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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第一章 キキの事情
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治癒師

  






以前から死体を見る機会は毎日のようにあったし、人間の体が一皮剥けば血と肉と骨、命を維持するための内臓などでできているのはよくわかっていた。


みんな、同じ。

中身は、みんな、同じ。



初潮が来たときに改めて賢者から人体の構造について説明された私は、それらを修復できるのではないかという直感があった。

もちろん命がなくなった死体は無理だけど、ケガならば。


そんな風に思うようになったのは、ヨアキムが出会った頃にかけてくれた治癒魔法の存在も大きい。あれを思い出すと、今でも不思議な気持ちになる。


そっと撫でるような、温かい感覚だった。


私につっこもうとした男に追いかけられ、転んで血が滲んでいた擦り傷はかさぶたになって治りかけていて。ヨアキムは「治癒魔法の真似をしただけなので、完全に治せなくてすみません」なんて言ったけど、痛みがなくなっていくあの感覚は、言葉では言い表せない。


ヘンテコなヨアキムは、最初から私たちを宝物のように扱う、本当にヘンテコな人で。他人が傷を治そうとしてくれたことに衝撃を受ける私たちはおかしくないと思うの。だって、大人からもらったことがあるのは痛さと苦しさと生傷だけだったから。


でも、だからこそ、私は自分を活かせる道がようやく見つかったと思った。


ジンとギィは、暴力の渦巻くデミを自分たちの力で歩けるようにと必死になってる。何かあると、咄嗟に私を庇う二人。私だって二人を守りたいけど、私には力がない。


それなら……もし彼らがケガした時に、私が治せるなら。

最初から痛い思いをさせないようにはできないけど、痛くなってしまったら私が治す。


そうすれば、きっと、二人は死なない。

私たちは、きっと、一緒にいられる。


そう思って、必死に賢者へお願いしていろいろ教えてもらった。ヨアキムにもお願いしたら、ルチアーノのお抱え治癒師のお姉さんに私の教育係を頼んでくれた。そのお姉さんはエマと言って、顔に大きな古傷があって、でもとても大らかな人。


自分の顔の傷は治せないの?と聞いたけど、この傷のおかげで治癒師の能力が開花したようなものだし、大切な傷なのと笑う。治癒魔法が使えるようになってからわかったけど、古傷というのはなかなか消せないものだ。けれどコンプレックスになってもおかしくない顔の傷を愛しそうに撫でるエマは、辛いことを乗り越えた強さを持っていて、器の大きさを感じさせた。




エマは早朝のデミを、私と一緒に歩くようになった。デミの子供が外壁の南西詰所前に置いた、新鮮な死体を見に行くためだった。



「キキ、この男の死因はなんだと思う?」


「……顔面と腹部に打撲痕……えっと、吐血しているし、内臓破裂かなあ……」


「そうかもね、これはかなり苦しんだでしょう。頭部に外傷は?」


「……裂傷はないけどコブができてる」


「ん。じゃあ、このまえ教えた走査スキャンの方陣、展開できる?」


「うん」


「……どう?」


「脳圧が高い。内臓は少し損傷してるけど破裂ってほどじゃない。なにこれ」


「死因は脳挫傷からの脳内出血ね。顔面への打撃により倒れて後頭部を強打、こぶになっている。脳内出血の箇所は脳幹と前頭葉ね。衝撃を受けた反対側へ陰圧がかかって出血した『反衝損傷』よ。このように、外から見ただけじゃ原因がわからないことも多い。走査方陣は必須だから、なるべく使えるレベルは上げておきなさいね」


「うん」



こんな風に、エマは私に実地で人体のことを教えてくれる。

十四歳になる頃には、私は少々のケガなら一瞬で治せる程の腕前になっていた。





*****




最近、ジンを慕ってくっついてくる子が多くなった。ギィは厳しいから、ゴマをすって近寄ってくる子には容赦なく「失せろ」って言うけど。逆にジンがどうして小さな子を自然に庇ってしまったり、餓死寸前の子にレーションを渡したりしてるのかを理解している子には何も言わない。


理解している子は、ジンにすり寄ってきたりしない。ほんの少しだけど、自分より弱かったり小さかったりする子を自主的に助けるようになる。エサを取れなくてフラフラしてる子に、ポイッと自分の獲ったものをあげてしまって、自分は空腹で軋む体を抱えてもう一度狩りに行く。そんな子を見ると、ジンは何も言わずにレーションを渡していた。





ある日、ジンが血相を変えて工房へ戻ってきた。抱きかかえてるのは、血まみれで虫の息になっている男の子だった。何も聞かず、すぐさま走査方陣を展開して出血箇所を確認。止血して、太腿の大きな動脈を傷つけている裂傷を治す。


かなり強く蹴られたようで内臓も損傷していたし、直腸内に多数の傷と……他者の体液。

相当クズなケダモノに捕まってしまったらしい。


私は夢中になって片っ端から損傷個所を治癒し、失血性ショック寸前だったので造血魔法をかけ、なんとか彼の命を取りとめて……安心したら、疲れ切ってその場で眠り込んでしまった。



目がさめてから彼の容体をチェックして、外傷はほぼなくなっているのを確認。でも意識は戻っているのに反応が薄く、彼は虚ろな目で微動だにせず天井を凝視しているだけだった。


ああ、心が死んでしまったかな……

そこまで治癒できなくて、ごめんね。


造血魔法をかけても栄養が足りないと血は造られない。野菜とベーコンを煮込んだスープを作って、具は飲み込めないだろうから汁だけを入れたカップを持って行く。「飲める?」と聞いてみても反応がないので、上半身を抱き起してスプーンで少しだけ口に流し込んだ。


こくんと飲み込むからホッとして、どんどん飲ませる。

しばらくするとジンが戻ってきて、男の子に聞いた。


「どうだ、まだ生きられそうか」


彼は虚ろな目のまま頷き、また意識を失うように眠った。

そして翌朝にはなんとか立ち上がって歩ける程度になったけど、とても走ったりできる状態じゃない。


するとギィはレーションが数本入った袋を持ち「ついて来い」と言った。たぶん子隠れの穴に連れて行ったんだと思う。




後から聞いたら、あの男の子は一人の女の子がデミのケダモノに襲われていたところへ突進して行ったんだそうだ。そして女の子を逃がしたのはいいけど、自分が捕まって「代用品」にされてしまったらしかった。女の子はジンを必死に探し、何でもするから彼を助けてくれと泣いて懇願した。


ジンとギィが駆け付けた時、ケダモノは事が済んで立ち去るところだった。不意を突かれたケダモノはギィによって滅茶苦茶に叩きのめされ、ジンが私の所へ死にそうな男の子を連れて来たという訳だった。


「何でもする」と言った女の子は、数日間その男の子を穴の中で看病したらしい。ギィは何も言わず、一日一回レーションを穴の中に放り込んでいた。そしてすっかり回復した男の子は、女の子と一緒に工房へやってきた。



「この前は助かった。何でもするから、言いつけてほしい」


「リックを助けてくれて、ありがとう。私も、何でもするって約束した。役に立ちたいの」



ギィは、リックの頭を叩いた。



「二人とも簡単に何でもするなんて言うんじゃねえよ。リックも、自分が死んだらこいつを守れねぇだろ。自分も守れ」



いつかヨアキムに諭されたことをしたり顔で言うギィに苦笑しながら、ジンは二人へ向き直った。



「……そっちは、名前なんて言うんだ」


「ルナ」


「リックと、ルナだな。これをやるから、あの穴で生き延びてみせろ。たまにここへ顔を出して生きていることを知らせろ。話は、それからだ」



ジンはそう言うと、結界の魔石を二個渡した。

二人はペコリとお辞儀して、去っていく。


数年後、リックはギィに並んでジンの懐刀とまで呼ばれるほどの攻撃魔法や結界魔法の使い手になった。そしてルナは、私の助手兼薬剤師として無くてはならない存在になった。



私たちはその後も数度、子隠れの穴を使っている子を発見した。しばらく観察した後でジンは「お前、俺と実験契約しねえか」と誘う。二日に一回、穴のそばで待ち合わせて、魔法の訓練成果を見ては報酬を渡す。見どころがあれば、更にその子へいろいろ教え始める。


ヨアキムにしてもらったことを、ジンは自分なりにアレンジしてやっていた。





  

キキ14歳

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