前が酷い目に遭った責任は自分にあるって思い詰めてるぞ」


「――私、何も酷い目になんて遭ってない」


「……キキ、変な男に言い寄られたって?」


「ん、でも少し付き纏われただけ」


「んじゃアレか、パーティーはいい女だらけで、ユリウスが引っ張りだこだったか」


「……っ、ちがう。ユリウスが会ったのは、幼馴染の人で、結婚しましたって報告受けてただけ」



ふん、とギィは鼻を鳴らすと「それか」と言った。

もう……すぐにそうやってカマかけるんだから。



「……キキ、お前は男の極端なところしか知らない。俺たちも似たり寄ったりだけど、男にだってまともなやつはいる」


「 ? 知ってるよ?」


「お前の知ってるのはほんの一握りのやつだけだってんだよ。そのいい例が今日の『変な男』だ。お前、一足飛びに『つっこまれる』って思って逃げたんだろ?」


「そうだよ」


「それだっての。そんな上流階級ばっかのパーティーで、ユリウスのツレだってわかってる女をソッコーで強姦すっかよ。『外』のやつらはそこまでバカじゃねぇ。お前に絡んだのは、まずはお前の興味を引きたかったから近づいたんだろ」


「話したがってるのはわかったけど、娼館で品定めするような目で見られたから」


「まあ、そこはユリウスが言ってた通り、そいつが外の人間の中でもゲスの部類に入るからなんだろ。お前が警戒する時に『捕まったらつっこまれる』と思っちまうのはわかる。お前は非力だし、余計そうなんだろ。だけどなキキ、男も恋はするぜ? 男も、女に惚れて、簡単に手を出しちゃいけないと思って自制するぜ? お前がそういう風にユリウスを好きなようにな」



――男も、恋をする。

当たり前じゃない、何言ってるのギィ?と思ってから、私ははたと気づいた。


もしかしたら、ユリウスが私に伝えようとしていたことって、それなのかな。



「ねえ……まさかとは思うけど、ユリウスってずっと『迂闊に可愛さを見せて、男を魅了するな』って言ってる? 私に?」


「「そーだよ」」


「そんなわけないのに、つっこむ前段階の『恋』を男にさせるなって、言ってたんだ……心配症すぎないかな……」


「お前、やっぱバカな。俺も人のこたァ言えないけどよ」


「……どういう意味」


「お前、デミの外だとモテんだよ。んで、その辺の男へ『恋するとっかかり』をぶちまけてんだ、その見た目で」


「……そういうこと、だな。ケヴィンにも言われたぞ、キキに熱を上げる男どもが出そうだ、気を付けてやれってな。大体、そうじゃなきゃお前がその変な男に絡まれることだって無かっただろ。デミの外の、更に紫紺の偉いやつらのパーティーなんだ。ユリウスみたいな考え方する人間ばかりの中で、その男はゲスだって言われるんだぞ? お前に声を掛けただけで」


「そっか。ユリウスやヨアキムが心配してるのは、そういうことなんだ。どうすればいいかよくわかんないけど、外でも警戒するよ」


「そうしてやんな、納品もお前一人で行かせないようにすっからさ。で、もう一つあんだろ、吐け」


「何を?」


「ユリウスに女が寄ってきて、お前がどう思ったかだよ。辛かったんなら、俺らに吐け」


「あれは、ただの勘違いだから」


「……どう勘違いして、辛かったのかを言えよキキ」



ギィとジンの言葉を聞いて、反射的にピクリと肩が動いてしまった。

ダメだ、これは二人にすっかりバレてるなあ……


でも何て言えばいいの?

あの時私が思ったのは「失恋かあ」だった。

やっぱり道化師が王子様に恋するなんてバカだったって、それだけだった。


あとは……二人に助けてほしいって、思った。

ベッドに突っ伏して泣きたいって、思った。


言葉になんてできないくらい、悲しかった。


ただ、それだけ。



「吐けコラ」


「ギィ、急かすな」


「どうせコイツ、どう言えばいいかわかんねーから黙ってんだぜ。おいキキ、話さなくてもいいだろ」


「 ? 吐けって言ったり話さなくていいって言ったり、ギィは私に何をさせたいの」


「感情を吐き出せって言ってんだ」


「……っ!」



ぽろっと、涙が出た。

今日は本当に、私は泣きすぎだと思う。

ユリウスが死んじゃうかもってパニックになった時に、涙腺のスイッチが壊れちゃったのかな……



「失恋したって、思った」


「ん」


「ピエロみたいなお化粧された貧相な私が、ユリウスに恋とかほんとにバカだって思った」


「ん」


「いつかあんな風に、綺麗な女の人とユリウスはどっかに行っちゃうんだと思った」


「ん」


「その時になったらちゃんとお祝いするフリするから、今日はもう許してほしいなって……ジンとギィのとこに帰って、ドレス脱いで、化粧落として、ベッドで泣きたいなって……そう思った」


「ん」


「ユリウスが、すき」


「ん」


「それだけ」


「そっか」


「うん」



二人はただ静かに聞いてた。


手が届くか届かないかっていう距離で、ラグの敷かれた床へ正三角形の位置に座った私たち。


二人は、私が泣き止むまで、ただ静かに座ってた。





  

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