広目天に惨敗
ハイデマリーたちはうまくキキを誘導してくれたらしく、彼女は麻の涼しげなパーカーや胸元が透けないように工夫された服を着るようになっていた。それにもちろんノーブラ問題も解決していて、猫の庭の女性陣には感謝しかないよ。
ハイデマリーやアルマたちからその時の事情を聞いてみると、キキは不思議そうに「なんでこの下着なのか」と聞いてきたらしい。
自分にはまったく必要だとさえ思っていなかったんだなと、その時わかった。
アルマも「キキってぇ、もしかしたらお胸が足りないから自分には女の魅力がないって思ってるのかなァ……寸法測ってってお願いした時も躊躇してたし、胸囲の入力するのが一番遅かったんだァ」と首を傾げている。
それを聞いたニコルは「痛い……痛いほどわかる……心が痛い……」とダメージを受けていた。
そういうことは、私がいなくなってから独白してほしかったよ。
そんなわけで今後は絶対にぺっとりさせないようにしなければ。
……癒しが一つ減ってしまったけど、キキはもう大人の女性なんだからね。
*****
三日と開けずに長様やジギスムント翁のところへお茶をしにやってくるアルノルトとトビアスは、すっかり中枢会議所内でもお馴染みになっている。
長様自ら「俺の命を救ってくれたマギ言語使いだ。今後は魔法相談役として正式採用するので、官邸へフリーパスで通してくれ」と議会へ通達。特に反対意見など出る筈もなく、案内人もなしに会釈しながら顔パスで官邸へ通ってくるんだから大したものだよ。
その二人がいると大抵は私も呼び出される。長様は私やアルノルトたちが話しているのを聞くのが大好きなんだよね。国のトップへ遠慮なくズバズバ物を言うから面白くて仕方ないらしいよ。
そんなある日、なぜか私だけが官邸へ呼び出された。
ということは、何か仕事の依頼かな?と思いつつ長様の執務室へ入る。
「おう、来たなユリウス。まあ座れ」
「失礼します」
「先日、幼気な少女の心を傷付けたそうだな?」
「ぶッ!? ――な、なんの嫌疑ですか!?」
「くっくっ……エルメンヒルト殿の娘との縁談、断ったそうじゃないか」
「ああ……レベッカ様の件でしたか。長様、お人が悪いですよ。何もそんな誤解を招く言い方をしなくても」
「お前のそんな泡を食った顔はなかなか見られないからな、楽しいことを逃すわけがないだろう」
「はあ……もうお好きになさってください……」
「ふん? では好きにさせてもらうとするか。俺は、お前が隠し持っている真珠を『 見 た い 』んだよ」
長様は滅多にないほどの熱心さで――つまり最大に近い熱意でギフトを発揮している。
いくら私でも、これに抗うのは相当キツいんだけど……
ほんとに背筋が凍るって!
「真珠とは、何のこと、ですか……」
「そのレベッカという娘、相当できた淑女だと評判だ。たおやかで、清楚で、頭の回転も速い。俺の妻など、今からその娘を美しくしたいと手ぐすね引いているんだ。レベッカ嬢がそこまでの淑女になったのは、お前の嫁になりたい一心だと言う。
――有名な話だぞ? それをあっけなくソデにしてしまうなど、お前はどれほどのレベルの女ならいいと言うんだ」
「誤解ですよ長様。レベッカ様はお母様が釈放された嬉しさに加えて、いいタイミングで私が贈り物をしてしまったので、幼い頃に勘違いしてしまわれたんです。それこそそんな手段で『幼気な少女』を手に入れてはいけないでしょう」
「ま、そう考えてレベッカという娘を解放したという大義名分だな、なるほど」
「長様……レベッカ様とは誠心誠意お話しさせていただいて、ご理解いただけたと私は思っているんですが?」
「そのレベッカという娘への対応に、俺は何も文句などないぞ?」
「何をおっしゃりたいんですかぁ……」
「デミにいる、お前の掌中の珠――真珠が『 見 た い 』」
「 !? 」
「ふふん、当たりか。さあて、好きにしていいんだったな? ギィとかいうチェスチャンピオンには二人の仲間がいるそうだな。その内の一人は美しい少女という話を聞いているんでなあ。俺もフラッとデミへ出かけて、その娘に会って……ついでにお前がどうやってほぼ痕跡も残さずにデミ通いしているのか、護衛どもと一緒に謎解きをするのも面白そうだ」
「ちょ……長様、勘弁してください……」
「どうしようかなー!? 勘弁してやってもいいが、俺の言うことを一つ聞いてもらおうかなー!」
「アルノルトの真似もやめてください、いいお歳の一国のトップが何をなさってるんですか……」
「いい歳だけ余計だ、その分ペナルティもつけようか。そのデミの娘、俺の妻にコーディネートさせろ。全身、フルコースでな。で、俺の在位三十周年記念パーティーへエスコートしてこい」
「ええぇぇ……マダム・ヴァイオレットまで巻き込むなんて……」
「まだゴネるか? 俺だって迎賓館での大袈裟なパーティーなんぞ嫌なんだ。少しくらい楽しみを提供せんか」
「彼女はデミ育ちで、そんなパーティーとは無縁です。気疲れさせては気の毒です」
「だよな、それもそうだ。だったら仕方ない、俺がデミへ……」
「あー、もう、わかりましたよ!」
「よし、決定だ。二週間前までにはウチへその娘を連れて来て、ドレスだの全部決めておけよ」
「はい……」
ざ、惨敗だ……
いくらギィという足がかりがあったとは言え、普通はそこから辿ろうなんて思い付かないでしょ!
諜報部の腕ききを何にこき使ってるんだ、あの人は……!
――もう、いくら心の中で悪態をついても後の祭りか。
キキが可哀相なことになっちゃうな……
あ。
そうだ……マダム・ヴァイオレットほどの人に磨いてもらうなら、キキはすごくきれいになるに違いない。
キキの自信に、繋がらないかな?
デミの外ではキキが「高嶺の花」っていうくらいの美少女なんだって、少しくらいわかってもらえるんじゃないかな?
よし、こうなったらポジティブに考えよう。
パーティーでキキを最高のお姫様にしてしまおう。
鏡を見て、自分にびっくりしてもらおう。
うん、いい考えだ。
――それにしても、あの時の男どもの顔は脳裏に焼き付いて離れない。
何度思い返しても腸が煮えくり返るよ。
キキが可愛いのは昔からだけど、世の男どもが気付き始めたのは彼女の表面上の美しさが主な原因だ。
バカどもめ、気付くポイントをまったく間違えている。
キキの本当の可愛さは、あの内面の素直さなんだ。
本当にキキが欲しければ、私の屍を越えて行く覚悟が必要だよ?
もし私を倒しても、ほぼミレニアム級の苦痛無効スキルを持った霊魂がいるよ?
キキの素晴らしさを真に理解した者じゃないと、とてもじゃないけど姫は渡せないよね。




