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星天に想いは輝いて  作者: 榎元亮哉
交差していく糸
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~交差していく糸~ 四話

「お前も我の邪魔をするのかね」

「ああ、悪いが邪魔させてもらうよ。魔族が女の子を殺そうとしている。これだけで邪魔するには十分な理由だ」

「ふむ、そういうものか」

「ああ。それにお前のやってきたこと、一週間くらい前にも目撃したからな。とても許せるもんじゃない」


 ざっ、とスニーカーがアスファルトを擦り、両手で剣を構える。短髪の青年のその姿は、緊張感の中にも余裕を窺わせ、命懸けの実戦が初めてでないことを感じさせた。


「一人前の退魔士のようだ。我が名はラッゾ。魔界の住人だ」

「まさか魔族からこんな丁寧に名乗られるなんてな。……俺は朝倉俊二、退魔士だ」


 にやりと二人が笑みを浮かべる。そしてそれが合図のようにラッゾが前脚を高々と上げ、先程と同じく駆け出した。しかし俊二はそれを避けようとしない。


「――っ!」

「ッ!」


 鈍い音と衝撃を響かせ、足元のアスファルトが捲れる。数m押されたが、剣を盾にラッゾを押し止めた俊二の姿がそこにはあった。


「すっげぇ……」


 自分ではきっと無理だろう。そう和弥は感じた。吹き飛ばされるか、もしくは手にした木刀が折れるか。そんなビジョンしか浮かばない。間違いなく、今あの魔族と戦っている青年は一流の退魔士だった。


「我が突進を違う手段で二度も止めるとは……」

「これくらい、余裕で止めるさ」


 彼の言うとおり、未だ余力を残しているように見える。それに気付いたラッゾは後ろに跳び、再び距離を取った。もう一度やるつもりなのだろう。


「ラッゾ……」

「お前か」


 か細い声にその場の皆がそちらに視線を向ける。その先には吐血した後のように服を血で汚した鍵里正輝が亡霊のように立っていた。


「張本人の登場、か」

「もう、この場には陰陽陣の人間はいない……行くぞ」


 彼の見つめるのはラッゾだけ。和弥たちや俊二に全く意識を向けていない。まるでどうでもいい存在だとでも言うかのように。それを証明するように結界が消える。


「ふむ……仕方ないか。それがお前との約束だったな」


 僅かに思案して、思いのほかあっさりと肯定の言葉を口にする。予想外の言動に驚いたが、それを言葉にしたのは俊二だった。


「おいおい、本気か。行かせると思うのか?」

「門を開けてくれた礼でな。今日はここで去らせてもらう」


 そのまま正輝の方へ歩いていき、手慣れた様子でひょいと背に彼を乗せると森の中に駆けて行く。止める者はいなかった。


「大丈夫か?」

「あ、はい。大丈夫です。助かりました、ありがとうございます」

「いいよ、別に。さすがにあんな状況なら誰でも助けるだろうし」


 軽い口調で綾華に話しかける。戦闘中とは打って変わって優しげな目だった。


「っと。まだ魔獣たちは残ってるから詳しいことはまたあとで」

「そうですね……和弥、まどかは私が見てますから、葵さんとこの方と一緒に魔獣の掃討をお願いします」

「あ、ああ、そうだな。すまんが頼む」


 綾華に言われて若干気が抜けかけていた意識を戻す。まだここは戦場で、敵もいるのだ。倒れたまどかを彼女に任せ、すっと彼は立ち上がった。自分の出来ることはまだ残っている。


「……良い目をしてるね。これなら手早く終わりそうだ」

「はい、さっさと終わらせます」


 身長は和弥より少し低い。しかし彼にはとても大きく感じられた。












「……っ!?」

「その程度ですかっ!」

「くっ!」


 大鎌の薙ぎ払いを紙一重で躱し、距離を取る。ようやく少し落ち着いた時間に、肩が上下するほど乱れた呼吸を整える。相手の呼吸も乱れてはいるが彼ほどではない。


「《黒衣の騎士》というのはこの程度ですか?」

「……この程度、だよ。皆買い被り過ぎなんだよ、本当に」


 良治自身、近接戦闘に関しては人並み以上という自負はある。しかし天音の武器捌きは彼を押していた。


「……リハビリは、間に合わなかったようですね。残念です」

「……」


 言われてぎくりとするがそれを表情には出さない。しかしその沈黙が全てを物語っていた。彼自身、現在の自分の状態が完璧でないことは重々承知していた。その原因は先の陰神との戦。その際複数個所の骨折、しかも左腕に至っては骨が見えるほど肉が削がれていた。


「しかしだからと言って手加減をするつもりはありません。ここで死んでもらいます」


 退魔士としてというレベルでなく、普通の人間として普通の生活が出来るかどうかという状態に追い込まれた。しかしその場に白神会最高の医術士である、宮森空孝そらたかが居たこともあり退魔士として復帰が出来ていた。だが。


(だからといって、今までと同じように出来るわけでも、むしろそれなりのレベルまで戻ることすらも難しい……)


 怪我は、完治しない。それは怪我をしたことのある人間になら理解できることだろう。骨折した個所はくっついても折れやすくなっている。裂傷は傷痕となり触れると痛むこともあるだろう。完全な意味での完治は非常に稀だ。良治はそれを理解していた。きっと元の状態には戻らないだろうと。だからこそ彼は自分がどれくらいの状態に戻るのか、戻せるのかを確認するためにリハビリをしていた。


(結局間に合わなかったな……)


 あまりにも時間が足りなかった。それだけが残念だった。


「……まだ、やれるさ」


 自嘲気味な笑みを消して、天音を真っ直ぐに見据える。呼吸は整えた。集中力は途切れていない。


「それだから、貴方は油断ならないんです。劣勢に心折れてくれれば助かるのですが」

「こと戦闘に関して折れることはないと思うけどな。折れたらそれは死ぬのと同じだ」

「そうですね」


 すっと大鎌を構える。この森の中、よくも引っかけずに使いこなせるなと尊敬する。


「それでは、そろそろ奥の手を使わせてもらいますね」

「奥の手?」

「はい。それほどの相手ということですよ、貴方は」


 まずい。直感的にそう感じて、突っ込むか更に距離を取るか迷う。しかしそれも一瞬のことで、彼は天音との距離を縮めることを選んだ。


「――来なさい、ぶち!」

「!?」


 左手の人差し指に光るリング。何かの獣の刻印をしたそれを翳して天音は叫んだ。その刹那、指輪から現れたのは漆黒の毛並みを身に纏った赤い瞳の狼。


「ぶちじゃねぇだろっ!」

「『ぶち殺しなさい』の『ぶち』です!」

「物騒すぎるなそのネーミング!」


 日本刀の斬撃を大鎌で止められると、彼の背後からぶちが襲い掛かる。それをなんとか躱すと、大鎌の柄で腹部が強打された。


「ぐふっ!」

「注意力が散漫になってますよ!」


 それが狙いで狼を喚んだんだろうに、と叫びたかったが呼吸は止まり声に出来ない。


「!」


 膝を着きかけた良治の正面間近に狼のアギト。辛うじて防ぐが、がっちりと刀に噛みつかれ牙で固定されていた。左手で刀身を抑え、なんとか拮抗しているが体重差で押され始めていた。


「覚悟っ!」


 どうやって切り抜けようかと考え出した瞬間、上空から大鎌を振り被った天音の姿。良治は身動きが取れない。ぞくりと悪寒が全身を伝わった。


「ッ!」

「なっ!?」


 大鎌の軌道を読み、頭を狼の顎の下に潜り込ませたのだ。大鎌は良治の背中を掠めるに止まり、地面に深々と突き刺さっていた。


「はぁっ!」


 その硬直を逃す彼ではない。潜り込ませた頭を勢いよく振り上げ、狼の口元が緩んだ隙に愛刀を抜き取る。そしてそのまま返す刀で狼を斬りつけた。


「ギャウッ!」

「浅いか!」

「ぶち!?」


 斬りつけたのは狼の左前脚。切断するつもりだったがそこまでには至らなかった。


「くっ……」


 ぶちの元に即座に戻る天音。その傷を見て表情が険しくなった。


「……ここは、この辺にしておかないか」

「……そうですね」


 良治の提案に乗る天音。思った通り乗ってきた。


(怪我をした狼を心配してたからな。それに……)

「結界が消えたということは、鍵里正輝も戦場から立ち去ったようですからね。援軍が来ても困りますから」

「そうだな」


 きっと援軍は来ない。あれだけの魔獣を相手にしていたのだ、余力は残っていないだろう。しかしわざわざそんなことを言う必要はない。


「貴方も体力的に限界でしょうし、勝負は次回に預けておきます」

「そうしてくれると助かるよ。それにしてもまさか『使役士』だったとはね」

「……それでは」


 表情がぴくりと動いたのを彼は見逃さなかったが、あえてそれを指摘せず去るに任せた。狼も最後まで良治から目を離さずに、警戒しながら後退していった。


「ふぅ……」


 体力的に限界なのは事実で、これ以上続行するなら見るに堪えない凄惨な殺し合いになっていただろう。


「退いてくれて、助かった……」


 良治としてみれば、元々安松を逃がす為に行った戦闘だ。足止めが出来れば言う事はない。もし倒せればラッキー、くらいの気持ちでいた。


(さて、倒れこまないうちに帰還しなきゃな)


 仲間たちの状況も気になる。最後に一度だけ彼女が去った方をちらりと見て、その場をゆっくりと後にした。




「交差していく糸」完

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