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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第二章 ユリウスの事情
22/56

『外』の感覚

  






うわっ!?

だ、だめだ……

出てしまった、私の悪いクセ。


滅多に出ないけれど、一回出てしまうとなかなかおさまらない、赤面症。


幼少期はまだマシだった。

リリーに「優しいね」と言われて少しだけ赤くなる程度だったのに、アルノルトに「ユリウスと友達でいたい」と言われて初めて出てきたこの症状。


感情の揺れがほぼ皆無だった「暗黒期間」を脱してみると、私は「弱いタイプからの純粋な言葉」に激烈に反応するようになってしまったんだ。


仕事ではほとんど出ないから、まだいい。

でも私のことを「恥ずかしがり屋な議員」だと思っているエルメンヒルト様やアンゼルマ様あたりはちょいちょい娘さんを利用して、私のそういう顔を見たがることがある。リリーもそうだったし、本当に女性というのは物好きが多いなと思っていたんだけど、弊害はそれくらいのものだった。




だけど今、史上最悪のタイミングで赤面している私がいる。


なぜかというと、私は完全に今までキキの兄とか保護者とか、そんな気持ちでいたわけで。今日こうしてキキを着飾らせたり、「認識を変えてもらわなきゃ」などと真剣に取り組んでいたのもそういう立場からの「上から目線」だった。


その立場を無意識に守ろうとして、さっきから「どこのユリウスがキキを誑かした」とか無理矢理ねじくれた解釈をしようと頑張ったが、何をどう考えたって私のことだったのがわかって。




それでめちゃくちゃ嬉しくなっているとか、私は何て恥知らずだ……!




ということは何か?

「私の可愛いキキを汚すような視線で見るんじゃない」とか「オイゲン潰す」とか、ああいった怒りも何もかも、ただの独占欲や嫉妬だったことになるじゃないか?


……ああ、そうだ。

このドレスを着たキキを見て、最初に思ったのは「誰にも見せたくない」だった。


――これは、アルノルトに叱られる訳だ。私は本当に馬鹿なんだな……






さっきからのショックの連続にまともな思考もできていない私がようやく事態に気付いたのは、手の甲に温かい雫が落ちたからだった。


ハッとして足の間にいたはずのキキへ意識を向けようと思ったけれど、私はなぜか白くて温かくて柔らかいものに弱々しく抱きつかれていた。


それがキキだと分かるまで、更に数秒かかった。



「ふ……ふぇ、ユリウス、死んじゃやだ……た、立てる? 歩けない? 私じゃ、ユリウスの病気がわからない……ひっく、ジン、たすけて……ギィ……ひっく……あ、そうだ……使用人さん……使用人さんを、呼べばよかった……待っててユリウス、すぐに治癒院へ連れて行ってあげるから……」


「……! うわ、うわ、な、何で抱き……うわ!」


「 !? ユリウス、気付いた? パ、パニックになっちゃったの? どうしよう……熱は上がってない……のぼせだけなら、そんなに症状は深刻じゃないかも……立てる? 治癒院、行こう?」


「え!? キキ、何で泣いてるの!?」


「な、何でって……何でって、だって、ユリウスが病気だからっ」


「ちょっと待った……その、病気じゃありません……」


「うそ! だってすごく長い間放心状態だったんだよ、動悸がすごくてのぼせの症状が出ていて、でも血圧も正常値、ウィルス感染もなし……! きっとストレスで自律神経失調症なんだよ。私じゃカウンセリングの知識がないから、早く治癒院に行こう。ごめんなさい、まだ全然私は未熟だった。もっと勉強して、どんな病気やケガでも治せるようになるから……だから、死んじゃ、やだ……! ふえぇぇぇ……っ」



――誰か、私のことを力の限り殴り倒してくれないだろうか。


キキがこんなに泣くのを、初めて見た。

彼ら――ジンたち三人は、滅多に泣かないし呆然自失になったりしない。

それは命の危険に直結するほどの隙を生むし、何よりそれが当然だと思っている。


そのキキが泣いているのは、安穏と暮らしてきた私が呆然自失していたせいだ。


――誰か、本当に、私をボコボコに殴り倒してくれないかな……!!






私は必死に冷静な思考を掻き集め、「いつものユリウス」を演じることにした。


キキが泣き止むなら、私の自己嫌悪なんて隠せばいい。

後で、一人で悶絶して寝不足にでも何にでもなればいい。

今は、キキだ。


そう思って懸命に慰めていたんだけどもね。


さっきのド直球の告白は「告白じゃない、ただの説明だ」と言われたよ。


私は、どうすればいいのかな……?






*****






少しギクシャクしたまま、デミの工房への道を歩く。

キキは言うべきことは言って、すっかり落ち着いたという顔だ。

私はその分、大荒れな気持ちなんだけどね……はぁ。


なぜかと言うと、私は自分の鈍感具合も含めて何もかも大反省したい。

でも「反省は後で! とにかく今はキキのケアが最優先」というミッションを自分に課している。


なので、大荒れ。でも表に出さない努力をしております、ハイ。


――大荒れでも気持ちがキツくても当然だ、私はさっき幼馴染に捕まって彼女につらい思いをさせた前科者なんだからね。


今はキキを安心させる笑顔だけ、顔面に張り付けている。



「ねえユリウス。送らなくても、いいよ? そのままの格好じゃデミへ入れないでしょ? 顔を変えても、ユリウスだってわかっちゃうと思う」


「ん? ああ、もう大丈夫だよ。長様にデミへ通ってることはバレてるし、このネタで私を強請ることは不可能だから」


「そう……なの? 長が良くても、敵は?」


「同じことだね、デミへ通うのがイコール悪いことなわけじゃない。ギィとチェスをしたいという『本当の理由』があるし、反政府勢力に接触している証拠でも取られない限りは問題ないよ。まあ今後もいつも通り変装はするけど、今日くらいは最後までエスコートさせてね」


「――ん、わかった」




デミへ入るとキキがいつも通り周囲を警戒し始めたのが分かる。でもここまでドレスアップした二人がデミ中心部へ行くというのは、ほぼ高確率でデミ最大の闇市場を運営するマフィア「ケイオス」への客だと思われるだろう。


タトゥを見せつけられない冬場はこうして警戒するのが彼らの常だけれど、今日はかなり安全だと思うんだけどな。


それより、キキに見とれているやつらの多いこと……


ほら見ろ、やっぱりデミでも君は綺麗なんだ。

キキだって鈍感だよ……


内心で愚痴を呟きながら、結局キキの意識を変えられなかったなあと嘆息する。キキは私に「認識が違う」ということをがっつり知らしめたわけだから、これは私の負けかもしれない。


そんなことを考えつつ工房の玄関を開け、「ただいま」と言いながらキキを通す。背後でキキが工房へ入って行くのを見ていた子供が「うっそだろ……」と呆けているのを見た。うそじゃないよ、キキだよ。娼婦のお姉さんよりきれいでしょ?なんて思いながらニコリと子供へ笑顔を向けると、弾けるように暗闇へ姿を消して行った。



「――キキ! 綺麗ですね、これは素晴らしい! うわー、これ絶対ユリウスが選んだドレスでしょう。ユリウスは純白にすると思いましたよ~。似合いますよ、とっても美人ですよ、パーティーでも注目されたでしょう?」


「えっと……注目っていうか、ヘンな人に絡まれたけど、アルノルトとフィーネが助けてくれた。二人と友達になったの」


「おや、アルとフィーネさんに会いましたか。素敵な二人でしょう? ――で、ユリウス? どういうことですか?」



はい、ミレニアム級霊魂様のお怒りに触れますよね。

私はそろそろ命運が尽きるかもしれないよ、ごめんねキキ。



「すみません、私が幼馴染に捕まってしまって。その間に例のオイゲンがキキに付き纏いました」


「ユリウス、お仕置きは何がいいですか……!」


「申し訳ありません……」


「ヨアキム、怒らないで。ユリウスは偉かったよ、その幼馴染の人はユリウスに酷い事した人なのに、ちゃんと話を聞いてあげただけなの。あの男がクズだっただけ。私が弱そうだから、きっと簡単につっこめると思ったんだよ」


「「 ッブウウウゥゥゥゥゥ!! 」」


「キキ……ち、違うと思います。違わないけど違うっていうか。そんな直接的なことをそんな清純な姿で言わないでくださいね……」





何言ってるの、この子……


たぶん彼らの「こういう言葉」を聞き慣れているヨアキムは、私を気の毒そうに見て「まあ、これでお仕置きは勘弁してあげますよ……」と言った。


私がショックで口をパクパクさせていると、玄関でガチャリと音がする。


ジンとギィが、帰ってきた。

たぶん夜の見回りにでも行ってたんだな。



「なあ外でよお、ガキどもが『キキがほんとに聖女になった』って騒いで……」


「ただいま。ああ、二人ともパーティーから帰ってたの……か……」



二人は動きを止めた。


よし! これだ! 私が今日狙っていたのはこれ!!

私やヨアキムがいくら言っても信じてくれないなら、キキが一番信じているこの二人しかいないんだよ!



「お帰りなさい、二人とも。見てくださいよー、キキったら綺麗でしょう? そりゃあ子供たちだって『聖女』くらい言いますよ!」


「……おかえり」


「なんっか……別人みてーだなお前」


「そうだな、別人だ」


「だよね……私も顔にお面でも付けてる気分だもん」


「っは~、お前これなら物好きに売れるぜ? やっぱ化粧ってバケるためにあるんだな」



売れる……売れる!?

ギィがあっさりと言った言葉に頭を強打されたかのような衝撃が走る。しかもそれをジンもキキも「そうだよね」とばかりに納得していて、私の目論見など一瞬で瓦解したとわかった。



「ギィ!? 売れるだなんて……酷いじゃないか!」


「ンだよユリウス、なに怒ってんだ」



ギィは「たいしたことを言ってもいないのに、突然怒り出したユリウス」にびっくりしている。そしてギィと私の温度差を察したヨアキムが、ギィを嗜めた。



「キキを娼婦扱いしたからでしょう。キキは体を売る必要がないんですから」


「あー、そういう感覚な。『外』らしいや」


「ギィ、言葉は選んだ方がいい。驚かせるだけだ」



呆れたように返事したギィを、ジンも嗜める……しかしそれさえも「外の連中がこういう考え方なのはお前もわかってるだろ?」とばかりの、違う国の風習を思い出させたかのような口調だった。



「わぁったよ……悪かったな、ユリウス」



私は――


私は、彼らと分かり合えないんだろうか。


ドサリとソファへ腰かけ、虚脱感にまた呆然としそうになる。

さっき抑え込んでいた反省だの後悔だのが噴出しそうになり、でも私はそれをキキへ見せることは許されないと思ってグッとこらえた。


もう今日一日だけで、彼女にはつらい思いをたくさんさせ過ぎた。


これ以上私が落ち込んだ姿まで見せて、心配させちゃいけない。


それこそ「お面」をつけたような笑顔だけを残して、私は工房を辞した。





  

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