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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第二章 ユリウスの事情
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天使の娘






キキは嫌がるかもしれない。でも彼女には自信を持ってほしいし、変な男に狙われないようにしてもらわないと、私の脳内血管が遠からず破裂する未来しか見えない。なんとしてもキキを説得しなければと思いながら、オピオンの詰所近くへ直接ゲートを繋げる。



長様の記念パーティーについては、もちろんハイデマリーたちやヨアキムにも相談した。ヨアキムは手放しで喜び、「私もドレスアップしたキキが見たいです! 本物の姫のようになってしまうでしょうね!」と親バカ全開だ。


でも気持ちは痛いほどわかるよ、私もそう思う。


ハイデマリーは「……ま、それもいいかもしれないけどお。認識の齟齬ってどこで帳尻合わせするのがいいのかしらね」と意味がよくわからないことを言って複雑そうな顔をしていた。でも私が「強引かな、やはりキキが可哀相かな」と言うと苦笑しながらも「ま、荒療治もいいかもしれないわあ」と賛成してくれた。


当然のようにパーティーへ招待されているアルノルトたちにも、キキをエスコートすることを伝えておいた。何かあれば、彼らに頼ることもできるからね。


アルノルトは単純に「楽しんでくれるといいねー」と笑い、フィーネはなんとなく事態を把握したようで「ぼくたちは魔法使用OKだからね、何かあってもフォローするさ」と頷く。


頼もしい味方も得たし、大丈夫。

というわけで、キキへパートナーの申し込みだ。


あんまりキキが気負わないように、さりげなく。

でもお願いできる相手がキキしかいないから、困ってるんだよねって言い訳しつつ。


ところが、キキは大真面目な顔でこう言った。



「でも私がデミの人間だなんてバレたら、そっちの方がまずいと思う。変装魔法の女性型をかけてくれるなら、引き受けてもいいけど」



……キキはデミ出身であることを、そこまで引け目に感じているのか。


これは正直言って、予想外だった。

私から見た彼らは、あの汚い大人たちに屈しない高潔な若者だ。そりゃいきなりデミ出身だと言われて会わされたら、初めて会った者は驚いて警戒してしまうかもしれない。それは多少仕方ない部分もあるだろうけど、もし彼らを知った上で、それでも蔑むような輩は――そいつこそ付き合うに値しない者だ。


だから、私やヨアキムは心底そう思っているから、ジンたちも胸を張って生きてほしいと思うし、実際彼らは前向きに生きている。


そう、思っていた。


なのにキキは私がどう説明しても、会話が噛み合わない。

「キキがきれい」という言葉を「清潔」と思って返事したり。私がデミ出身者を堂々と連れて行きたいと言っていることに対して「バカ」と言い放ったり。


何これ、反抗期? 遅すぎる反抗期なの?


ハイデマリーはキキの成長曲線が遅れがちって言ってたけど、いまキキの精神年齢ってもしかして十三歳とか十四歳くらいだってこと?

そんなわけないよね、キキって思慮深い子だもの。


長様自らキキに会いたがっているんだから何も問題はないんだけど、そんなこと言ったら気後れしちゃうに決まっているから今は言いたくないし。


自慢じゃないけど、私は自分自身の反抗期だってまともに味わったことがないんだよ。私の場合は十数年間、一時も休まずギフト持ちである自分への反抗心で一杯だったようなものだ。自分を否定し続けていたから、期間限定で噴出する熱い情動とは無縁だったんじゃないかと、自己分析してるんだけど。


だからなのかな、キキが何に対してそんなイライラしているのか、わからない。


頑なに私をバカだと言い、一度行ってもいいと言った言葉さえ翻そうとするキキが挑発的に「……じゃあ、わかった。私はそのパーティーに行って、ユリウスとヨアキムが私を可愛がり過ぎて目が曇ってるって教えてあげる」などと言った時。


私はこの場で彼女を説得することは、無理だと悟った。


でもそんなこと言うなら、私だって是が非でもキキに分からせてあげるよ?



「もぉ……それでもいいよ。じゃあ今からドレスを見に行こう。当日は少し髪も切って整えるけど、いい?」


「か、買い物って私が着るドレスなの!?」


「そうだよ? 装飾品に髪飾りも靴も、全部ね」



心底呆れた、という顔のキキを連れてマダム・ヴァイオレットの……つまり、長様のご自宅へ向かって歩く。


ムスッとしたままのキキの右手を強引に掴んだ。

キキは拒絶こそしなかったけど、不貞腐れたまま口をきかなかった。


残念でした。

私も絶対に負けられない勝負だと思ってるからね、逃がさないよ?






*****





マダム・ヴァイオレットはそのお名前から「生粋の紫紺」と勘違いされやすいのだけど、上流階級の紫紺と金糸雀一般人のハーフだ。そのことで取沙汰されたこともあったようだけど、その上品な身のこなしと芸術的なまでに淑女のコーディネートを完成させる手腕は誰もが舌を巻く。


キキの素性やタトゥのことをご存知の上で「腕が鳴りますわ」とウキウキしているらしい。ご夫婦揃ってこういうことが大好きなんだね。


私は数度パーティーの席でマダムとお会いしているけれど、ここまで個人的にお世話になるのは初めてだ。失礼のないようにと少し緊張しそうだが、キキがその大邸宅を見てクラリとしている。私が堂々としていないと、キキも不安だろうな。




マダムはキキにとても丁寧に接してくれて、それだけでも私は安心した。サロンでドレスを何着もとっかえひっかえしているキキはうんざりしかかっていて、その様子がなんだか普段のクールなキキの表情とかけ離れているのが可愛い。


――それにしても、キキは何色でも似合う。


一番似合わないだろうと思われた赤を着れば、八重咲きのハイビスカスのよう。

けばけばしいのではと思った濃い桃色を着れば花の妖精のようだった。

ロイヤルブルーのドレスを着た彼女は、まるで霧雨台地の「青い池」の化身。


本当に何色にでもなるんだ。

自分がその色に染まるわけじゃない。

透過し、その色を発色したまま、ガラスの美しい反射光を撒き散らす。


なんて透明な女の子なんだ。


私は段々楽しくなってきてしまった。

マダムの選ぶドレスの趣味がいいというのもあるけれど、キキが有り得ないほど美しくなるというのがほぼ確定だと思えたからだ。


どんなドレスを選ぶのかなって思っていたら、マダムがクスクス笑いながら「わからないから、お任せがいいのですって。ここはユリウス様の思う通りにされてはいかが?」と言い出した。


これは俄然、燃える。


長様は彼女を私の掌中の珠、真珠と表現していたっけ。

うん、真珠、いいな。

それならいっそのこと、ヨアキムの娘らしく天使に仕立て上げてみるのはどうだろう。

彼女はデミで暮らしているけれど、汚泥の娘などではない。

天使の娘、なのだから。



「マダム、純白の羽と白い真珠があしらわれた……ああ、あのレースのオーバードレスがいいです。でも中に着る物は動きを阻害しなさそうな、あのシフォンのドレス。白いストッキングに白い靴。真っ白な、天使のような子にしてほしいです」


「ま! ユリウス様ったら、センスが良くていらっしゃるわ。確かにキキ様は何色でも似合いますけど……そうね、彼女を表すには良い色ですわね」


「ですよね。マダムのお墨付きだし、間違いないですねこれは」


「ん~、腕が鳴りますわ。タトゥを隠す長手袋と……ドレス用のランジェリーにハンドバッグ……そうだわ、髪飾りにも羽をあしらいましょう。市販のものにはないでしょうから、当日までに作っておきますわね」


「お手数をおかけして、申し訳ありません」


「何をおっしゃるのかしら、私にとってこんな楽しいことはございませんわよ?」



マダムはうきうきしながら手元にある純白の小物を選別しに行った。

キキは私たちの話が終わったと見て、まるで救助を求める仔犬のような瞳で「終わった?」と訴えかける。

なんだかその様子が「ユリウスしか縋るものがないのだ」と言っているようで。


自分でも少し歪んだ愉悦かもしれないと思いながら、特上の笑顔を見せてしまった。



「キキ、これから髪飾りと長手袋と靴とドレス用のランジェリーもマダムが揃えてくださるから。あ、あとハンドバッグもね」



キキはあからさまに、がっくりと項垂れた。







  

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