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Transparent - 無垢の色 -  作者: 赤月はる
第一章 キキの事情
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貧相な道化師

  





フィーネが急に「むほ……君はなんとかわいらしいのだ、キキ」と言い出した時、アルノルトがユリウスを連れて戻ってきた。



「キキ、ユリウスにはデコピンかましといたからね。不慣れな女の子を放って、何してんだよ」


「キキ、ごめんね。オイゲン議員に絡まれてたって? 本当に、ごめんね」


「……ううん、二人が助けてくれたから。あの、ありがとう、アルノルト。怖かったから、助かりました」


「ほらみろ、かっわいそ……泣きそうだったんだぞ、さっき!」


「あの、もういいの、少しだけだったから。あ、それで……つい、小さい結界出して、あの男の小指、弾いちゃった。魔法使って、ごめんなさい。ユリウス、怒られちゃう?」



いくらなんでも魔法行使はかばえないかもしれないと思いながら訪ねると、逆にフィーネが食いつくように私を見た。



「……ほう? 小さいというのは、どれくらいの大きさだい? ぼくらと一緒なら長様の許可が出ているから出していいよ、やってみておくれ」


「えっと、これ」



小指の先くらいの結界を出して、フィーネの指をちょんちょんとつつく。



「これで、少し強く弾いた。中指じゃ突き指になって、何かやったって気付かれると思って、小指を弾いたの。あの男は結界だって気付いてなかったんだけど」


「これはまた……! ヨアキムの言う通り、ド級の魔法制御力ではないか」


「ヨアキムとも、友達なの?」



驚いてフィーネを見ると、横にいるアルノルトが笑う。



「そだよ、俺たち家族みたいなもんだから」


「そっか……じゃあ、私とも、友達になってくれる?」


「もちろんさキキ。今度ぼくらも工房へお邪魔させてもらおうかな、ヨアキムへおねだりしておくとしよう」



そう言うと、アルノルトとフィーネは長のいる方へ歩いて行った。

ふっとユリウスを見ると、びっくりするくらいしょんぼりしている。



「ユリウス、どしたの……」


「いや、幼馴染に捕まってね……すぐにキキの所へ戻ろうとしていたんだけど、けっこう捨て置けない話だったものだから。いや、こんなの言い訳にもならないな。ごめんねキキ」


「ううん、いいの。ほんとに、もう、いいの」


「そろそろ、帰ろうか。キキも疲れたでしょ?」



ユリウスは自分を責めまくっているみたいで、私への罪悪感で萎れた白百合みたいになっていた。

そんなの、困る。

私、今日はユリウスを疲れさせないようにってがんばっていたのに。


すぐにでも治癒魔法をかけてあげたいけど、もうアルノルトたちは行ってしまったし。

そうか、迎賓館から出れば、魔法使っても大丈夫かな。



「うん、帰ろユリウス」



そう言ってユリウスと腕を組み、迎賓館を後にする。

私たちはコートを着て、手を繋いで歩き出した。

ヒールなんて履き慣れないから疲れるんだけど、治癒魔法と体力回復魔法をかけて、足の痛みもすっかり引いた。


さて、こっちはどうかな。


走査方陣を高レベルでユリウスへかける。

ああ、僧帽筋とか首とか、キツそう。

緊張したあげくに私のことで気疲れして、肩が凝ってるんだ。


治癒魔法で筋肉の強張りをほぐし、体力回復。

あとは……大丈夫そう。



「……キキ、いま治癒魔法かけた?」


「うん」


「もう……疲れてるのはキキでしょ」


「自分にもかけた。元気だよ」


「ありがとうね。じゃあさ、食事に行かない?」


「え、さっき食べてたじゃない」


「んー、だってさ、せっかく綺麗にドレスアップしてるのにもったいない。工房へ戻ったら、キキのことだからすぐにお化粧だって落としちゃうんでしょ?」



私は、ピタリと止まってしまった。

だめだ……ほんとにだめだ、この人。


この道化師状態の私を、さらにどこかの高級なリストランテにでも連れて行って、晒したあげくに欲目丸出しで「かわいい」攻撃してくるつもりなんだ。



どう言えば、わかってくれるんだろう。

どう言えば、こんなことやめてくれるんだろう。



本当に、やめてほしいの。

ユリウスに恋してしまってから、何をどう考えても、私はこの恋を叶えてはいけないという結論しか出ない。私は堂々とユリウスが好きだなんて言ってはいけないの。


ケダモノの国の子だから。


あの建国祭で痛感した、この国とデミとの差異。


この国は「約束事を守る」人たちで、基本的に構成されている。法律という、マナーという、そういう約束事を守ることで社会が形成されている。


じゃあデミは? 口約束なんて絶対守るはずもない。法律を破ることで、金を稼ぐケダモノたちの国。暴力と、理不尽と、汚い手段で得た金で回る経済。


ユリウスが紫紺の一般人だったなら。

私が紫紺の一般人だったなら。


何度そんな想像をしただろう。

でも、どっちの想像でも、私はユリウスに出会えなかった。


だって、私がデミの子じゃなかったら、あの穴にいなかったら、絶対ヨアキムにもユリウスにも出会わなかったから。


何をどうやっても交わらない私たち。

でも、それでもユリウスに会えない「もしもの世界」よりは、今こうして出会っていて、手を繋いでいる現実が嬉しい。



だからね、ユリウス。

そっと恋していたい。


いつかユリウスがお嫁さんを貰ったら、絶対に祝福するから。

ちゃんとお祝いするフリを、完璧にやり遂げてみせるから。


だから、お願い。

もう、今日は……許してくれないかな。





「ねえ……ユリウスは、どうしてそんなに私がかわいいって、思い込ませたいの?」


「思い込ませたいわけじゃないよ。事実なのにそれを頑として認めようとしないキキが心配なんだよ」


「事実なわけ、ないでしょ。それを言うなら私が貧相な容姿だっていうことが事実だよ」


「 !? ひ、貧相? 本気? 本気でキキは自分のこと、そう思ってるの?」


「え? それ以外表現しようがないっていうか……それが現実だから仕方ないっていうか」


「ほ、本気、なんだ……えーと……ねえキキ、ちょっと真剣に話がしたい。私の家へ行こう」


「家?」


「そう、私の住んでいる家。父も母もまだ迎賓館にいるだろうから、使用人しかいないけどね」


「……はぁ、いい、けど……」



ユリウスが何に驚いているのかわからないまま、私は彼の家へ案内されていった。






    

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