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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第二章 ユリウスの事情
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中枢議員の憂鬱

ユリウス編です(°∀°)

  






アルノルトたちと出会ってもう六年。

中枢議会での私は、既にかなり安定した大勢力として認識されつつあった。


私自身の派閥は大勢力というほどでもないけれど、数年前に比べれば数倍という規模。それに加えてジギスムント翁率いる「ビフレスト(虹の橋)」という巨大派閥同盟と実質的な協力関係だというのが大きい。


私はその巨大同盟の傘下へ入る気は毛頭なかった。

どんなに実力があろうが、一度軍門へ下ってしまったらビフレスト内の暗黙の規律に縛られてしまう。そこからトップを目指してのし上がるなど、時間の無駄だし軋轢を生む。大体、私の目指す頂上はビフレストのトップなどという小さなものではないのだからね。



そんな訳で私の派閥も、協力者たちの秘密集団であるクランも、外部からすれば「底の見えない警戒すべき派閥」であり続けた。


ビフレストというよりも「長様とジギスムント翁というこの国の頂点二人と懇意なのが、ユリウス議員にとってのアドバンテージ」――外部からはそう見えているだろうけれど、本当の私の強みは白縹しろはなだ一族の最強特殊部隊「グラオ」と密接な同盟にあることだ。


彼らは瞳が結晶でできていて、その身体的資質で以って常人では考えられない程の殲滅級大規模魔法を個人で出力する。そんな一族の中でも選りすぐりの能力を持つ者の集団がグラオだ。


彼ら十一人……いや、裏メンバーのヨアキムを含めて十二人が本気になれば、アルカンシエルなど一日で灰燼に帰す。彼らを敵に回すとどういうことになるかは、諸外国のテロ集団どもの方が身を以って知っている――まあ、そいつらはもうこの世にいないだろうけれども。



ともあれ、彼らの助力もあって私の手元には信じられないほど高度な魔法が使われた品物がある。


白縹の最強魔法使いの代名詞「紅玉」のヘルゲはマギ言語の天才でもある。彼独自のインフラ技術で繋がっている高性能の通信機は、魔法で隠蔽された不可視のヘッドセットだ。つまりマザーを介さずに、秘密裡かつリアルタイムの通信が可能。


そして同じくヘルゲが改良した「新型移動魔法」の魔石。


一般人が馬で移動するしかないご時世に、ギフト持ちだけが所有を許される紫紺専用の「(旧型)移動魔法」を持っているのはかなり優位だと思われている。


しかしその旧型移動魔法の石板自体が「ヨアキムが七百年前に作りかけて放置した、ざっくりテキトー魔法」だったわけで。それをヘルゲがきっちり完成させると、座標設定も何もかも一瞬で済んでしまう。


ちなみに旧型移動魔法の石板で座標設定すると、調整に三時間から五時間かかる。それが一瞬で済むというのは、もう神の領域と言ってもいいくらいの魔法だ。正直言って、これを一般に普及させるリスクは計り知れない。


この国はまだそこまで成熟した社会ではないと、私は思う。ヘルゲもそれをよく知っているので、この新型魔法はマナ固有紋でガッチリとロックされている徹底ぶりだ。






そんな訳で彼らの協力とこれらの魔法の恩恵を受けることができた私は、異例の早さで有力議員として名を馳せた。しかし同時に史上最多と言われるほどのハニートラップを受ける中枢議員になってしまったわけで。


――笑い事じゃないんだってば。


まともに正面から縁談が来る程度なら、いくらでも真摯に対応もするよ。

でもその縁談だってバカにならない数な上に、ハニートラップがひっきりなし。


日が落ちても会議所に残っていようものなら、魑魅魍魎かと思うくらいの襲撃の山。ヘルゲにもらった索敵魔法のディスプレイには毎日のようにピンクの光点が明滅し、その画面を見ていると「ピンク色が網膜に焼き付いてツラいです」と筆頭秘書のエルンストさんも弱音を吐く。




ほんと、うんざりだよ。

紫紺のギフト持ちが中枢で覇権を得ようとするのは本能のようなものだけど、そのやり方は千差万別だ。とは言っても婚姻によって有力議員を絡め取り、派閥に属さざるを得なくするやり方は割と一般的。


その為に政略結婚の道具にされるお嬢様方はお気の毒と思うしかないけれど、中には嬉々として「力のあるいい男を捕まえよう」と動く肉食系お嬢様も多いわけで。それがこの「ピンクの光点」なんだよね。


そして私が彼女たちの接触を頑なに拒否するのは、もちろん「そんな女性はお断り」だから。じゃあどんな女性が好みかって言われても困る。今までそれっぽい雰囲気になったこともないし、そんな雰囲気にさせたこともない。



――そうだな、たぶんあの小さいころに軟禁状態だった後遺症もあるかもしれない。私のギフトに惹かれて集まってしまった「私に好意を持つ人々だけの箱庭」の記憶は、歪んだ悪夢として私に定着している。


だから媚態というか、行き過ぎた何かの欲を目に宿した人が私へ近寄ってくるのが我慢ならないんだよ。私が意図せず、ギフトで影響を及ぼしてしまった悪夢の人形に似ているから。



それに二十一歳になるまで私は人間がチェス駒にしか見えていなかったし、金糸雀の里で生まれ変わったような体験をした後は「見返りも要求せず、素晴らしい経験をさせてくれた人々」への感謝で溢れそうだった。


なので今までそれらの人々の生活が良くなるように尽力はしてきたけど、そういうスタンスで接している以上は個人的な恋愛に発展するわけもない。

私が抱いているのは感謝の念であって、恋愛感情ではないのだから。




まあ、ヘルゲの移動魔法のおかげで私は今まで一回もハニートラップに引っ掛からずに済んでいる。彼が中枢会議所内に放牧している「傍受スライム」は迷彩機能つきのスパイみたいなものなんだけど、たまにその映像をチェックしているヘルゲは笑いながら私を呼ぶ。「面白いものが傍受できたぞ」と言って見せてもらった映像に、私はゲンナリした。


待ち構えている女性を躱すために曲がり角で移動魔法のゲートを開いて一瞬で消えると、ほとんど挟み撃ちのように突進してきていた二人の女性が正面衝突し、お互いの胸をぶつけ合って跳ね返ってしまったり。


私にその豊満な胸を押し付けて小部屋へ引きずり込もうとしていた女性は掃除用具の入っているロッカーへ胸から体当たりして、まさに「小部屋」へ自分がはまり込んでしまったり。


大きな胸って、こわいね。





まあ、そんなお下品な方法をとるお嬢様ばかりではないんだけどね。


六年前、齢八歳にして私へ「お嫁さんにして」と言ってくれたエルメンヒルト様のお嬢さんは、とっても真剣に花嫁修業をしていたそうだ。

レベッカ様と言って、愛らしい娘さんなんだけれど。


勉強も頑張って、ご両親のいう事をよく聞いて、一流の淑女となるべく日々研鑽。


エルメンヒルト様は「もしユリウス様に良いご縁談があったのなら、ご自分のお幸せを追求なさるべきですわ。でもレベッカがもし年頃になって御眼鏡にかなうようなら、私どもがお付き合いを反対するわけもございませんけれど」と言って穏やかに笑う。


しかしレベッカ様は私に対する「大人の女性」の猛攻をお母様から聞いて焦ってしまったらしい。まだ十四歳だというのに、私への縁談を進めてほしいと泣いたそうだ。


正直言って、ほんとにあれは心苦しかった。

エルメンヒルト様のお宅へ伺い、可愛らしい淑女に成長していたレベッカ様へ直に話をしに行ったんだよ。


誠実に対応しなければと思って緊張していた私へ、レベッカ様は涙目で「数年後にもったいない事をしたって、ユリウス様に思わせるようなレディになってみせますからね?」と笑った。


私にこれ以上気遣わせまいと気丈に振る舞うレベッカ様は、既に一流の淑女だと思う。







そんな風に毎日襲撃を躱したり、政敵をあしらったり、各部族の諸問題解決に奔走している日々。


そんな私の癒しと言えば、猫の庭とデミの工房。


ああ、猫の庭というのはグラオの拠点みたいなものだよ。そこはグラオの皆が住んでいると同時に、その建物自体の秘匿性の高さから、ほとんど秘密司令基地の様相を呈している。


私もそこの一室を貰っていて、可愛らしいぬいぐるみをコレクションしている。エルンストさんは「絶対周囲にバレないようにしてください」と言うんだけど、この趣味の何がいけないと言うんだか。


愛らしいものを見れば、ささくれた心が温かくなる。

邪気のない瞳を見れば、心が安らぐ。


私はなぜか白い動物に心をひかれるらしく、どんなに「次は茶色のクマを狙おうかな」とか「グレーの猫もかわいいから見てみよう」と思っても、結局白い毛並みのぬいぐるみに心を奪われてしまう。


そうして六年間で厳選してきた彼らは、すでに二十体に及ぶ。初めて私の部屋へ入った人は、まず白い綿毛の山があると思って驚き、ソファに座って綿毛の山を振り返ると二十対のつぶらな瞳があることに驚く。


まあ自分でも薄々わかってはいるんだけど、私は貪欲な議員や貪欲な女性を見る機会が多いので、純粋無垢な、邪心のないつぶらな瞳というのに、ひっじょーに弱い。


なので友人で言えばアルノルトのような天真爛漫さにも弱い。そしてダンさんやインナさん、グラオの皆のように「自分のやるべきことへ真摯に臨む人々」にも、弱い。もちろん子供にも、弱い。


こんなにも弱点だらけの私なのに、中枢議員でそこを突ける人はいない。


私の足元を掬ってやろうと思う者はみんな邪気だらけだもの。

逆に私はそういう人にはめっぽう強いんでね。


お生憎様と言うしかないよ。





  

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