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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第二章 ユリウスの事情
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幼馴染の謝罪

  




キキは何が飲みたいかな。

果実水でさえ甘すぎると思うらしくて、キキはもっぱら好んで水を飲んでいる。紅茶もたまにならおいしいと思うみたいだけど……そうだ、ペリエはどうだろう。


――ちょっとおちつけ、私。


深呼吸して、ゆっくり息を吐く。

緊張してしまったり、長様の獰猛な気配に中てられているキキのことを一番に考えなければならない。

けれど自分でも少し驚いているんだけど、私はいま浮かれている。


マダムに手を引かれてやってきた天使の娘をエスコートしているのが、自分だということに。

普段着でさえ愛らしい少女が、私が選んだドレスでここまで美しくなっていることに。

私とヨアキムが大切にしてきた女の子が、淑女で溢れているこの迎賓館でも文句なしで一番美しいということに。


うん、さっさと飲み物を持ってキキのところへ戻ろう。

そして彼女を目いっぱい甘やかして、こんな気疲れするパーティーは抜け出して、お土産でも持って工房へ戻り――ヨアキムたちの度胆を抜いてやれ。特にジンとギィは驚くぞ。自分たちの妹としか思っていないキキが、こんな美しい女の子になっていると知ったら。





そんな内面の「キキ祭り」は表面に出さず、静かにドリンクのテーブルへ向かう私へ遠慮がちに声をかけてくる人がいた。



「あ、あの……ユリウス、様。お久しぶりです……」



――誰だ?


全身薄紫のドレスということは、「最近長様の祝福を受けて結婚した人物」のはず。勘弁してほしいな、新婚の奥様一人なのに私へ声をかけるとは。ご主人がいない場で女性から声を掛けるなど、貞淑さを疑われても仕方ないことなのに。



「申し訳ございませんが、ご夫君はどちらに? お美しい新婚のご婦人とお話させていただくには、私は不適切です。失礼させていただきますね」


「あ、あの、わたくし、リリアンナです! あの、夫はそちらに……その、父と一緒におりますし、ユリウス様にご迷惑をかけることはございません。ですので、どうか、少しお話を……」



――思った以上の、衝撃だった。


もうあんな小さな頃のことは思い悩んでも仕方ない。リリーがああいう行動に出たのはご両親が娘を心配してのことだったのだし、誰のせいでもない。しかし私が軟禁生活を送る直接原因になったリリーと、そのお父上。


一瞬グラリと傾きそうになる体を叱咤して、血の気が引いてピントの合わなくなっている目に力を込める。リリーのお父上へ視線を向けると、ピクリとしたあと深くお辞儀されてしまった。こちらも軽くお辞儀を返して、リリーヘ向き直る。



「お久しぶりです、リリアンナ様。そのお衣裳から察するに、ご結婚されたのですね。知らなかったとは言え、お祝いも申し上げずに失礼をいたしました。おめでとうございます」


「あ……ありがとうございます。その……」


「何か込み入ったお話が? 私もパートナーを待たせておりまして……あまり時間が取れないのです。よろしければ、のちほど改めてお父上へもご挨拶しに伺いますが」


「いえ! それは……そんな酷いことを、これ以上あなたにさせられないわ、ユリウス……」



私はキョトンとリリーを見つめた。

お父上とは会議所で何度も会っている。もちろん過去のことがあるので私も必要最低限の接触しかしていないけれど、敵でもなければ味方でもない人だ。ご挨拶に伺うくらい、酷いことでも何でもないんだけど。



「……あなたはそうやって、私たちのせいで理不尽な目に遭ったというのに責めもしない。変わらないのね、そういう優しい所は」


「ああ、そういう意味でしたか。リリアンナ様、あなた方のせいではない。もちろん私のせいでもないけれど、これはもう天の配剤としか言いようがないですから」


「その、謝りたかったんです。両親や学舎があなたへどんな仕打ちをしたか、私たちには巧妙に隠されていて分からなかった。ただ、ユリウスに会ってはいけないと厳命されて逆らえず……成人してから、あなたが隔離された状況だったと知りました。ずっと、謝りたかったんです」



どうもリリーは、そのことを知って両親に猛抗議したらしい。しかしすべてはもう終わったことだったし、逆に今度はリリーが閉じ込められていたそうだ。親の決めた婚約者ときちんと入籍するまで閉じ込めないと、私のところへ謝罪しに飛んで行ってしまいそうな勢いだったから。


そんなことをすれば私の失脚原因を作るだけではなく、まとまりかけている結婚話もフイになってしまう。リリーの両親は、図らずも私の両親と同じような苦しみを味わうことになったというわけだ。


自分の娘を軟禁しなければいけないという辛酸を舐めたリリーの両親は、それでも、だからこそ、厳格にリリーを諭した。ユリウスの邪魔になりたくないなら、行動を自重しなさいと。


婚約者の議員は穏やかな青年だったらしく、リリーの気持ちが落ち着くまで待ち続けた。「ユリウスのギフトは伝染性の病気のようなものだから、もう会ってはいけないよ」と言われた記憶がリリーを激怒させていたが、その婚約者の計らいでなんとか両親と和解。彼の真摯な人柄に改めて惹かれたリリーはようやくこのたび結婚する運びとなったのだった。



「リリアンナ様……リリー、もうそんなにご自分を責めないでください。私はこの通りしぶとく議員をやっているし、毎日楽しく過ごしていますよ。ご結婚、本当におめでとう。後日お祝いを届けさせてもらいます、お幸せな家庭を築いてください」


「ありがとう、ございます。陰ながらユリウス様のご活躍をお祈り申し上げております」



もう一度リリーのお父上とご夫君へ会釈をし、少し焦ってキキの所へ戻ろうとした。その時、通信機から『ちょうど話が終わったな、後ろの通路に来いよユリウス』とアルノルトから連絡が入った。


振り向くと、レストルームへの通路にアルノルトがいるのが見えた。急いでるんだけどなと思いつつ「なんだい?」と言って近づくと。




――ビシーッ!!




ニコニコしながら、アルノルトは渾身のデコピンを私へぶちかました。



「お前ぇ……いくらリリーの話の内容が衝撃的だったからって、キキをほっとくってどういうことだよ! お前のせいで泣きそうだったぞ!」


「え? なに? キキが……泣きそう?」


「そーだよ、このバカタレ坊ちゃん! オイゲンに粉掛けられて、怖くてユリウスんとこへ逃げようとしたんだ。でもお前はリリーと仲良さげに話してるから声を掛けられなくてさ! 何でリリーの話を一度ぶった切ってキキを連れてくるくらいしなかったんだ! お前ひとりでテンパっちゃってさあ!」


「――キキ!」


「いまフィーネが一緒にいるから問題ないよ、落ち着けって。ユリウス、それよりオイゲンだよ。あいつ来賓席にいたキキへ声を掛けた。どうする?」



目の前が、怒りで真っ赤に染まるかと思った。

シュピールツォイクのあの男どもと同類だとは思っていたけれど、そこまで頭の悪いゲスなのか。



「あいつは私が始末を付けよう。キキを簡単に手に入れられると勘違いできる頭の悪さは罪だね……後日、存分に思い知ってもらうよ」


「りょうかーい。それ、俺も一枚噛むからね? キキの心情を感じた者としては許せないからさあ」


「キキの心情?」


「そ、ユリウスには言わないよ。でも……俺まで泣きそうだった。キキは、いい子だよ」



アルノルトは私の肩を軽くパンチし、「キキの目の前で盛大にユリウスを叱ってやるよ。そしたら少しはわだかまりもなくなるだろー?」と言って私を慰めた。







  

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